手合わせ
アウィンは、ひとしきりアレクシスに構ったあと、副騎士団長の顔に戻った。詰め所、食堂、宿舎を見て回り、最後に案内されたのは、修練場だった。副団長と王子たちが訪れると、騎士たちは稽古の手を止め、跪いた。
「どうか普段通りにしてほしい。あなたたちの日頃の様子を見に来たのだから」
ルベールがそう言うと、騎士たちは恐縮した様子で立ち上がった。王太子に促されたとおりに稽古を再開するが、若手の騎士が多いせいか、王子たちの存在が気になって浮き足立つ者が目立った。
アウィンが眉をひそめる。
「お前たち——」
「副団長。私たちも木剣をお借りしてもいいかな?」
ルベールがアウィンを制して、穏やかな笑みを浮かべた。
「それは、構いませんが」
「サフィール。少し打ち合わないか?」
ルベールが、木剣を2本とって、うち1本をサフィールに差し出す。サフィールは唇の端をあげた。
「兄上から誘ってくるのは珍しいな。ちょうど身体を動かしたいと思っていたところだ。……そうだ、アレクシス。お前も混ざれ」
王子たちの後ろで目立たないように振る舞っていたアレクシスに、やにわにサフィールが声をかけた。
「なぜ私が」
「手合わせをすると約束しただろう?」
「……。三人でどうやって手合わせするのです?」
「お前が兄上と俺の二人を相手にしたらいい」
騎士たちがどよめいた。長身の王子たちと比べて、アレクシスは小柄で細身——どちらかといえば華奢なようにさえ見える。とても、王子二人を相手にできるとは思えない。
部下たちの反応に、アウィンが再び眉根を寄せた。
「お前たち、もしかして——俺の可愛い弟を見くびっているのか?」
騎士たちはまじまじとアレクシスを見つめる。
「え? この綺麗な坊ちゃんは、副団長の弟なんですか?」
「まあ、確かに……髪と目の色は同じですね」
「嘘ですよね? 副団長の弟にしては可愛すぎませんか?」
口々に言う部下たちに、アウィンの目が据わった。
「よーし、アレクシス。アルディバイン辺境伯家の力を見せるときだ。存分にやってしまえ」
「アウィン兄上、何を言っているのです? 殿下方に対して、そのような——」
アレクシスは、サフィールが投げてよこした木剣の柄を掴んだ。ルベールが新たに木剣を手にし、サフィールに手渡す。
「面白そうだね。私も、君の剣を見てみたいと思っていた。サフィールしか知らないのは、不公平だからね」
「ルベール殿下まで、何を」
「兄上。加減は無用だ。いくぞ!」
「ですから、私の話を——」
アレクシスは仕方なく——まったく話を聞かない王子たちを、完膚なきまでに叩きのめした。
「ご満足いただけましたか?」
アレクシスは、木剣を一振りし、息を吐いた。
「ルベール殿下は、剣筋も綺麗で型も正確です。ですが、想定外の動きをされると、反応が遅れますね。もう少し実戦的な稽古を積まれた方がいいかと」
「……なる、ほど……アレクシスは、噂に違わぬ、腕前だね……」
ルベールは息も絶え絶えにへたり込む。一方、サフィールはそれほど息を乱してはいなかったが、くやしさを表情ににじませた。
「次は大剣の相手をしてくれ。……長剣では勝てる気がしない」
「普段から大剣を持ち歩くわけにいかないでしょう。サフィール殿下は少々膂力に頼りすぎです。せっかくお強いのですから、もう少し力の切り替えを意識してください」
「……当面は、長剣でお前と互角に戦えるようになることが目標だな」
こうして食らいついてくる相手がいるのは、存外悪くない心地だ。
「受けて立ちましょう」
遠慮しますと言うはずが、つい口をついて出たのはそんな言葉だった。サフィールがあの、少年めいた笑みを浮かべる。アレクシスは視線を逸らした。
——どうも、自分はこの顔に弱いらしい。
「アレクシス」
アレクシスとサフィールの間の何とも言えない空気を察したのか、アウィンが割って入ってきた。
「まだ物足りないだろう? 今度は俺と遊ぼうか」
アウィンは、どうやら弟が戦っているのを見て触発されたらしい。
「アウィン兄上。部下の皆さんの前で、いいのですか」
アレクシスも正直なところ、満更ではなかった。あえて挑発するように言うと、騎士たちがざわめく。彼らにも、王子たちよりアレクシスの方が剣の腕前が上だということはわかっていた。それでも、自分たちの副騎士団長には及ぶはずがないと思っていた。アレクシスの物言いは、まるでアウィンが負ける可能性があることを暗示するようだった。
一方、当のアウィンは、好戦的な笑みを浮かべて木剣を手に取った。
「俺が勝ったら、今後は『アウィン兄さま』と呼んでもらおうか」
アレクシスは呆れたように溜息をついた。
「……またそれですか。アウィン兄上は諦めが悪い」
「珍しく弱気だな。勝つ自信がないのか?」
煽り返してくるアウィンに、アレクシスのまなざしが鋭さを帯びる。
「いいでしょう。何とでもお呼びします」
二人は鏡合わせのように剣を構えると、同時に地面を蹴って一気に間合いを詰めた。
木剣と木剣がぶつかり合う鈍い音が響く。
互いにどこに打ち込んでくるかをわかっているようだった。一息の間に数手が交わされる。
「それで、アレクシス。お前が勝ったときの、兄さまへのおねだりは?」
「結構です」
「つれないことを言うなよ。何がいい? 今の時期ならチェリーパイ? いや、チェリークラフティだな」
「おしゃべりをしている暇があるとは、随分余裕ですね」
無駄口をたたくアウィンに、アレクシスが眉根を寄せた。アレクシスは、一気に攻勢に出る。鋭く速い正確無比な太刀筋に、アウィンは防戦一方になった。
「あいつ……甘いものが好きだったのか。意外だな」
「だめだよ、サフィール。アレクシスはあまり知られたくなかったんじゃないかな」
アルディバイン兄弟の物騒なじゃれあいを眺めながら、双子の王子はのんびりしていた。
王子たちの会話を聞いたアレクシスは、苦虫を噛み潰したような顔になった。アウィンはアレクシスの剣をひたすらさばきつつ、弟をからかうのをやめない。
「アレクシス、怒ったのか? 怒った顔も可愛——」
「アウィン兄上。お覚悟を」
「ははっ、そうやってムキになるところは変わらないな」
アウィンがアレクシスの剣を受ける。鍔迫り合いになると体重の軽いアレクシスが不利だった。今度はアウィンが攻勢に出る。アレクシスは、アウィンの剣をいなしながら、反撃の機会をうかがった。
——今だ。
アレクシスは、剣筋を見切って一瞬でアウィンに肉薄し、喉元に木刀を突きつけた。
「私の勝ちですね」
したり顔になるアレクシスに、アウィンは頬をゆるませた。
「そうだな。お前は強い。だけどな」
アウィンが不意をついて、アレクシスの腰を掴み——軽々と抱き上げた。
「ちょっ、何を、」
「いやあ、大きくなったと思ったが、アレクシスは軽いなあ」
「下ろしてください!」
「うーん、もっと肉とか食べた方がいいんじゃないか?」
「アウィン兄上!!」
衆目の前で幼子のように抱き上げられて、アレクシスの面目は丸潰れだった。副騎士団長を打ち負かした青年が怒りと羞恥で真っ赤になっているのを見て、騎士たちは完全に毒気を抜かれたようだ。
「なんというか……アレクシスも人の子だったんだな。——悪くない」
「サフィールが気に入ったと言うから、どんな人なのかと思っていたけど、彼はなかなか面白いね」
「そうだろう?」
双子の王子は顔を見合わせた。
「案内をありがとう、アウィン副団長。団長にもよろしく伝えてほしい」
「承知しました。ぜひまたいらっしゃってください。部下たちも喜びます」
夕暮れ時、第四騎士団詰め所の前で、ルベールとアウィンが言葉を交わす。双子の王子を迎えに、王城の馬車が待っていた。
「ただ視察に来たつもりだったが、なかなか面白かったな」
「なぜ私を見るのです?」
「言ってほしいのか?」
「黙っていてください」
からかうようなサフィールの言に、アレクシスは珍しく不機嫌を露わにした。アウィンがアレクシスの顔を覗き込んだ。
「まだ怒ってるのか? 目も合わせてくれないのは傷つくな」
「自業自得です」
そっぽを向くアレクシスに、アウィンは苦笑した。
「あまり、危ないことに首を突っ込むなよ。皆、お前を大切に思っていることを忘れるな」
アルディバイン家で過ごした時間はかけがえのないものだった。それはきっと、互いにそうだったのだろう。
アレクシスは、アウィンとまなざしを交わした。
「はい。それでは、失礼します」
去り際に、ごく小さい声でつぶやいた。
「——アウィン兄さま」




