21話 幕間〜とある下僕の贖罪〜
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「ちょっと! どういうことなのよ!」
……また始まった。
定期的に起きるカリンの癇癪。
今日は最近ネットの話題を総ナメにしているある投稿動画にご立腹だった。
「タダヤス! アンタが連絡してきたんでしょう!? 何とかしなさいよ!」
「……無茶言うなよ、僕だって人から聞いて知っただけなんだから」
「何なのよ! あームカつく! なんであのグズのバンドが人気出てんのよ! あんなに潰して回ったって言うのにライブまで漕ぎ着けてたし! 何で出したわけ!? どいつもこいつも、一体私を誰だと思ってるのよ!!」
カリンが近くのティッシュ箱を投げつける。
その先にいたショウが顔を傾けるだけでそれを避けた。
僕にとっても、ショウにとってもこれが日常なので、カリンが投げつける物を避けるのは慣れた行動なのだ。
カリン、ショウ、僕、ここにはいないがあとコハルという女は、バンドを組んでいた。
その名もKiss PLANET。略してキスプラだ。
メジャーデビューもして、デビュー当初はそこそこの人気を博していたバンドだったが、数年経ってすっかりファンに見放され、カリンが色々不祥事を起こしたおかげでバンドは解散。
本来なら、そこでもう二度と関わらなくなるくらいの冷え切った関係の仲間たち。
それでもカリンの元にいるのは、理由があった。
カリンは海外にも幅を利かせている音楽会社社長のご息女で、所謂お嬢様。僕の親がその会社に勤めていることもあり、昔からカリンと交流があった。
上下関係は見ての通り。逆らえば一族郎党路頭に迷わすと脅されているのが僕。
ショウはカリンの親が慈善事業で後援している孤児院の出身で、昔からカリンの付き人のようなことをしている。恩義のためか、カリンには逆らわない。無口なので何を考えているかわからないが。
コハルは詳しく聞いていないが、逆らえない理由があるらしい。
そんなこんなで、解散しても縁を切らせてもらえない僕たちは、今日もカリンの我儘に付き合わされている。
そんな元キスプラには、メジャーデビューする前にもう一人メンバーがいた。
ボーカルだったイルカ。僕の中学時代からの友人でもあった。カリンとは別の学校だったので、僕も学校にいる間だけは、カリンと会わなくていい幸せな時間に、僕みたいなやつと気さくに話してくれたイルカ。大親友だった。
カリンの呼び出しがない日には、イルカとよくカラオケに行っていた。
その時だけ聞くことができるイルカの歌が好きだった。
何の影響を受けたのか、カリンがバンドを作ると言い出した時、誰もボーカルをやりたがらなかった。みんな脅されて無理やり組まされてるんだ。女王であるカリンを差し置いて真ん中に立てるような気概のあるメンバーなんているはずもない。
結局「はちゃめちゃに歌が上手いボーカルを連れて来い」と命令されて、みんな困惑したものだ。
本当はカリンに会わせたくなかったけど、他にアテもなく、一か八かでイルカをつれていってしまった。それだけ追い詰められていたんだ。当時は本当に、カリンの鉄槌が恐ろしかったから。
結果、イルカは認められて、キスプラの活動が始まった。
カリンの人脈はすごかったけど、あんな無名の時にもファンが付いていたのは、間違いなくイルカのおかげだっただろう。
―――彼だけが、音楽に真摯だった。
―――彼だけが、観客に誠実だった。
―――彼だけが、本物のバンドマンだった。
それなのに、カリンは自分の思い通りにならないと見るや否やあいつをクビにした。
しかも当て付けるようにユウゴという新しいボーカルを呼び、親の権力を使ってメジャーデビューまで果たした。
あの時のイルカの顔は、今でも忘れられない。
何とかカリンを説得するからと別れたが、結局それは叶わず。
何も言うことができないまま、イルカとはそれっきり。
それから数年経って、キスプラも解散した頃、イルカが所属するバンドの名前を耳にするようになった。
"シュールレアリズム"。略して"シュルレ"。
頑張ってるんだなって思ってたけど、カリンは気に食わなかったらしい。色んなレーベルに圧力をかけて、彼らがデビュー出来ないように差し向けていたし、ライブも出られないように画策していたらしい。
それでもどこから伝手を見つけてくるのか、彼らは細々とバンド活動をしていたのだけど。
そんな中行われた、"show must go on"というロックバンドの前座として登壇した彼らは、演奏中に忽然と姿を消した。機材も一緒に。
―――まるで、楽器ごと神隠しにあったみたいだ。
当然騒ぎになったし、ニュースにもなった。
行方を探すための動きもあった。
けれど何の手掛かりもなく、捜査は打ち切られ、ニュースも流れなくなった頃、その動画は投稿された。
『―――えっえっえっ、ちょっと待って!?』
イルカの情けない声から始まる短い動画。
『あのー、俺たちライブやってたら知らない森に飛ばされてて……ここがどこかもわかりません。見たことない化け物に襲われて……何故か倒せてしまったのでその獣の肉で飢えを凌いでいます。この配信を見ている方で、もしこの場所がわかる人がいれば、誰か助けてください』
一瞬キャンプ動画かな、と思われる映像。
『―――こいつらに襲われたんです。こいつらがいそうな森なんです!』
そして映し出された、明らかに地球上には存在しないクリーチャーの死体。
これがネットで拡散されまくり、彼らがあのライブ中に神隠しにあったバンドだとわかるや否や、そこから再び話題が沸騰した。
それから、ここはどこだとか、あの生き物は何だとか、様々な観点で考察している番組が連日放送されている。
僕はこの動画を、元ドラムのコハルからの連絡で知った。
イルカが生きているとわかって舞い上がっていた僕は、ついカリンにも見せてしまったのだ。
―――話はようやく冒頭に戻る。
要は、その動画の再生回数やコメント数を見て、カリンがブチ切れたのだ。
自分だけにスポットライトが当たっていると思っている人生で、自分が見限った、底辺と位置付けた人間にライトが当たっている状況が許せないらしい。
全く共感できない精神だが、ひどく暴れるしうるさいので何とかしないといけない。
けれど、この動画の投稿主のことは、調べても何もわからないのが現状だった。
数々のメディアや関係者が投稿主である『異世界ロックバンド・プロジェクト』という人物の詳細を探ったが、誰もその正体を暴けなかった。連絡先なんて尚更。
投稿サイトに開示要求しようにも、別に犯罪を犯していないので開示する理由がないとのことで、手掛かりが全くない状況だ。
しかも、ぽんぽん配信される動画は全て話題を呼んでいるので、動画内で流れる彼らの歌は着実に人気を集めていた。
異世界らしく魔法を使うのも盛り上がる要因だし、何より彼らの音楽。イルカの歌。
人気が出ないはずがない。
「あのライブのプロデューサーにでも連絡しなさいよ! 大体、あのライブに出させたのが事の発端なんだから! そいつもクビにしてやる! パパに言えばすぐだもの!」
相変わらず傲慢な態度。
ゴーストライター事件やイルカの後に入ったボーカルへの脅迫疑いで訴えられても全然懲りてない。裁判も結局お金でねじ伏せていたし。
いつかどうにかこの女に天罰が降ってほしい。
そう願ってやまない。
「―――わかったよ。でも、期待しないでくれよ」
「フン、何とかできなきゃお仕置きするわ。今度は根性焼きでもしてみる? ……わかったら、死ぬ気で調べてきなさい」
「……はぁ」
僕は、ショウに軽く視線を向ける。壁際の置き物になっているショウが目線だけで頷いた。
―――今は、こんなことしかできないが。
「まだいたの!? 早く消えて! アンタもグズなわけ!?」
「……はいはい」
僕は彼女の元を後にした。
移動しながら、スマホを操作する。
撮り溜めたそれを、コハルに送信する。
『そろそろ完成する。でも、いいの?』
コハルからのメッセージ。
僕は短く返信する。
『やるしかない。やらなきゃ、一生僕はあの日の彼に顔向けできない』
あの日のことを、イルカは許してくれないだろう。
どんなに謝罪を重ねても、それは僕たちの自己満足にしかならない。
『わかった。それは私も同じだから。完成したら送るね』
『了解』
スマホをポケットにしまって、歩き出す。
―――だから、待っていてほしい。
必ず、報いを受けさせるから。
◆
イルカが現在組んでいるバンド、"シュルレ"が神隠しライブをした時の関係者は、割とすぐに見つかった。
ダメ元で電話してみれば、忙しいだろうに時間を作ってくれて、会う約束まで取り付けられた。
あの日のライブのことはメディアにも警察にも知れ渡ってるだろうし、取材の電話もひっきりなしだっただろうに、僕のために時間をくれたのだ。
カリンの癇癪を治めるためだけなのが申し訳ないくらい。
カフェの一画に、彼はきてくれた。
「お世話になります。改めまして、僕は遠野良康と申します。本日はお時間をいただきありがとうございます」
「いえいえ、私は凸守アキラと言います。あの"キスプラ"のタダヤスくんだよね。会えて嬉しいよ」
「僕のことをご存知だったんですね……」
悪名高いバンドなだけに記憶されてた可能性はある。
一時期、今後一生音楽関連の仕事ができなくなるくらい、"キスプラ"の名前は業界に轟いたから。
あんなバンドのメンバーだったのに、時間をくれたなんて、なんてありがたいことだろう。それがご主人様のご機嫌取りのために使うだなんて、クソすぎる用件だ。
「……今日はお伺いしたいことがあったので、こうしてご連絡させていただいたのです」
「うん。何でも答えるよ。他ならぬ"君たち"のためならね」
凸守と名乗った男はやけに笑顔だ。
「……? ありがとうございます。えっと、お伺いしたいのは、"シュルレ"のことなんです」
「うん、そうだろうねぇ」
凸守は優雅にコーヒーに口をつける。
「……もしかして、"シュルレ"のイルカの過去のこともご存知なんですか?」
「そうだね。―――まず、君たちは、君たちが思っている以上に、業界では有名なんだよ。あの大手レーベルのご令嬢が立ち上げたバンドってだけでも有名だったし、"あの"ボーカルがいたからね。私もかなり早い段階から注目していたんだよ」
「……そうだったんですか」
つまり、イルカがキスプラに居た時から知っていると言うことなのだろう。当然、その後のことも。
「彼女がいる限り、ウチでどうこうすることはないと思っていたけど、一緒にお仕事する可能性はあったからね。"あの"ボーカルなら、それくらいあり得たと思ってたから。それがあんな形でデビューでしょ? びっくりしたもんだよ」
「はは……そうですね……」
どうしよう、頼んだコーヒーの味がしないよ。
「では、あのライブに"シュルレ"を使ったのは、彼が居たからですか?」
「そうだよ。もちろん彼らに降りかかる彼女の"威光"は知ってたけど、所詮は七光りの小娘だからね。どうとでもなるから。あんなのに萎縮して金の卵を見逃がすようなこと、プロならしないよ」
そう言う凸守は、笑っているようで、目付きは鋭かった。笑顔の下に鬼が隠れているかのようで、背中に嫌な汗が伝う。
けれど、彼の口振りからして、何かがおかしい。
「……理由はそれだけですか?」
僕が尋ねると、凸守は心底面白そうに口角を上げた。
「ふふ……。君は、"何を"聞きに来たのかな?」
プラスチックのカップの中で、氷が崩れる。
喧騒がやけに遠い。
「―――あなたは、『異世界ロックバンド・プロジェクト』に関わっていますね?」
ここに来るまで、確信はなかった。
聞くつもりもなかった。
ライブ中に消えるなんて都合が良すぎるな、とか、この一連のニュースで一番名前を売ったのは"show must go on"と凸守の会社だったな、とか、そんな程度しか考えてなかった。
けれど、会ってみて確信した。
この凸守という男は確実に、イルカを標的にしている。
何の目的があるかはわからない。けれど、イルカに何かしようとしている、と言うことは伝わってきた。
イルカは行方不明になっているのに、異世界という手の届かない場所に居るというのに、進行形。
……そんな印象。
凸守は、それはもう、手のかかる子供を褒めるような笑顔で。
「これで彼らは、"誰にも邪魔されずに"、世界に名を轟かせることだろう」
―――彼の瞳に、世界の深淵を見てしまった気がして。
過ぎ去った喧騒が戻らない。
氷が溶けて、麦茶くらい薄くなってしまったコーヒー。テーブルにできた小さな水溜り。
冷房が効き過ぎているのか、指先まで冷えてしまったような。
動かないはずの照明が、ぐるぐると頭の上を回るような。
音が、景色が、遠ざる。
そんな中、目の前の得体の知れない声だけが、耳に届く。
「―――君は、良い"駒"になってくれそうだね」
彼の指が、額に触れたような、気がした。
その後、彼の行方を知るものは、誰もいない―――。なんちゃって。
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