3.運命の出会い? -後編-
わたしは自分から先に食べて安全だということを示す。レモンゼリーはお気に召したようで、食欲も少し出てきたようだ。わたしはほかのものも勧めた。
「そう言えばまだ名前をきいていなかったな。私の名はリカルドだ」
「ご挨拶が遅くなり申し訳ありませんでした。クレアと申します」
リカルドは家名を名乗らなかったのだから、自分も名乗らない方がいいのだろう。そう思い、わたしは名前だけ名乗った。家のこと抜きに接してくれるということなのだろう。 お友達になれるかしらと一瞬期待したが、育ちのよさを感じる。それに男女でお友達というのは難しいかもしれない。
「それにしても良いコックを雇っているのだな。どれもなかなかよかった」
「ありがとうございます。お恥ずかしいのですが、コックは雇っていないのです……」
「では、クレアが作ったのか?」
「はい……。貴族の娘としてはあまり褒められたものではないのかもしれませんが……。わたしは料理をするのが好きなもので。弟に苦手なものでもおいしく食べさせてあげたいと思い、気がつけばこんな風になっていました」
趣味であろうとなかろうと我が家は貧乏だからここでコックは雇えない。普通の家では専属のコックを連れてくるようだがわたしには無理だった。もちろんそんなことは言えない。けれど、弟のためにいろいろと試行錯誤したのは本当だ。
「弟に?」
「えぇ。年の離れた弟がいるのですが、病弱なのです。お医者様には好き嫌いせずいろんなものを食べるように言われています」
「弟思いなのだな」
「そうですね。大事な弟です」
弟の顔を思い浮かべるとどうしても顔がゆるんでしまう。本当にわたしの弟はかわいいのだ。
「……よかったら、またクレアの作った料理を食べさせてくれないか」
「わたしの料理でいいのですか?」
「あぁ、普段の食事は重たくて口に合わないことが多いんだ」
豪華な食事を食べ過ぎてシンプルな料理が恋しくなったのだろうか。確かに目の前の人物は育ちが良さそうだ。ご飯をおいしく食べられないのは大問題だ。困っている人はほうっておけない。これはわたしの大切な両親の教えである。わたしで役に立てるなら力になりたい。
「わたしの料理でよければ喜んで。好き嫌いを教えていただけると嬉しいです」
わたしは笑顔で返した。やはり、都会では男女の友情はあるのだろうか。先輩ではあるものの良いお友達ができそうな予感にわたしは思わず嬉しくなってしまった。
そうやっていろいろと話していると一人の男性が現れた。その人はわたしが予想もしないことを言った。
「殿下、こんなところにいたのですか? 探しましたよ」
「……で、んか?」
わたしの浮かれた気持ちは一瞬で砕け散った。目の前にいる人物はお友達なんてありえない雲の上の存在だった……。
育ちが良さそうとか思ってすみませんでした。この国で一番尊い血筋の方になんて失礼なことを思ってしまったんだろう……。
「こちらはこの国の第二王子、リチャード殿下だ。まさか知らなかったのか?」
「申し訳ありません! 田舎の出で中央にくることがなく、お顔を存じ上げませんでした」
リカルドって名乗ったんですよ。そんなのわかるわけないじゃないですか。わたしは心のなかで反論しつつ、思い切り頭を下げた。
「待て、アッシュ。私が本名を名乗らなかったんだ。クレア嬢には怪我をしたのを治療してもらい、昼食も世話になった」
「治療? どこに怪我を? 早く医務室に!」
「落ち着いてくれ。治療したと言ったじゃないか。治癒魔法で治してくれたんだ」
「そうですか。なら良かったです。ん、治癒魔法? 君は治癒魔法の使い手なのか」
アッシュと呼ばれた男性はものすごい勢いで迫ってくる。わたしは思わず圧倒されてしまった。
「は、はい。どうやら珍しいようですね」
「珍しいってものじゃないだろう。国で保護されるようなレベルだ。わたしの名はアッシュ。殿下の幼なじみで従者のようなものだ。君の名を教えてくれ」
「ク、クレアと申します。今日入学しました。よろしくお願いします」
ち、近い。近すぎる。目の前にいるアッシュ様は殿下とタイプは違うが殿下に負けず劣らずの美形だ。そんな顔が近くにくればものすごく緊張する。
「アッシュ、落ち着け。クレアが引いている。治癒魔法の使い手に興味があるのはわかるが困っているぞ」
「……申し訳ありません。クレア嬢、すまなかった。そして殿下が世話になったようだな。ありがとう」
「い、いえ。お困りのようでしたのでお声をかけさせていただきました。お役に立てたようで光栄です」
「そんなにかしこまらないでくれ。できればリカルドと呼んで欲しい」
そんなあだ名みたいな名前でなんて呼べない。
「い、いえ。殿下に対してそんなことはできません」
「なら殿下はやめてほしい。せめてリチャードと」
殿下は悲しそうな顔をする。わたしみたいな存在が殿下に対して親しげに名前など呼んでいいのだろうか。でも、ものすごく断りにくい。
「……わかりました。リチャード様。お名前を呼ぶ許可をいただきありがとうございます」
「その、名前を偽って悪かった……。常に殿下、殿下と窮屈で、自分を知らない新鮮な反応だったから言いたくなかったんだ」
「言いたくないと言ってもすぐにばれますよ……リチャード様」
アッシュ様は呆れている。二人はほんとうに親しい間柄のようだ。
殿下はそんなに名前で呼ばれたかったのか……。王族ともなると人との距離があってさみしいのかもしれない。わたしの領地では気軽に接してくれる人が多かった。領民たちから距離をおかれることを想像すると確かにさみしいと思う。
「いえ、お気になさらず! 王族ともなればいろんなプレッシャーがありますよね。抜けるところで気を抜くのは大事だと思います」
「そうか……。ありがとう。その、さっきの約束はまだ有効だろうか?」
「さっきの……? あ、あれですね。ご迷惑でないのなら……」
あまりにもさみしそうな顔で言うものだからついうなずいてしまった。そう、なんというか捨てられた子犬のようで拒否できなかった。王子様に料理なんて恐れ多いのに……。
「そうか! ありがとう。楽しみにしている」
とても良い笑顔を向けられた。断らなくて正解だったようだ。
どうやらわたしはこの時に最初のフラグを立てていたらしい……。それを知るのはまだまだ先になる。