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スラム出身猫舌執事のご訪問

 ロンはまたブランコでずっこけて二つ目の傷を作った私を見て強引に部屋に戻しては手当てをしてくれた。その時にお姉ちゃんは令嬢としての自覚がないだの、いやそれ以前に女の子なんだからもっと自分を大切にしろだの、沢山の小言を言われた。けどメンタルは無い。また何かあればまた心に傷を負う可能性有り、もうちょっと監視が必要。と書き終えるとペンを置いて背伸びをする。ロンの作中での情報と現状を書き留めていたら夜遅い時間になってしまった。

 これから先、ヴィネ、サウス、ロンの様にゲームが始まるまでにヒロインを除く登場キャラとは出会う可能性は大いにあることだろう。というのも再来週行われるお貴族様の為のお貴族様恒例のお茶会だ。先日参加者リストに見覚えのある名前を発見した。

 リエル・ケルビィ。うちの次に位の高い公爵令嬢で第三王子の婚約者の悪役令嬢。ちなみに第二王子ルートと第三王子ルートでは第二王子が次期国王の座を第三王子に王座を譲るイベントがあり、リエルは次期女王陛下となる。ちなみに第三王子とのハッピーエンドを迎えるとヒロインが次期女王陛下になる。

 第三王子が憧れの眼差しを向けるヒロインに嫉妬して、「貴族のマナーがなってないわ」「こんな事も知らないの? 常識よ?」「私の方が十点高いわね。勉強し直してきたら?」と関係無いのにいちいち突っかかって正論を冷たく言い放ってくる。いじめっ子のラーファと違って、正しい事しか言わないし、当たりがキツいだけなので、庶民であるヒロインは自分の無力さに恥じる事しか出来ない。だから第三王子ルートでは攻略対象と仲良くしながらも一人で勉強に費やすのをバランス良くやっていかないとうまくいかない。

 しかしこの私からすればそんなヒロインに対して当たりのキツいリエルも好きだ。だって本当に正しい事しか言ってないし、自分の婚約者が他の女に目を向けていたら嫉妬だってするし、冷たくしてしまうだろう。ギャルゲーなんて初期好感度の女子は主人公に対して当たりがキツいし、初対面で頬叩かれて好感度マイナススタートなんてテンプレだ。そんなのを乗り越えた私にとってリエルのお小言なんて小鳥の囀りよ。

 ……まあ、婚約者取られるってことに関すると一応ラーファのこともそうとは言えるが、実はこの人プロローグから登場してきて「あらあら庶民臭い匂いがするわ。嫌よねぇ」なんて悪口言ってくるのでアウト。でもそうやってよくよく考えると、公爵令嬢の婚約者と恋始めるヒロインって何というか、NTRの達人だよな。ライバルは名高い貴族の美女だってのに……なんかのフェロモンでも出てるのだろうか。

 そして最後に語らなければならないリエルのイチオシポイントその一、努力家なところ。それも唯の努力家とは違う……彼女は第三王子の事が好きで好きで、彼に相応しい令嬢になりたいが為に誰にも見られないよう隠れて努力をしているのだ。そんなの……そんなの堪らなく愛おしすぎるっ‼︎ その事実を知ったときの私は電車の中でもお構いなく膝から崩れ落ちた。そしてヒロインに努力してるところを見られ、羞恥で可愛く頬を染めて強引に口止め料を渡して逃げていったシーンは良かった……百合百合してた。リエルルート入ったかなって勘違いしてしまった。

 リエルのイチオシポイントその二、第三王子ルートハッピーエンドのエンドロールの最後、第三王子が自分から離れていってしまった悲しみと、彼が幸せでいて嬉しいという感情が混ざり合い、一粒の涙を流したリエルがヒロインに向けて手紙を書いているところを描いた神スチルだ。本当に心の底から第三王子を愛していたリエルの報われなかった愛を美しく表現していて物凄い罪悪感に駆られた。私の選択は本当に正しかったのかと何度も苦しめさせられた。恐らくこれを見た全プレイヤーは同じ気持ちになった事だろう。邪神(ゆうじん)もその話をしたら頭を抱えて蹲ってた。

 その後私はリエルを幸せにしてやろうと、リエルと第三王子が結ばれるゲーム上ではバッドエンドと呼ばれるそれを即回収したのだが、そうするとヒロインが失恋して可哀想なことになり私が情緒不安定になったから、ヒロインを私の嫁にするという夢妄想を脳内で繰り広げて何とか精神統一した。

 リエルのイチオシポイントその三、リエルは作中一の巨乳、所謂ボンキュッボンだ……おっと失礼、鼻血、が…………。


「……ラ……様! …………ラーファ様!」

「んあぁー? あいりぃ?」

「そうです貴方の側近のアイリです! なんて所で寝ていたんですか全く! ノックしても返事しないから部屋に入ったら鼻血垂らして器用に椅子に寝転がっているだなんて……以前より子供っぽくなられたのでは?」

「やぁだ貴方のアイリだなんてぇ、情熱的ー」

「聞いてませんね……説教は後です。サウス様がお見えになさっているので早く支度して下さい」


 アイリに叩き起こされて夢心地のまま現状を把握すると、確かにアイリの言う通り椅子の上で仰向けになっていた。背中だけ座面に乗っかって横向きに寝っ転がっているせいで頭と足はプランと浮いている。我ながらそんなバランスでよくぐーすか寝れたものだ。

 恐らく鼻血を拭おうとティッシュを取ろうとする前にプツンと意識が途切れたのだろう。長時間頭が浮いていたせいで寝違えがひどくて首が痛いから湿布貼りたい。ああ、前世でよくお世話になったサランパス様が恋しい。このお貴族社会乙女ゲームにはきっと湿布だなんてオッサンくさいものないんだろうなぁ、貼りてえ……。

 軋む体を起こして鼻血を拭くと、やっとアイリの話している内容が理解できた。


「サウス様……?」

 

 なんと、サウスがお見えらしい。ラーファの婚約者であるヴィネの側近のあのサウスが。

 ヴィネの付き添いか? いや、それならアイリもヴィネ様がお見えになられましたよ、ぐらい言うか。この言い方からして恐らくサウス単体……何故。

 そういやヴィネとサウスは公式が「サウスが女だったらヒロインは負けてた」と言われるぐらいの仲だとあの阿呆(ゆうじん)が言ってたような……もしやこれは乙女ゲームでは設定上の定めとして決して結ばれない二人だが、実は過去に愛し合っていたとかいう裏設定があって今日は愛しのヴィネを取った泥棒猫であるラーファに直接文句言いに来たのではないか? サウスはロンのように気の弱い性格じゃないし、いくら相手が上流階級で敵わない相手だろうが文句の一つぐらいは言えるぐらいの図太い精神の持ち主だ。作中一と言っても過言では無い。

 幼少期とかいう作中に書かれていない事はご想像におまかせされるものだが、原作通りならきっとこのイベントではラーファが論破してヴィネの婚約者という座から降りるつもりはないとキッパリ言うだろうし、そう言われてしまえばラーファに比べたらうんと身分の低いサウスが強く出れるわけでもないのであっさりと身を引いて帰っていくのだろう。そんな恋愛漫画みたいなことを七歳共が繰り広げるとも思えないがそう断言できる。

 しかし私がインしたラーファならそんな事は言わない。寧ろ協力する。ギャルゲー好きで美少女を愛するのは至福の時間だが、他人の恋愛(男女問わず)を見てグフグフするのも好きだから目の前でラブストーリーを繰り広げるヴィネとサウスは目の保養となるだろう。イケメンは憎たらしいが女の子を引っ掛けていないなら全然許せる。

 それに二人がうまくいけば婚約破棄もされて私の出る幕は無くなり、私は乙女ゲーのストーリーに関わらないモブへと変わる。そして晴れて独り身となった私はガールハントして彼女作って幸せに暮らそう。実はこの世界、素晴らしい事に同性結婚が認められているので合法的に結婚ができる。なんてブラボーなんだ。

 でも女同士で子供はできないから、うちの後継はロンに任せたい。あの子はイケメンになる事確定だから好きな女引っ掛ける事だってちょちょいのちょいな筈だ。それにもう既に婚約者候補の話も出ているらしいし、心配せずともうちを任せることができるだろう。勿論ロンが跡を継ぎたくないって言うのなら私と未来の嫁でなんとかうまくやっていくつもりだ。

 完璧な人生設計を脳内で建てて鼻歌を歌いながら顔を洗ってドレスを着て髪型を整えるのを光の速さで終えて、応接間へと向かった。

 扉を開けた瞬間、サウスの鋭いナイフのような視線が痛いほどこちらを貫いてくるのを察して身震いする。流石スラム出身。視線が獲物を捉えるそれだ。


「……ごきげんよう、ラーファ様。今日は突然の訪問で申し訳ありません」

「ご、ごきげんよう……」


 ご機嫌がよろしくねえ‼︎ 目が据わったまま淡々とした心のこもってない社交辞令を述べてるだけの機械になってる! 

 しかしこれは愛しい人を取られた恨みとかじゃなくて、なんか別の事情を含んでそうなオーラな感じがするのは何故なんだ。

 じゃあおめー何の用だよとは思うが、ひとまず落ち着く為にマスカットティーを一口飲む。しかし味がしない。それは決してアイリが紅茶を淹れるのを失敗したとかではなく、だからといって俺の味覚がおかしくなったからではない。


「失礼を承知の上で単刀直入にお聞きします。先日こちらをお伺いしましたとき、ヴィネ様に何か良からぬ事を吹き込みました?」

「……一体、なんの言いがかりでしょうか? サウス様」


 彼から滲み出るピリついたこの空気がこのマスカットティーの味を打ち消したのだ。マスカットティーはお気に入りだから味わって飲みたいというのに……困った。

 ジトッとした探るような目でこちらを見てくるんだけどなんも吹き込んでねえよ何があった。確かにヴィネ関係なのはそうなのだが、お前とヴィネは結ばれていて邪魔者の私に婚約者から降りろと言ってきたんじゃねえの? と言いたい気持ちをグッと抑え込んで必死に口角を上げて愛想良くする。

 一切紅茶に手をつけない彼を見て先日手帳に書き留めたサウスのデータを思い出す。

 サウス・ブルシュ。幼い頃からヴィネに仕える敏腕執事で私やヴィネと同い年。魔力は風。成績は優秀で誰にでも親切にし、常に上っ面の笑みを浮かべており、主人を除く人間とは誰とでも広く浅くの付き合いをモットーとしている。

 出身がスラム育ちの影響か、若干言動が悪くなるときがある。サウスは幼い頃に暮らしていたスラム街でヴィネに拾われ、周りのお偉いさんに隠れて勝手にヴィネの魔力を用いた厳重な雇用契約を交わされた。後にあっさりとそのことがバレるものの、皆魔王の魔力には敵わないのでどうすることもできず、渋々という形でヴィネの側近を任されることになった。というとんでもシンデレラストーリーの持ち主だ。

 半強制的に側近にさせられたサウスなのだが、一応互いに了承の上での契約だった為、文句ない働きをしているしヴィネとの友好関係も良好……というかむしろ仲良しすぎる。

 最初はどうしようかと頭を抱えていた国王達は次第にむしろ都合が良いといわんばかりに、魔王とスラム育ちのセットで腫れ物扱いするようになった。ことごとくクソみてえな人間共だ。

 そんなスラム街で死にかけていたところを救ってくれた恩人であるヴィネにはどうか幸せになって欲しいと願っているが、その願いがいかに難しいかも知っている現実主義者。

 側近としてヴィネと共にオーリュ学園に通うことになったサウスは常に新しい情報を頭に入れる為に多くの人と広く浅い上部だけの友好関係を築いていく。心の底から友人と呼べる存在を作ろうとは思っておらず、全ては主人の為に動いていた。

 初めはヒロインも大勢の一人としか見ていなかったのだが、凡人同士話が通じ合うところがあったりして親しくなっていく。それでもなるべく線を引こうとしていた。そんな中、ラーファがヒロインを虐めているところを目にし、相手は主人の婚約者に逆らったという泥を塗ってしまうデメリットがあるにも関わらず、身を挺してヒロインを助ける。

 世の中は醜い。ヴィネ様の魔王の力を利用する者もいる。だから他人を信じず、他人の信用を得るということを貫いていく。そう考えて生きてきた疑うことしか知らない彼が不意に動いてしまう程にヒロインに惚れてしまっていた。

 そんな彼のハッピーエンドではヒロインがラーファの手によってズタズタになってしまったパーティに着る予定だったドレスを見て、サウスがすぐに新しいドレスを見繕う(いやそれ何処から出してきたんだよとかいうツッコミはロマンスには要らないらしい)。そしてパーティが終わった後にサウスはヒロインの耳元で「衣服を贈る意味は脱がしたい、ですよね?」って言うんだよなこのケダモノ。あ、ついでにラーファはサウスの手によって今までの様々な悪事がバレて、国外追放されます。

 バッドエンドではラーファの悪事がバレず、ドレスのことも誰にも言えず、そのままヒロインがズタズタにいじめられる胸糞エンドだった。私は泣いた。なんならそのシーンの悲惨なスチルもあった。描くな。公式は女を虐めて何が楽しいんだ。女の為の乙女ゲームなんじゃないのか。一応それはラーファ生存ルートだけどこのルートは絶対に嫌ですね。ヒロインたそには幸せになってほしい。そして私も幸せになる。

 でも取り敢えず一旦それは置いといて今はこの誤解を解くべきだ。


「とりあえず紅茶をいかが? 冷めますわよ」

「ではお言葉に甘えて……あちゅっ…………」

「……」

「……」


 サウスは先程の問題発言を何もなかったかのようにしてティーカップを元の位置に戻し、こちらを見る。

 大人として敢えて何も言わないであげようと思い、先程の話を切り出そうとしたがその耳が赤らんでいるのがわかって私は我慢できずに吹き出した。

 

「ふっ……あちゅ、って……」

「ね、猫舌なんです……笑わないでください……」


 あちゅ……可愛いな、今どきのあざとい女の子でもそんなこと言わないだろそれ。プルプル震えて可哀想なぐらい顔を赤らめてしまってる。作中のポーカーフェイスが嘘のようだ。

 まさかあのサウスからそんな言葉が出るとも思わなかった私は見事にツボに入り、肩を震わせて口元を抑える。

 随分冷めたと思われる紅茶だが、サウスのお子ちゃま舌にはまだ早かったらしい。最初に手をつけなかったのも熱いから飲めなかっただけだったのだ。そう考えるとピリついたこの空気も和らいだ気がする。


「はは……ごめんなさい。じゃあ、えっと……ふふ、ヴィ、ヴィネ様……ははっ、の話、で……」

「いくらラーファ様でも失礼じゃありませんか⁉︎ もー! もー!」


 あらら、牛になっちゃった……でも面白い事するお前が悪いぞ。

 ガキンチョはそれぐらいが可愛いというのに、よっぽど先程の発言が恥ずかしいらしい。笑い続ける私を止めるのは諦めたのか、コホンとわざとらしい咳払いをしてこちらを睨むように見てきた。やめとけ、そんな顔してもまだ顔がほんのりと赤いし可愛いだけだぞ。モブおじに喰われる三秒前だ。あーあ、これが女の子だったらそそられるのになぁ……。


「……話を戻してもらっても?」

「はー……ごめんなさいね。でも本当にヴィネ様には何もしてないのよ。何かヴィネ様と私に関する事でこの爆睡レディを叩き起こす程のことが起きたの?」

「ばくす……現在午前十一時ですが?」

「子供は寝るのが仕事ですわ」


 貴方の発言に呆れてますって顔に書いてある。おいお前、相手は上流階級で主人の婚約者だぞ。そんな態度でいいと思ってんのか。

 十二時間睡眠は取りたい派なんだよ。前世は学校があったから久々にぐっすりと寝れる機会与えられて幸せなんだよ。それに寝る子は育つって言うだろ? まあ寝ても寝なくても仕様であのゲームの立ち絵の姿そのまんまになるんだろうけどさ。

 

「にしても限度があるでしょうに……まあ良いです。あったんですよ、それが」

「何よ」


 眼鏡をクイッと上げると突然何か思い出したかのように嫌そうな顔をして溜息を吐いたサウスはドスの効いた声で言葉を吐き捨てた。

 

「ラーファ様と二人きりで対談なさった後からヴィネ様がクソガキになられまして大変困っております」

「えっなんて⁇」

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