“斎藤”
「なぁ。」
ツンツンと背中を突きながら、前の席の女の子に声を掛ける。
すると、女の子は恐る恐る振り向いた。
「なぁ。俺とお前、同じだな。」
自分の机の上に貼ってある名前の書かれたシールの、“斎藤”の文字を指差しながら言う。
シールには、漢字で“斎藤優馬”とかかれ、横にはふりがなが振ってある。
女の子は不思議そうに首をかしげていたが、恥ずかしそうに顔を真っ赤にしつつもコクンと頷いた。
―――――その女の子が後の雛菊麻美花だ。
小学1年生になったばかりの初日のことだった。
それ以来、俺は彼女を『まみか。』と呼び、彼女は俺を『ゆうまくん。』と呼んでいた。
だが、特別親しかったわけではない。
彼女とはただのクラスメイト。友達未満の存在だった。
そして小4になり、“斎藤麻美花”は“雛菊麻美花”になり、オレは“彼”というお面を被りだした。
麻美花は小2の途中に両親が離婚したらしい。
だが、年の途中なのでちゃんと名字が変わったのは小3からだった。
しかし、“雛菊麻美花”と“斎藤麻美花”はオレの中で別人と化した上に、
オレの記憶からは“斎藤麻美花”という名は薄れ、“斎藤という名の女の子”という
あやふやな認識しか残っていなかった。
だが、4年クラス分けで同じクラスに“雛菊麻美花”という名を見たときは
“あの子”も同じクラスだ、と無意識に思い、喜んでいるオレが居た。
―――――本人が誰だかわかっていないのにもかかわらず。
もちろん、彼女と同じクラスになったことがないというのは、彼女自身存在の薄かったので記憶していなかっただけだ。
ただ、毎回のクラス替えで“雛菊麻美花”という名を見て無意識に喜んでいたのもまたオレ自身が不思議に思っていた事実だった。
----------
それなのに、なぜ彼女は・・・・・・。
考えようとしてやめた。
こっちにとっては友達以下の人間で、そんなやつのことなんてオレには何の関係も無い。
―――――のだが・・・。
「あんたサイテー!!」
美結が叫ぶと同時に足に痛みが走る。
見ると、風矢が何本もズボンの上から両足に刺さっていた。
風矢はすぐに形を崩して空気に溶け込むが、破けたズボンには血が滲み、
傷口からはドクドクと血が溢れ出てくる。
ちょっ・・・・・・<ハイヒール>。
心の中で唱えるとすぐに、血がドクドクと流れ出ていたのが嘘のように傷口が消え失せる。
が、ズボンは破れたまま。
「【竜巻】!!【突風】!!【風刃】、【風刃嵐】!!!」
立て続けに飛んでくる風魔術を、咄嗟に作った風盾で消す。
風魔術は風魔術に弱い。
風魔術はあくまで空気の流れなのだ。
空気の流れを変えれば、風魔術は消える。
風魔術はそういうものなのだ。
「みゆ姉・・・。」
こちらもいつの間にか来ていた美代が呟く。
恐らく美結と一緒に来たのだろうが。
「美代、うるさい!クソ虫ウザい!早く逃げるよ!1ヶ月もののやつが近いから!」
―――――が。
美結が言い終わるのとほぼ同時に、また空気が変わる。
だが、さっきのとは空気の重さが桁違いだ。
さっきのはほとんど空気の重さは感じなかったがこちらは、これが重力かー。と感じさせられる。
いや、こんなことをしみじみ言ってられる場合ではないし、本来空気に重さはほぼ無いが、
所謂絶望感が半端じゃない。
もしこれが人の出しているオーラで、その人が屋上にいるのを見たのなら、
100人中100人がこの人は自殺を考えているんじゃないかと思うだろう。
「ウザ虫。どーでもいいこと考えてないで、さっさと殺っつけてきて。私らは逃げるからー。」
美結はオレに命令し、自分は2人を引っ張りながらオレを置いて3人で逃げていく。
「十分SSSランク圏内のやつだけど頑張ってー。
もし死んだら、罰として1000回風刃嵐受けてもらうからー。」
意味のわからないことを言い残して、美結は2人を連れて走っていった。
・・・・・・・・・・・・・・・って、オイオイ。
・・・・・・ハァー。
ため息を吐いた。
ズルリズルリ。
ベキベキ。
アイツが近寄ってくる音がする。
近寄ってくるのを感じると共に、さっきまで小さかったイライラが膨らんでいくのがわかる。
イライラを泥沼に沈めようとするが、沈めても浮かんでくる上にイライラも膨張していく。
「・・・っ、クソが!」
ポケットから氷剣を取りだし、バドリムに向かって走り出す。
遠くから殺るだけじゃ、物足りない気がした。
とりあえず、何でもいいから自分の手でぐちゃぐちゃに壊したかった。
オレの冷静な部分はそれを八つ当たりだと言っていた。
終わるのは呆気なかった。
剣を一振り、アイツに右上から左下へ振っただけでアイツは呆気なく消えた。
同時に膨張していたイライラも風船が割れるように萎んで、大人しく泥沼の中に消えた。
それと同時に、また新たに産まれたイライラも泥沼に沈め、オレは負ノ種を拾って浄化した。
「・・・・・・帰るか。」
呟いて、オレは街へと歩き出した。




