第72話 ファクト
結局、私たちは昼食を挟んだ後も一緒に本を読んだり、その本の感想を話したりして過ごした。
橋川さんは純粋に、楽しそうに。
私はふとした時に来る胸の痛みを押さえつけて、楽しく。
しかし、時間が経つのは止まらない。
ハッとして外を見たときには、既に空はオレンジ色に染まっていた。
「いつの間にか夕方になっちゃいましたね」
「え? あ、ほんとだ、もうこんな時間かぁ。楽しい時間が過ぎるのは早いなあ」
橋川さんが本を棚に戻しながらそう言う。
ちょうど、本を読み終わったところだったのだ。
「そうですね……キリもいいですし、今日はこれで解散としましょうか。夕食もありますし」
「うん。葵ちゃん、今日は付き合ってくれてありがとね。おかげで今日はしっかり休めたよ」
「おかげだなんてそんな。私も橋川さんのおかげで楽しい時間を過ごせましたし、お互い様ですよ。よかったら、また誘ってくださいね」
「うん、また」
会話を終えた後、私は部屋の玄関へと向かった。
橋川さんも見送りのためか、私についてくる。
「それじゃあ、私は一足先に食堂に行ってますね」
私は玄関の扉を開けた後、振り向いてそう言う。
「うん、じゃあね」
それに対して、橋川さんはほんの少し、寂しそうな顔をして別れの言葉を言った。
私は、少しためらってから扉を閉めた。
一緒に食堂に行きたい気持ちもあったけれど、それは出来ない。
夕食では努君と合流して話をする予定なのだ。
橋川さんと一緒にいるわけにはいかない。
そうして私は扉を閉めた後、予定通り食堂へと向かった。
特に何もなく食堂に到着したところで、一人で食事を始めている努君を確認した私は、料理を取ってから努君の隣の席へと座る。
そして、自然な様子で食事をしながら話を始めた。
「橋川さんとは上手くいきましたか?」
「はい、上手くいきました。怖いぐらいに順調です。本当に、怖いぐらい。努君の方はどうでしたか? 色々と調査をしてみると言ってましたけど」
「こちらの方も順調ですよ。しっかり有意義な情報が得られました。まぁ、悪い情報も出てきましたが」
そう言うと、努君は視線を私から別の方にやって少し苦い顔をした。
釣られてその視線の先を追ってみると、そこには食事をしている神岡の姿があった。
「朝倉の死を知らされた勇者たちがどんな動きをするか調べていたんですが、神岡が少々厄介な動きを始めていたんですよ。何やら他の勇者たちに、犯人を捕まえるために協力しようと呼びかけているみたいです。具体的な動きはまだありませんが、一応気を付けておいた方がいいと思います」
「了解です。ところで、騎士団の捜査の方は大丈夫なんですか? 努君が疑われてたりしてないですよね?」
神岡の話もほどほどに、私は努君の心配をする。
何せ努君は、今騎士団に全力で探されている張本人だ。
バレないはずだと分かっていても、どうしても心配になってしまう。
「大丈夫ですよ。騎士団の様子も調べてみたんですが、全く僕たち勇者組のことは疑ってないみたいでしたから」
「そうなんですか?」
「ええ。多分、動機が見つからないというのと、人を殺した経験がないと思われてるからでしょうね。実際、僕以外そうですし。だから安心してください。僕は全然大丈夫ですよ」
努君の答えを聞いて安心する。
取り敢えずは努君の方は大丈夫そうだ。
あとの直近の問題は、私の作戦だけ。
特に話すべきことがなくなり、お互い黙々と夕食を食べ進める。
先に食べ始めていた努君の方が先に食べ終わり、席を立った。
しかし、努君はすぐには食器を返しには行かず、去り際にぼそりと言葉を残していった。
「信じてますよ」
それは、何よりも雄弁な言葉だった。




