第71話 泡沫のひと時
「うん、やっぱりなんやかんやで自分の部屋が一番落ち着くね」
橋川さんは、ベッドに寝ころびながらそう言った。
今の彼女の言葉からも分かる通り、現在私たちは橋川さんの部屋にいる。
どこか休める場所を探した結果、最終的にここに落ち着いたのだ。
城の中なんて自由に行ける場所はほとんどが公共施設だし、どこにでも人がいる。
考えてみれば、二人きりで休憩できる場所なんてここぐらいしかなかったのだ。
「それじゃあ、もうこのまま寝ちゃいますか?」
「それだと、葵ちゃんを誘った意味がなくなっちゃうよ。実はね、暇つぶしに用意してたものがあるの」
私が冗談を言うと、橋川さんは笑いながらそう言って立ち上がり、棚から本を数冊取って来た。
表紙を見てみると、そこには○○の冒険譚やら○○伝説やらといったタイトルが書かれている。
どうやら、架空の物語が書かれた小説のようだ。
「この前葵ちゃんと一緒に街に行ったときに買ったんだ。結局時間がなくて全く読み進めてなかったけど……今は時間もあるし、せっかくだから一緒に読まない?」
「一々確認しなくても大丈夫ですよ。今日は橋川さんに付き合うって言ったじゃないですか。それで、どの本から読みますか?」
当然断る理由なんてないのでそう言うと、橋川さんはニコッと笑った後本を一冊選び取って、ベッドの上に座り、私に手招きをする。
その意図を察した私は、同じようにベッドに上がって橋川さんの隣に座り、一緒に同じ本を読み始めた。
「早くめくりすぎちゃったら言ってね?」
そう前置きして、橋川さんがページをめくり始める。
私は頭で処理するのに時間はかかるが、相変わらず観察眼だけはあるので文字を見逃すといったことはなく、順調に読み進めることが出来た。
大まかなあらすじはこんな感じだ。
主人公である冒険者は、英雄に憧れて伝説の竜を倒す旅に出る。
そこで、道中主人公は様々な仲間と出会ったり、試練を乗り越えたりしつつも旅を続け、とうとう伝説の竜のもとへとたどり着く。
そして、仲間と力を合わせて激戦の末に伝説の竜を倒した主人公たちは、故郷の街に戻ると伝説の冒険者として祝福され、幸せな毎日を過ごす。
そんなハッピーエンドの、ありきたりな物語だった。
「いい話でしたね」
「うん、そうだね……私たちもこんな風だったらよかったのになぁ」
「どういうことですか?」
「私たちもさ、戦争なんかのためじゃなくてさ、この物語みたいに伝説の竜を倒すために召喚されたのならまだよかったのになあって。そうしたらきっと、誰も死なずに済んだのに……ごめんね、こんな話して」
橋川さんは先ほどとは打って変わって少し悲しそうな顔をして、普段は絶対言わないようなことを口にした。
知ってはいたが、やはりクラスメイトの死は橋川さんにとってもショックだったようだ。
「気を遣わないでください。今は橋川さんの休憩の時間なんですから、好きなだけ話したいことを話していいんですよ」
「……葵ちゃんは強くなったね。前まで私が励ます側だったのに今じゃ私が励まされてる」
「私は強くなんかないですよ。ただ‥‥‥」
「ただ?」
続きを言おうとして、自分がとても恥ずかしいことを言おうとしていることに気が付く。
しかし聞き直されて引くに引けなくなった私は、覚悟を決めて続きの台詞を言った。
「ただ、支えてくれる人がいるだけです」
私の台詞を聞いて橋川さんは一瞬ポカンとしたが、すぐにその[支えてくれる人]というのが誰なのか察してニコニコし始める。
無論、私は例の如く真っ赤になった。
私の精神はすり減ったものの、そこにはついさっきまでの悲しい雰囲気はなく、明るい、穏やかな時が流れていた。




