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無人駅

最新話~


 ーーキーン、と耳鳴りがするくらい静かな空間だった。

 出入口も大きくて扉も開いてと、風通しが良かったからなのか、中は意外な程にホコリっぽく無くて。

 それでも中にあるモノは錆びたり、蜘蛛の巣があったりと、確かに此処はもう誰も居ないということを知らせてくれる。

 緑色の時計は、6時47分くらいを示してて。

 時を刻んで、人々に知らせるそれが止まっているのを見ると、時が止まってる様に錯覚できるくらいには、この場所は静寂に満ちていて。

 その静寂が、ちょっとだけ悲しかった。


 大きくは崩れてないけど、昔は毎日365日問わずに、大勢のサラリーマンや学生が通っていただろう、広く長い廊下の中央付近は、所々崩れてて。

 その穴から射し込む日溜まりには、足下に多くの小さな草花を纏わせた、若木が生えてて。

 ここもあと何十年、何百年と経ったら森になるのかな?

 そう、思う。

 この街を支え続けていたであろう、もしかしたらシンボルだったかもしれないこの駅が。

 完全に木々にーー、緑に呑み込まれた時に、この名も知らぬ街は無くなるのかもしれない。

 まあ、呑み込まれる前に、大きな地震なんかの天変地異が起きて、崩れてしまうのかもしれないのだけれど。

 流石にそこまでは、ボクには分からない。

 きっとそれは、神のみぞ知ることなんだろうな。


 ーートンッ、と。

 ボクの頭の上に居た黒猫が、駅に降り立った。

 そのまま、そのふわふわな尻尾を上げたまま、先導するように歩いてく。

 …とりあえず、ついていってみようかな?

 他に特にやることもないしね。

 ボクは黒猫の後をついていった。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





 駅の中に併設されてたお店は、大半がシャッターが閉まってて、中を見ることは出来なかったけど。

 その中はきっと、本当に時が止まっているんだろう。

 うっすらと雪のようにホコリが積もっていて。

 手入れする人が居ないから、寂しく朽ちていく道具達。

 そう思うと、中に入って看取ってあげたいけれど。

 錆を浮かべるシャッターは、重すぎてボクに開ける事はできないし。

 無理に開けて、この悲しいけど満足そうな静寂を、破りたく無かった。

 もしかしたら、道具達は静かに余生を送りたいのかもしれないしね?

 …なんてね。



 改札まで来た。

 黒猫は時折こっちを振り替えって、ついてきてることを確認しながら、歩みを進めている。

 一度試しに止まってみたら、向こうも歩みを止めて、どうしたの?来ないの?みたいに、首を傾げていた。

 可愛い。

 って、違うそうじゃない。

 とりあえずまた歩き出したら、黒猫も満足げに前を向いて歩き出した。

 …やっぱり可愛い。

 

 それはともかく。


 改札も他の場所と変わらない。

 まあ、強いて言うなら結構内部だからなのか、崩れた天井から射し込むお日様以外に、光源が無いから薄暗くて、どこか不気味に見える。

 券売機は流石に動いていなくて、沈黙をたもってる。

 路線図も表面がぱらぱらと剥がれ落ちてて、まともに読める場所の方が少ない、そんな有り様だ。

 改札口は、一見普通に見えるけど、やはり塗装が剥がれていて、もう動く事は無いのだと分かる。

 電光掲示板なんかは所々が割れて、酷いものだと垂れ下がったいるものすらある。

 その姿はまるで、かつて自分の体で導いていた、仕事に疲れたサラリーマンの様に思えて。

 思わず、お疲れ様、なんて呟いてしまった。

 ボクが改札を抜けた後、背後ではガラスの破片がまるで感謝してるかのように、光を反射していた。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





 改札を抜けて階段を登る。

 階段は一部が崩れてるけど、登れなくない程度だけれど。

 その階段の横にあるエスカレーターは、瓦礫に埋まっていた。

 その瓦礫の元あった場所から入る光によって、足元が照らされて、安心ではあるんだけれど。

 別の意味で安心できない階段だ。

 …崩れたりしないよね?

 そんな内心恐々としてるボクの心情も知らずに、前の黒猫はタッタッタッと、軽い足取りで登っていく。

 暢気だなぁ、なんて思って苦笑を浮かべながら、ボクも後に続く。

 そしてちょっと怖い階段を、登りきったボクを迎えたのは。



 光が乱反射する緑の洞窟だった。


 

 思わず息を忘れる程に、美しい光の世界。

 夏の若々しい緑色が力強くて。

 澄んでいる水が優しくて。

 モノトーンの駅が寂しくて。

 引き込まれるくらい音が無い、この空間が悲しくて。

 ボクはどうしようもないほどに、この光景を見ていたいと思った。

 時たまに吹く風が揺らす水面を、木漏れ日が踊っている。

 それはまるで、妖精が遊んでいるみたいで。

 お伽噺の世界に迷い混んだのかと錯覚するくらい、幻想的な光景だ。



 魅入られていたボクは、頭に感じた軽い衝撃で我に帰った。

 頭の上には、いつもの重さと温もりがある。

 その温もりを感じながら、改めて駅を見渡す。

 駅のホームはただ人が居ないだけで、変わらないように見える。

 だが、かつては人が並んでた所には、カエルが数匹見えるだけだ。

 変わらないように見えても、そう見えるだけなんだ。

 そう、改めて認識する。


 もし、もしもだが。

 今ここに、何処に行くかも分からない、電車が来たのならば。

 ボクはどうするだろうか?

 それに乗ってどこか遠くに行くのかな?

 それとも一歩一歩踏み締めながら、この世界を廻るのかな。

 多分ボクはーーーー…。



 ーーポチャン、とカエルが水に飛び込む音がした。

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