3-13 人攫いの語り合い
「てぃ、やぁー!」
「ダメダメー、何も考えずに剣を振るうな」
「えっ?………って、ぅわぁぁあ!」
ポロスは勢い任せに上段からの斬撃を、俺は手甲を使って受ける。手甲に触れた切っ先から滑らせるようにして、剣の柄に向かって真っ直ぐに左腕ごと前へと突き放つ。ポロスの持った剣はそれだけで弾かれてしまう。そのまま胸に向かって張り手のように手のひらを叩きつけると、5mくらい吹っ飛んでいった。
「おい、大丈夫か〜?」
「そ、そんな風に心配するなら手加減をしろ!」
フラフラと立ち上がってそんな悪態をついている。それだけ口が回ればまだまだ元気一杯だな。
「十分手加減しているさ。にしても軽いな。もっと飯を食え」
俺はそう言ってポロスが剣を杖のようにして立っていたので、その剣を蹴り飛ばした。
「ぅあっ」
「そんな風に重心を分かりやすく見せるな」
支えを失って顔から地面へとダイブするのを見届ける。暫くそのままの状態で動かなくなった。俺は少し距離を取るように移動する。
「ん? どうした? もう限界か? 次期当主といっても根性が無いな。ゴブリンの方がまだガッツがあるぞ」
ゴブリンの場合はガッツというよりも生存本能なので、比べるものでは無いかもしれない。でも生き死にはかかっていない訓練とはいえ、必死さが足りないのは問題だ。
顔だけ動かしてこちらを睨んでくる。
「……クオンセル殿、もう少し加減というものを−−」
「−−外野は黙っていて下さい」
見かねて護衛のムースンが止めようと声をかけてきたが、バッサリと切り捨てる。事前に訓練については俺に一任されているので文句は言わせない。
「ほら、保護者同伴で訓練に来ているお坊ちゃん。ゴブリンにも劣るお坊ちゃん。いつまで休んでいるんだ?」
「うぅ〜〜…」
恨めしそうな顔で何か唸っているが、怖くもなんとも無い。所詮は9歳の男の子だ。
「くっそーーっ!」
再び襲いかかってきたのをいなして転がす。段々と後ろからのムースンの視線がキツくなっているのを感じるが、気にしない。気にしないったら気にしない。
4番鐘の音でお昼になったことを知る。
「はい、じゃあ昼食と休憩を挟む事にする。5番鐘が鳴る前にはここにいてくれ」
地面に大の字になって横たわっているポロスにそう声をかけてその場から離れる。
昼食を取ろうと離れた場所で魔法の練習をしているミーシャの元へ行こうとする。彼女は何故かポロスの訓練について来て「魔法を上手になりたい」と言ってきた。だからコーメーを呼び出して簡単な講義と実践をしてもらっている。
そちらと合流しようとして俺はムースンに呼び止められた。
「クオンセル殿! 初日から飛ばしすぎでは無いですか?」
「初日から? 違いますよ。初日だからあーしたんです」
何を言っているのか分からない、という思いを込めて言い返した。俺の切り返しにムースンは訳が分からない、と鼻息を荒くして詰め寄ってくる。
「だから言った通りですよ」
「意味が分かりません。あそこまで虐める必要は無いでしょう」
ムースンは庭の傍を指差す。そこには死体のように動かないポロスの姿があった。
「………。はぁ。別に死んじゃいないですよ。あーしてれば誰か優しくしてくれると思ってるんじゃ無いですか?」
俺はムースンに諭すように伝える。ポロスには戦う気構えが無いことを。
だけどそれは彼のせいでは無いと思う。
彼はローレンシウム家の次期当主だ。当主となるための教養は幼い頃から叩き込まれているのだろう。でもそれはあくまで当主としてのものだ。
都市を治める人間に武勇などは必要ない。あればあった方が良いかもしれないが、それよりも重要なことを学ぶべきだ。だから父であるフロイストも、教育係件護衛役のムースンもそのように育てた。話を聞く限りだとポロスは座学などの理解が早いので優秀だそうだ。
嗜みとして剣術を型通りに学んでいる。でも、それじゃあ実戦では使い物にならない。ただ剣術を披露するような場面は、彼のような立場にあればそう多く無い。それこそ軍に入ったりしなければ、学校の訓練ぐらいのものだろう。それであれば形式通りの型稽古などで十分だ。俺は最初はそうしようと思っていた。
「私は辺境伯となるのだ。冒険者としても活躍出来るような当主になる」
今朝方、訓練前に俺が聞いた「どんな人間になりたいか?」という質問の答えがコレだった。
「だから冒険者のクオンセルに教えを請うたのだ」
と締めくくった彼の表情は、なんというか活き活きと晴れやかなものだった。そして何故か自信満々だった。そんなことを言われてしまったので、俺は訓練の方向性を変えた。いっぱしの冒険者にするための訓練だ。
だからこそ初日の今日は徹底的に打ちのめす。形ばかりの剣術ではなく、生きるための、相手を殺すための戦い方を教えるためだ。この訓練を通して、敵への恐怖を、自分の弱さを感じて欲しかった。
このようなことをムースンには伝えた。
「通過儀礼のようなものです。意識を変えてもらうための第一段階ですよ」
最後にそう締め括ってムースンに背を向ける。何か言いたそうな雰囲気があったが、無視してミーシャたちの元へも向かう。
「2人とも昼休憩にしよう。手を洗って食事にしよう」
「はい、分かりました!」
ミーシャが元気よく返事をしてくる。初対面の時は大人しかった彼女だが、ただの人見知りだったようだ。まだ8歳らしいので、見知らぬ男に緊張するのは当たり前といえば当たり前かもしれない。
お付きのメイドと共にミーシャは水場へと向かった。
「どーだコーメー? 彼女の様子は?」
「んー。風魔法の適性があるって言ってたけど、なかなか大したものだと思うよ。一応魔法の先生は他にいるみたいだから基礎もしっかりしてるし」
「そうか、俺には専門外だから頼んで良かったよ」
「オイラだってそうさ。出来るのは知っている風魔法を話したり、彼女が使える魔法を見て使い方や効率向上の仕方を教えるくらいさ」
それからコーメーはポロスの方へと視線を向ける。
「むしろそっちは? 無茶してないのかい?」
「依頼通りのことをしているだけさ。しかも本人の意思を尊重してだ」
ちなみに依頼はポロスの戦闘面での指導。期間は雪が降るまでで、1週間の半分の3日間を受け持つ形になった。彼には他にも習い事があるそうでこんなスケジュールだ。
「ま、どうなるかは午後のあいつの態度次第だな」
午後も根性出して向かってくるか、理由をつけてサボるか、今後はどうなるかは彼の気持ち次第だろう。
「それにしても厳重じゃ無いか?」
「そうだね。見える範囲でもコレなんだから、陰から見守ってるのはどれぐらいなのかな」
俺らが言っているのは警備の数だ。領主の館なのだからそれなりにいてもおかしくは無いが、この中庭にも数人の兵士がいる。おそらく忍者みたいに身を隠している者もいるのだろう。
「訓練の邪魔にはならないからいいけど、ちょっと物々しいよな」
「何かあったんじゃ無い?」
この警戒態勢が平時のものなのか、緊急処置なのかは判断出来ない。ただ居づらいのは確かだ。
「まあ、気にしてもしょうがない。飯にしよう」
俺たちは中庭に設置されているテーブル向かうことにした。
――――――
「どんな塩梅なんで?」
「イヒヒヒ。そうだねぇ、この街での目標にはあと半分くらいかねぇ」
「シシシシシ。まだまだそんなもんじゃて。アンタらもしっかりと働いてくれや」
ここはビルリアにあるどこかの屋敷。
黒いローブを着た魔法使い風の2人に、10人程の革鎧を着た冒険者がいた。
「そーは言ってもねぇ。冒険者ギルドでも噂になってるぞ。子供たちが攫われてるってさ」
「今頃だねぇ。イヒ、イヒヒヒ」
「そんじゃあそろそろ有名どころにしようかのう。明日明後日で貴族や商人なども含んだ所からも攫うかのう」
「おい、そんなとこに手を出して危険は無いのか?」
今まで黙っていた軽装備の男が待ったをかける。普通に考えれば、貴族の子供に手を出すことはしない。攫うこと自体に難易度が高いこともあるが、その後が大変だ。貴族が攫われれば衛兵も本格的に動くし、高ランクの冒険者も雇われる。身を隠し、この街から逃げることが難しくなるのは火を見るよりも明らかた。
「いいんだよ。別に子供を連れて逃げるわけじゃ無い」
「そうじゃのう儂等はいつも通りやっておれば問題は無い。攫う時にちと気をつかうぐらいじゃて……」
「そうか。じゃあ獲物が決まったら教えてくれ」
おそらく雇われているであろう冒険者たちがその場から離れていく。残ったのは黒ローブの2人と1人の若い冒険者だけだ。
「質が悪いのう…」
「爺さんだって知ってるだろ? あいつらは大して冒険者として稼げない半端もんだ。期待するだけ無理がある」
「イヒヒヒ、まぁモノは使いようだねぇ。保険もかけてあるから問題はないさね。使い捨てさ」
気心の知れた仲のようで、先ほどよりも空気が軽くなったように感じられる。話の内容は更に物騒になっているが…。
「ともかくそこまで日数を掛けるわけにはいかぬな。大物を狙ってゆかねば……。足らぬのはだけは避けたい」
「だったら手当たり次第? イヒヒヒ、魔力量の多いのを見境なしにするわけかい」
「……だったら、冒険者を狙うのはどうだ? ここは辺境都市だ。幼い者も多い。街から出ていれば、消えても魔物のせいに出来るだろう」
閃いたとばかりに、若い冒険者がそう切り出す。
「いいんじゃないかねぇ。だったらあたしゃ外の冒険者を狙うかねぇ。あの子たちも役立つわな」
「そうじゃのう。儂は貴族や商人のめぼしい奴らをチェックしておくか。しばらく街では攫うことを避けるか」
「決まりだな。じゃあ2、3日は外での冒険者をメインにしよう。俺は爺さんのサポートだな」
今後の行動指針が固まったようだ。それぞれが頷き合い、己が役目を果たそうとする。
「「「正常なる理の為に」」」
彼らはそう言い残して、己が役目を果たすために行動にうつるのだった。




