3-3 そんな噂を聞いた
昇格試験当日、俺はギルドにやって来た。時刻は昼過ぎだ。普通に活動している冒険者は依頼か休んでいるかしている時間帯なので、ギルド内に人はまばらだ。併設のバーカウンターで管を巻いている者もいる。
俺は寄り道せずにカウンターに向かう。
「あ、クオンセルさん。こんにちは」
「どうも。昇格試験の件で来たんですが……」
「Dランクの試験ですね。受験者の皆さんには訓練場で待機していただく形になります。まだお時間前ですがどうしますか? 訓練場で待機していただいても結構ですし、どこかで時間を潰してから来ますか?」
「時間まで部屋にいますよ。他に誰かいますか?」
「いえ、まだ誰もいませんよ。では訓練場奥の仮設リングの近くでお待ちになっていて下さい」
俺は頷いて移動しようすると……。
「クオンセルさん、頑張って下さいね」
「え! あ、はい」
「緊張してるんですか? クオンセルさんなら大丈夫ですよ。なんて言ったってビルリア支部期待の新人ですからね」
「……そんな風に思われてるんですか?」
伝達事項が終わったからか、受付嬢は砕けた口調で話しかけてくる。何度かやりとりした事はあったが、それ程話した事は無かったので少し驚いた。というか、期待の新人って……。
「そうですよ〜〜。ハーピー討伐の活躍は言うまでも無いですが、あのビビアンさんにも買ったんですよね? そりゃあもう注目されまくりですよ」
まくしたてるように喋る彼女、その隣にいる別の受付嬢はコクコク頷いている。つーか、なんでビビアンとのことが知られているんだ。あれは非公式だったし、バレることは無いハズだ。
「それに〜私たちにも丁寧に受け答えしてくれるし〜。他の冒険者と違って綺麗にしてて臭く無いし〜」
今度は別の受付嬢が奥から話しかけてきた。語尾が伸びる独特の鼻にかかる口調だ。かなり立派な双丘をお持ちで、胸元が大胆に開いたシャツを着ている。
ちなみに、体臭が臭く無いのは気を付けているからだ。前世ではよく、臭いと周りから言われていたので軽くトラウマなんだ。飲み会で後輩から足が臭いと罵られたのは忘れられない。今世では人並み以上に気を使っている。
「それだけじゃないですよ! どこぞの貴族家のご出身だとか……。通りで所作が洗練されていると思いました。嘘じゃ無いですよね? これ、ギルマス情報だし」
隣で首をコクコクさせていた受付嬢がそんなことを言い始める。透き通るような白い肌の銀髪スレンダー美女だ。
と、いうかおい! 誰かあのエルフを連れてこい。このギルドのトップが個人情報を流出させまくってやがるぞ。
「ああ、ギルドマスターがそんなことを言ってたんですかー。ははは、好き勝手言ってくれちゃって……。彼女、今日は居ないんですかね?」
「そんな誤魔化さないでくださいよ。本当のところはどうなんですか?」
さっきまで対応してくれた受付嬢がカウンターから身を乗り出して尋ねてくる。ちなみに彼女は猫科の獣人だ。健康的な小麦色の肌をした美人さんだ。
「まぁまぁ。で! ギルドマスターはいるんですからね??」
「あの〜、クオンセルさん?」
「ギルドマスターは?」
ちょっと怒気を込めて言ったところ、受付の三人娘は少し固まった。俺が怒っているのが伝わったようだ。俺は笑顔のまま返事を待つ。
「……ギ、ギルマスは所用で出掛けています。ここ数日、何か重要案件とかで出入りが激しいんです」
「そうですか。じゃあとりあえず訓練場に行きますから失礼します」
溜息まじりにそう告げると、3人とも表情を無くして頷いている。
………やり過ぎたか?
フォローして置くか。
「皆さんのお名前を聞いても良いですか?」
「「「えっ?」」」
「いや、だから名前を教えて下さい」
何故か、手を交差させてモジモジしている。名前を言うのを渋っているようだ。
「あ、変な意味は無いですよ。私も大人気ない態度を取ってしまいましたし。皆さんには今後もお世話になるので、これからも仲良くしたいと思いまして、お名前を教えて頂きたかっただけです」
なるべく優しく声をかけた。ギルド職員とわざわざ不仲になる必要は無いしな。
3人娘は俺の言葉を理解したのか、おずおずと自己紹介をしてくれた。何故か3人とも彼氏がいないことを強調してきた。もしかしてアピールされてるのか?
前世では非モテ人生だったのでよく分からない。まぁ嫌われていないようならいいか。今後も仲良くさせて貰おう。
ちなみに、巨乳美女がシルムナ、スレンダー美女がクリヤ、猫科獣人美女がニーアだ。3人ともこの街出身で同い年らしい。
訓練場に入る。ビビアンとの決闘騒ぎ以来来ていなかったが、今日はそれなりに人がいるようだ。
どうやら手前隅の方では、ギルド主催の初心者講習をしているようだ。簡単な座学と戦闘訓練などが行われるらしい。またそれ以外にも、剣術や弓術や体術、簡単な魔法などの専門の講習を受けることも出来るらしい。
どれも週一で開催されていて、冒険者を引退したギルド職員が講師を務めている場合が多い。少しの参加費でベテランから指導が受けられるからそれなりに人気があるようだ。
ちなみに俺は参加したことは無い。
講習場所とは対角線の位置に土が盛り上がっただけの簡単なリングがある。あれが受講者の集合場所だろうか。
あのリングの作りを見ると【育成道場】を思い出すな。皆は元気にしているだろうか。体術士や斧バカを思い浮かべる。ガハガハ笑いながら暴れまわっている姿が見える。
うん。きっと心配する必要が無いほどに元気な気がするな。
そんなことを考えながらリング近くの壁まで移動する。無魔法を発動させて簡易の椅子を作り出してそこに座る。緩やかな傾斜をつけた背もたれのおかげで、心持ち安らぐことができた。
まだ時間があるそうだし一眠りするか。そんな感じで目を閉じていたら意識が遠のいてきた。
「…………!」
「……………?」
どれくらい時間が経ったのか、人の気配を感じる。どうやら数人がこちらへと近づいてくるようだ。おそらく俺と同じ受験生だろう。何か喋っているようだ。しかもあまりいい雰囲気ではなさそうだ。
「おい、こいつかそうなのか?」
「ああクオンセルって名前の新人だ」
「けっ、試験前だってのに寝てやがるぜ」
「お気楽なもんだな。ムカつくぜ」
ん? 俺のこと話してるか?
別に試験前に昼寝したって文句言われる筋合いは無いんだけどな。そんなことしてはいけません。とはどこにも注意書きなどは無い。
……。いや訓練場で寝てるのは配慮が足りないかもしれないな。頑張って鍛えている横で寝てるのは気分が悪くなるかもしれない。
「顔を見る限りまだガキだな」
「だが、あのビビアンと五分に戦ったって話だぜ」
「俺はハーピー討伐の時に魔法を見た。スゲー火魔法だったぜ」
「おおかた遠距離魔法タイプなんじゃ無いのか? ビビアンはバリバリの近接タイプだ。きっと遠くから噂の火魔法で戦ったんじゃないのか?」
「なんだそりゃ、ムカつく野郎だな」
何か噂話が聞こえてくるな。事実は別としてそんな感じに思われてるのか。
「さっきバーで飲んでるやつから聞いたんだがな、シルムナ、クリヤ、ニーアの3人を同時に口説いていたらしいぞ」
「なんだと! ムカつく奴だな」
「あの3人娘を同時にか? 俺なんて話しかけても相手にされねーぞ」
「お前はかおがなぁ〜。でもこいつの場合はどうだったんだ? 成功したのか?」
「いや、それは分からないが。ただ随分と親しげにお喋りしてたみたいだ」
「あんだと! 俺のシルムナちゃんに手を出しやがって‼︎ あの胸を〜……。ムカつくぜ」
いや。別に手を出してないぞ。確かにあの胸は魅力的だとは俺とさも思うけど。
「なんでこんなのがモテるんだよ」
「なんでも貴族出身だって噂だ」
「はぁ〜? なんだそりゃあ。金か? 権力か? 女は皆そーゆーのに靡くんだな」
「腹立つな。ムカつくぜ」
「こいつは貴族のボンボンってことか。ますます気にくわないな」
「そうだな、ムカつくぜ」
なんか1人だけムカつくばっかり言ってる奴がいるな。本人前にして悪口ばかりとかやめて欲しいな。これから試験だってのにトラブルは嫌だな。
うっすらと目を開けて愚痴を言っている奴らを盗み見る。どうやら6人組のパーティーみたいだ。同じ受験者なんだろうな、あまりいい素材じゃ無い。年齢は俺よりも一回りくらい上か? 若くも無いし、年寄りでも無い。
よし。無視しよう。無視だ無視。構ってもロクな事にならなそうだ。
グチグチパーティーを無視して寝直そうとマントの端を顔にかける。
「――――ッ!」
でも、その瞬間にわずかな殺気を感じ取る。
反射的に飛び起きてしまった。
「なんだ! ビックリさせるな」
「俺たちは別に悪口言ってたわけじゃ無い」
「お前やっぱりムカつくな」
俺に反応して6人組が何かギャアギャア言っているが、やはり無視だ。こいつらじゃ無い。
俺は周囲に視線を向ける。【好都合領域】も発動させる。
ーーいた!
どうやらさっきの殺気は訓練場に入ってきた2人組が発したようだ。いや、正確には女の方だ。彼女は今でもこちらを見ている。
中肉中背でヒラヒラした着物のような格好をしている。体のラインはあまり出ないデザインだが女性らしい体つきなのは分かる。髪型はお団子にしていて、赤味がかった金色だ。前髪が長いので顔はよく分からない。
そして男の方は、少し背が高いか? 180cmくらいのガッシリとした体格だ。法被のような服に上半身だけ軽量化された金属鎧を着ている。髪色は青で両サイドから髪を束ねて後ろで1本に結んでいるようだ。……顔の半分ほどに刺青、いや火傷の痕かな? 黒くくすんだように見える。ただ女性が発する殺気のせいか、男の気配が薄く感じる。
俺の視線に気付いたのか、女は殺気をおさめて、2人並んでこちらへと歩いてくる。2人の姿に見覚えが無いので、殺気を向けられる覚えが無いのだが椅子に浅く座りなおす。
意識だけは2人組に向けて置いて、グチグチパーティーの方へと顔を向ける。なんか、まだギャアギャア言っていたので視線で黙らせておいた。
その後、リングの近くまで来たのでおそらく同じ受験者なのだろうと想像できる。彼らは俺とは離れた壁側まで行くとそのまま寄りかかるようにして立っている。
俺の視線に気付いたのか、男の方が手を振ってくる。先ほどとは違い随分と力の抜けた空気感を漂わせている。なんなんだろうか?
「さて、受験生諸君。お待たせしたかな?」
いつの間に来たのか、ギルド職員であろう男が2人リングの上に立っている。
「Dランクの受験者はこのリングまで上がってきて欲しい。…………。9人か、まだ2人ほど来ていないようだね。今回は6人パーティーとコンビが2組、ソロが1人だと聞いていたんだがね〜」
「「すいません! 遅くなりました‼︎」」
試験官の言葉が終わると同時に、訓練場に元気な声とともに2人組の少女が入ってきた。お供に1匹の使い魔がいる。
「いや、遅刻では無いよ。さっさとこっちまでおいで」
試験官に促されて小走りに近づいてくる。
「これから試験を始めるよ。僕は試験官のジュラだ。宜しくね。彼はもう1人の試験官のリースカだ。無口だけどいい奴だから怖がらないでね」
ジュラと名乗った試験官が挨拶をする。紹介されたリースカは黙ったままだ。1度だけ挨拶代わりに頭を下げただけだ。本当に無口らしい。
「聞いていると思うけど、今回はパーティー内での発言や行動も試験に含まれる。ちなみにパーティーはシャッフルする。だからまずは自己紹介をしようか? じゃあ最後に入ってきた2人組からお願いできるかな」
指名された少女たちが前に出てくる。
その内の犬の獣人の方がさらに1歩前に出る。
「皆さん、初めまして。【血の乙女】所属のミミです。新参者なので知り合いが少ないので緊張しています。よろしくお願いします」
そう言って深くお辞儀をする。あげた顔には花のように華やいだ笑顔がそこにはあった。




