2-30 unpredictable
「フランさん、フランさん。さっきの合図は何だったんだ?」
「……作戦失敗の合図です。奇襲班に予期せぬ事態が起きたのでしょう。攻撃開始も予定よりも早いですしね」
私に質問してきた男は取り乱しながらも、並走しています。だけどその顔は私の回答によって次第に険しくなってゆき、その足止めてしまうのです。
「失敗? じゃあさっさと逃げなくちゃ―――」
「―――オラ、急に止まるな」
だが撤退を進言しようとしていた男は別の冒険者に抱きかかえられてしまいました。いわゆるお姫様だっこというものです。立派な男性がそんな扱いを受けているその姿に、周囲の者たちから笑いを押し殺したような音が漏れてきます。
「な! ちょっと降ろしてくれ‼︎ 俺は逃げるんだよ‼︎‼︎」
私はそんな彼を見ながら、周囲を見渡すようにして声を張り上げます。
「皆さん! どうやら奇襲班は予期せぬ事態に陥っているようです。当初の予定とは異なりますが、私たち追撃班はこのまま湖へと向かいます。何か問題はありますか?」
「問題なーし」
「細かい事は気にしません」
「問題? 何か問題があるのか?」
「平常運転ですね〜」
「さっさと行こうぜ」
私の問いに多くの冒険者が同意を示してくれます。
冒険者を続けていると多くのことを学びます。それは書物で得る知識とは違い、各人様々なものがあります。ですが、ある程度長くこの家業をこなしていると共通した認識を持つことは常識です。
その1つが、予定通りに事が進むのは珍しいです。いや、予定通りに事が進む事はまず無い、と言い換えても良いかもしれません。
予期しない魔物との遭遇、他人による裏切り、自身の体調、数え上げればきりが無いですが経験上そういうものはある。とベテラン冒険者は知っているのです。
だから多少の想定外に動揺するのは疲れるだけなんです。
「ありがとうございます。ですが事態は良く無い方向に進んでいるはずです。慎重に速やかに移動をお願いします。現状把握が済み次第、私から指示を出します」
そう。多少の想定外な出来事に怖気付く必要はありませんが、軽く見ては命を落とすことになってしまいます。勇気と蛮勇を履き違えてはいけないのです。そのことを理解している冒険者は私の意を理解して、表情を引き締めて移動速度を上げる。
いつのまにか、お姫様扱いだった男も自分の足で進んでいます。その表情はどこか引きつっているように見えますが、その両目には強い意志を感じました。
彼の隣では先程まで彼を抱いていた冒険者が笑っています。
「【風刺突】!」
私は愛剣を、対象に向けて鋭く3度突きます。
目の前に現れた3羽のハーピーは10m離れた位置で、その胴体に風穴を開けて地に落ちます。
「さすがだな。洗練された見事な技だ」
私の攻撃を目にした冒険者が声をかけてきます。先ほどある男をお姫様抱っこしていた顔見知りでした。
彼も別の箇所から現れたハーピーに土魔法で作った弾を打ち込み屠っています。
「でもよフラン、想定よりもこちらに逃げてくるハーピーの数が少なくないか? いや少なすぎるだろ」
そのことには私も気づいていました。奇襲班の合図通り、作戦は失敗しているのでしょう。ただ湖に近づくにつれ、戦闘音は大きくなっています。奇襲班は全滅していたり撤退しているわけでは無さそうです。
「間も無く湖に着きます。各自、茂みから出ないように隠れて下さい」
そして私は湖近くの低木に身を潜ませます。湖の様子を伺うと何が起きたのか一目瞭然でした。
「どうやら三つ巴の乱戦になっているようですね」
そう、目の前には討伐対象であるハーピーに奇襲班の冒険者たちが戦闘をしています。ですが、そこに第3の勢力が加わっていました。
「オークだな」
「いや、ただのオークだけじゃ無いぞ。アーチャーやメイジ、それにジェネラルもいるじゃねーか」
ハーピーに比べてその数はかなり少ないですが、どうやらオーク集団がこの場に割り込んできたのでしょう。探索班からこの森の魔物はハーピーにより駆逐されている、と報告を受けていました。どうやら逃げのびたオークの集団が報復にでも来たのでしょうか。魔物同士の縄張り争いに巻き込まれてしまったようですね。
私は風魔法を使い、追撃班の面々に指示を出す。
「では皆さん、出番ですね。敵はハーピーにオークが増えました。どうやらハーピーとオークは敵対しているようなのでうまく利用しながら殲滅しましょう!」
私の声に冒険者たちが笑みを浮かべて頷きます。
「乱戦なので広範囲の魔法攻撃は無しです。遠距離攻撃主体の者はここから狙撃をお願いします。状況によっては場所を変えながら攻撃を属国して下さい。近接担当は4分の1をここに残して、戦場へ飛び込みます。まずは奇襲班に合流しましょう。伝令は防衛班にこのことを伝えて下さい。包囲網が崩れているので少なくないハーピーらがそちらへと移動していく可能性があります」
私の指示を聞いて、それぞれが準備を始めます。予想とは違いましたが、ここの事態はそう悲観するものではありませんでした。
私の隣の男も同意見のようですが、何かを思い出したのか真剣な表情でこちらを見てきます。
「なぁ防衛班の戦力は大丈夫なのか?」
男の言う通り、あちらの班は下位ランクの冒険者がそのほとんどを占めています。この事態に対応できない可能性は高いです。ですが……
「大丈夫ですよ。彼らも冒険者です。さすがに多少の被害は出てしまうかもしれませんが……」
私はそこで言葉を切り、笑顔で彼に向き直る。
「いくつか保険をかけてあります。問題は無いでしょう」
私の言葉に彼は笑みを浮かべている。周りの数人も同様だ。どうやら準備も終わったようだ。
「…では遠距離攻撃を放つと同時に突撃します。………さぁ魔物たちを血祭りにして差し上げましょう!」
――――――
「くそ!」
俺は舌打ちをしながら自分のテントへと向かう。この苛立ちの原因は自分の愚かさだ。
爆発の後、コーメーに念話を繋げるとミミが1人でテントから出て行ってしまったことを聞かされる。
俺が出て行った後、ミミは泣きながら俺に嫌われてしまったと言ってテントを飛び出す。ハクも付いて行こうとしたが、ミミに怒鳴られテントに留まっているそうだ。
つまりミミは行方不明だということだ。
この非常事態に何をしているのか。コーメーとハクにはすぐにミミを探すように伝えた。匂いを辿ればそれほど難しくは無いと思われる。
ちなみにビビアンとは先ほど会った。俺はミミのことよりも非常事態が起きているので、アンガストの下へ戻るように言う。そして、ミミを探すために俺たちパーティーか合流するのは遅れると伝言もお願いした。
彼女は何かを言いたそうにしていたが、指示に従ってくれた。
それにしてもつくづく自分の愚かさに呆れてしまう。コーメーが言うにはミミが野営地で冒険者に手を出したのは俺が原因らしい。騒いでいた彼らを諌めようとミミが介入すると、頭に血が上っていた彼らはミミだけでなく俺にまで噛み付いたらしい。どんな言葉かは大体の予想はつく。
俺は冒険者になってまだ数日だ。それなのにこの作戦に参加しているし、高ランクから目をかけられている(【血の乙女】の面々からだけど………)。
そう単純なやっかみだ。だから俺への悪口はその辺りに起因しているだろう。実力も実績も無いのに
高ランクからのひいきでここにいる。多分そんなことを言われたのだろう。大したものじゃ無い。
だけどそれがミミの怒り触れたのだ。
なんのことは無い。ミミは俺のために怒ってくれたのだ。それなのに俺は冷たい態度をとってしまった。そして俺に嫌われると言って彼女は泣いていたのだ。
改めて思う。俺はミミのことをきちんと考えていたのだろうか。
ビルリアに着いてからはハッチャケている姿が目立っていたが、生まれて初めての大きな街だ。テンションが上がるのは当然だろう。
でも、彼女はつい数ヶ月前に両親を含めて故郷をなくした。それに彼女の命を救ったのは俺だけだった。そんな彼女が頼れるのは俺しかいない。
だから彼女の言動から俺へと向けられる好意はある意味では仕方が無いと思っていた。ピンチに現れたハグ馬の王子様的な印象があったのだろう。それぐらいなのインパクトはあったと我ながら思う。
でも、…いやだからこそ彼女のその気持ちは一過性のもので幼い恋心だと思っていた。だからスルーしたし、本気じゃ無いと思って深く考えなかった。
それに俺自身色恋沙汰が苦手だというのもあるけど…、そんな彼女に対して俺は言葉や態度で何かを示したことはあるだろうか。
伝えたいものは何だ? それは簡単だ。
仲間であると。
大切であると。
そう言ってあげたい。
ヴィンターに託されたから面倒を見ている? 一緒にいるのはそんな理由では無いだろう。
俺は彼女を大切に想っている。
それが恋なのか、家族愛なのか、そんなことはまだ分からない。でも大事に想っていることは確かだ。
そんな思いを、気持ちを、ミミには伝えなくてはいけない。まずはそこから始めよう。
<相棒、ミミを見つけたよ。でもちょっと厄介なことが起きてる。早く来ておくれ>
俺はハクの雄叫びを聞くと、その方向へと走り出す。
――――――
「オークの集団が乱入してきた? そして包囲網が崩れて大量のハーピーがこちらへとなだれ込む可能性があるだと!?」
俺は自分の立場も忘れて伝令から聞かされた事実に声を荒げてしまう。幸いなことにここは天幕内で周りには気心の知れた者しかいない。
もしこれが低ランク冒険者の前だったりしたら、多くの混乱を引き起こしてしまっていたことだろう。リーダーは部下のためにも動揺してはいけないものだ。
「アンガスト、気持ちは分かるが行動を起こさないと。それに奇襲班・追撃班が心配だ。ハーピーがこちらへとやって来る前に我々も湖に向かうべきじゃ無いか?」
回復部隊のリーダーが進言してくる。
「だが、ここには非戦闘員が多い。それに戦えるものも低ランクの者たちだ。彼らが使えないとは言わないが、無理をすればただ死なせることになってしまう」
俺はそう答えると、ビビアンの方を見る。
「お前はどう思う?」
「…あたしはここで防衛班の役目を全うするべきだと思う。 あたし達はビルリアへの最終防衛ラインだ。下手に動かないほうがいい。はっきり言えば、…そもそもここを守れる戦力があるかも不安だ」
そうだ。ここの戦力で対応できる数ならば良いが、伝令が言うには広範囲魔法での攻撃はあまり成果を上げられていない。しかも現状は乱戦状態で、敵味方入り乱れた状態では包囲も穴だらけだと言わざるを得ない。
「どちらにせよ、やることは変わらないでしょう。数が多いとは言っても敵はハーピーやオークです。奇襲班・追撃班が全滅ということは無いでしょう。だからまずはこちらの態勢を整えることが急務かと思います」
「………アルバートさんの言う通りだ。予定よりも早い奇襲に他の面々は驚きと不安を抱えているだろう。まずは皆を落ち着かせて迎撃態勢を取ることが先決だな! みんなも協力してくれ」
俺の指示に何人かが天幕から出て行く。
「ビビアン、クオンはどうした?」
「ミミが行方不明だってことで探しに行ってるよ。こちらに来るのは遅れるって伝言を受けてるよ」
何をやってんだあのガキンチョどもは?
この猫の手も借りたい状況でフラフラしやがって。
「フフフフ、全く面白い方ですねあの方は」
「笑い事じゃねぇよ。……アルバートさん、あんたにも協力して貰うからな!」
「私のような執事に出来ることであればなんなりと……」
「よくもまぁそんなことが言えるもんだ。でも、保険としてあんたを連れてきたのは正解だったな」
「いえいえ、買いかぶらないでください。でもまぁ頑張らせていただきます。指示されたことを完璧にこなすのが執事ですからね」
アルバートさんはそう言って、自身の白い手袋を外す。そして懐から新たに黒い手袋を取り出して装着する。
その手の甲には赤いシンボルが浮かび上がっていた。
2-27であと数話で2章が終わると書きましたが、まだ続きます。はい、まだまだです。




