1-4 祖母キシリ
魔法適性の検査から3日後、俺は生まれ育ったスチュアート家の屋敷から出て行くことになった。家を出ることが決まり、姉弟は2人とも俺のことを悲しんでくれた。弟はただひたすら泣きながら俺に抱きついてきて離れようとしなかった。レモニア至上主義だと思っていた弟が、俺のことを思っていた以上に慕ってくれていたことに驚いた。
そして姉からはビンタをされた。なんで勝手に決めるのよ、と言って何も言い返せずに逃げられた。何度か別れの挨拶をしようとしたが逃げられた。結局ビンタ以降、出発するまで彼女と顔をあわせる事はなかった。
ただ2人ともが同情や哀れみではなく、肉親として俺の身を心配してくれていることは分かった。それがただ嬉しかった。
俺を見送るためにミランダは門のところまで来てくれた。見送りはミランダだけだ。姉弟とは離れ辛くなるので見送りは遠慮してもらった。まぁレモニアは来てくれなかっただろうが。
ミランダは体調が悪いだけではなく、その表情はどこか暗い。一人息子が家を出て行くのだから、楽しい気持ちのはずは無いわけだが…。
「クオン、身体に気をつけるんですよ」
「はい、母上」
「夜は冷えますから暖かくするんですよ」
「分かりました、母上」
「落ちている物をむやみに食べてはいけませんよ」
「は?……はい母上」
ミランダは俺をなんだと思っているのだろうか?心配なのは分かるけど。
なかなかお別れの挨拶が終わらない。
「母上、そろそろ時間が…。馬車も待たせていますし」
「あ、そうよね。では最後に一つだけ。……くれぐれもお婆様の機嫌を損ねないようにしなさいね。理不尽なことでも決して逆らってはいけないですよ」
「え? あの母上??」
「頑張りなさい」
最後の台詞に違和感を感じ、その台詞の後から目を合わせてくれないミランダに一抹の不安を感じてしまう。
馬車に乗り、窓の無い小窓から顔を出すとミランダが手を振っているのがわかる。体が弱いんだからさっさと屋敷に戻れば良いのに、彼女は見えなくなるまで此方を見送ろうとしているようだ。
ーーーーバン、ババン!
爆発音とともに屋敷の上空に花火のように、火の玉が上がっては破裂した。昼間だし、ただの火の玉なので、それらは日本の花火のように美しいものでは無かった。でもこの魔法を放った人物の性格を表しているように、力強く空高く舞い上がる。
これは別れの言葉を交わせなかったお詫びか、それとも激励か、意地っ張りな姉のことを思う。その花火をボヤける視界に収めながら俺はただ家族の暖かさに安らぎを感じていた。
2週間ほどかかってやっと王都についた。外壁から見える王都は、ただただ声を失ってしまった。まずはその大きさだ。
巨○でも防ぐつもりなのか? 50Mはあるぞ? オーバーテクノロジーだろ??
地球でもこんな城壁は作れるのか? 知識が無いからなんとも言えないけど。 これって絶対魔法が使われているよな~。
「どうです? すごいでしょう、この外壁は他じゃ見れないですよ」
「……すごいですね。こんなものは見たことが無い。どうやって立てたんでしょうか?」
「私も悔しいことは分からないんですが、初代王様が魔法で作られたみたいですよ」
「やはり魔法なんですね」
何故か御者が得意げに語っているが、やはり魔法を使っているのか。でも凄いな。
確かバスタリアは建国されて1000年はたっていた筈だ。増築なんかもあっただろうけど、これほど長い年数王都を護ってきたのだ。
紛れも無い偉業であり、俺の目指す『立派な人間』であったことがこれだけで理解できる。
先人の偉業に心を打たれていると、馬車が外壁にある門に向かわずに道を逸れて進みだした。
「御者さん、なぜ門から離れていくんですか?」
「坊ちゃんはキシリ様のところへ行くのでしょう? ならば此方で間違っておりません」
王都の中には無いのだろうか? 王都に入るわけではないみたいだな。
本当だったら観光なんかしたかったんだけど…。まー、俺の現在の立場では遊んでいる暇はどちらにしろ無いか…。
そのまま外壁に沿って進んでいくと、目の前に体育館みたいな建物と大きな屋敷がそびえ立っている。なぜ外壁の外に建っているのかは分からないが、結構な大きさだ。
いよいよ、祖母との対面だ。
今後の俺の人生を左右する出会いになるはずだ。気合を入れていくぞ!!!
そして、あれよあれよと祖母の所へと通された。ここは執務室なのだろうか、何枚もの書類がのった大きな机越しに俺はある人物と対峙している。
目の前の女性は、俺の祖母であるはずなので50歳前後のはずだ。その割には肌のつやは良く、パッと見は40歳にも見えない。
俺が渡した母からの手紙をじっと見つめながら、此方をちらちらと見てくる。
「アンタがあたしの孫かい? 陰険な面構えをしているんだね」
「…え?」
「なんだい、あたしの孫は禄に挨拶も出来ない男なのかね?」
「―――っ失礼いたしました。キシリお婆様、初めてお目にかかります。私スチュアート家から参りましたクオンセルと申します」
いきなりの先制口撃に出鼻をくじかれてしまったが、営業時代もこんなことは何度もあった。
落ち着け、彼女はちょっと俺を脅してやろうと思っているだけだ。ただの圧迫面接だ。
「なんだいこのガキは! あたしをババァ扱いするなんていい度胸だね」
「いいえ、決してそんなことは。ただ血の繋がりとしての呼び方でして…」
おい、なんでこんなにケンカ腰なんだ?
孫が婆ちゃんと呼ぶのは当たり前じゃないのか?
「血の繋がり? そうだったアンタはミランダの子だったね?? あの子はまともに子供も育てられないロクデナシだね」
「え、いや…あの~~」
さっき自分であたしの孫、って言ってたじゃんか。ボケてんのかこのババア。
「そもそもだね。こんなガキのお守りをあたしに押し付けようなんて、あの子は随分と生意気になったもんだ。侯爵夫人ともなると色々忙しいのかね? 親に連絡もしないで、いきなりこんなお願い事をしてくるなんて、いいご身分になったものだね」
――――――カチン
あ、駄目だ。我慢できない…
「お言葉ですが、母上は―――」
「―――あたしはあんな侯爵へ嫁にいかせるのは反対だったんだ。あたしはあの子のことを考えて忠告してあげたのに。ずっと精霊の研究を一生懸命にやってい―――」
「ーーー黙れババァ!!!」
俺の叫びに呆気に取られた様子で固まるキシリ。
俺の理性が止めろと叫んでる! でも駄目だ。
「俺自身のことは陰険なガキと罵ろうが、別にいいさ。でも母上のことまで侮辱するのは止めてくれ。いくら親でも言葉が過ぎる。それに母上は俺を産んだ際に体調を崩されてしまった。そのため、あまり長い時間共にいれたことは無い。それでも私に愛を持って接してくださったのは子供の私でも分かる」
俺はキシリを精一杯の力を込めて睨む。
「それにこちらに来たのは私の意志だ。いくら肉親であろうと勝手な憶測での暴言は止めて欲しい」
俺のブチ切れに対して、キシリは面白そうに口を歪めている。そしてさっきとは違う目つきで俺を見てくる。
「ほぅ。歳の割には変に大人びた口を利くガキかと思っていたが、随分と面白い変わりようじゃないか?? そっちが本性かい。年長者には敬意を持った言葉を、使うべきだよ?」
「……思ったことを口にしただけです。必要があれば直します。しかし謝罪する気はありません」
ムカついてキレてしまったことを恥じるが、後の祭りだ。体裁よく貴族然とした態度を取ろうとしたが、地が出てしまったのだからしょうがない。
彼女は俺を興味深そうになおも見つめてきた。
「と、いうことはほざいた事を訂正するつもりは無いんだね?」
「はい」
声が震えないように返事をするのがやっとだ。
プレッシャーがハンパ無い。
「お前はここに強くなりに来たんだろう? あたしの機嫌を損ねてもいいのかい? 属性魔法の適性の無い出来損ない君」
「ぐっ」
このばあさん。俺のことちゃんと知ってやがる。ミランダからの手紙にいろいろ書いてあったのか? その上で脅してやがる。ここに居たきゃ謝れってか?
ぅお!? ニヤニヤしてこっちを見てやがる。
まさか、確信犯か? 俺のことを見極めようってのか??
でももう言ってしまったことは変えられない。
このままやりきるしかない。
「ほら、どうしたんだい急にだんまりしちまってさ」
「いえ、ちょっと考え事を…。それよりも先ほどの件ですが訂正はいたしません」
「…そうか。ではとっとと帰りな。二度とあたしの前に顔を見せるんじゃないよ」
「そうはいきません。私はここで強くならなくてはいけないんです」
俺は不安を表情に出すことはせずに、ただキシリを見返す。
「アンタは何を言ってんだい。あたしが口ごたえをする人間を鍛えるとでも思っているのかい?」
「はい。あなたは私を決して追い出すようなことはしないでしょう」
「あたしがガキを放り出せないような甘ちゃんに見えるのかい??」
「…いえ。例え孫であろうと、あなたは甘く扱うような事は無い人物だと思います」
そうだ、キシリはそんなに甘い人間ではないだろう。
だからこそ、俺はこう言うんだ。
「確かあなたは、後進を育てるためにこの修練場を作られた。それは伊達や酔狂ではないのでしょう? 何か理由があるはずだ」
「……それはそうだ。誰が好き好んでこんなめんどくさい事を」
「それはつまり、戦力の増強が必要だということでは無いでしょうか?」
「………」
この人は自分から進んで弟子を取って育てるようなタイプの人ではないと思う。ミランダから聞いた話じゃ弟子の人数も多く無いはずだ。
そんな彼女が弟子をとって育てているのには、何か理由があるはずなんだ。
そしてその可能性に俺は心当たりがある。
「それは単純に自国の戦力強化なのか、…もしくは魔王の出現に備えているとか、私には分かりませんがきっと重要なことなのでしょう」
「魔王だって? そんな御伽噺をアンタは信じて―――」
「―――信じているんではないですか? 少なくともあなたは。だから弟子が欲しいはずだ」
俺はキシリの目が泳いだのを見逃さなかった。
キシリは何か知っている。きっと良くないことを、だ。
「「……」」
張り詰めた空気がふたりを包み込む。
俺は此方を探るような視線を全身で受け止めた。ここで引くわけにはいかない。
沈黙を破ったのはキシリだ。
「ハハハッ! 分かった、分かったよ。あたしは確かに戦力を増やしている。でもそれとアンタにどんな関係が有るんだい? 出来損ない君」
「有りますよ。……私は強くなりますからね」
「魔法を使えない出来損ないが、一体何を言っているんだい!」
「だって私はミランダの娘で、あなたの……『暴川』の孫ですよ。弱いわけが無い。属性魔法が使えないくらいいいハンデです」
キシリは今までで一番の衝撃だったのだろう。もう黒目が無いくらいの驚きようだ。
「くくっ、かはははは! そうかい。そうだね。属性魔法が使えないくらいでアンタは弱いとまだ決まった訳では無いね。こりゃぁ一本取られたわ」
手で顔を覆うようにしながら頭上を見上げるようにして、喉を鳴らしてキシリは笑う。
「…よし。とりあえずあんたを鍛えてやろう」
「ありがとうございます。お婆様」
「だからお婆様はやめな。まだまだ現役で若いつもりなんだ」
「……では、師匠と呼ばせていただきます」
俺の師匠宣言を少し居心地悪そうに聞きながら、キシリは肩をすくめて了承の意を示した。
あいにくと魔王の存在の確証は得られなかったが、俺は無事にこの地で己を磨くための資格を得たのだ。




