1. まちがっちゃった
目の前には、安眠中の赤い竜〈炎竜〉がいる。
王は、魔法使いセラフィーナの転移魔法で、隣国の国境まで飛んだはずだった。
野宿をしたくないので、宿のある町や村を数日間かけて移動してきた。最後のこのひとっ飛びで、今回の目的地である精霊の国と自国の王国との国境に今夜中に着く予定だった。転移先を間違ったようだ。
ぷすぷすと鼻を鳴らしながら寝る竜を前に、「どうしてこうなった」と二人は首をひねる。
「セラフィーナ、ここはどこかな?」
寝息をたてる〈炎竜〉から目を逸らさずに、小声で王はたずねる。
「レッドウッドの山頂の〈炎竜〉の巣のようですねえ。うわあ、初めて竜を見ました。赤い竜なんですね。燃えるような竜と聞いたことがあります。きれいな竜ですね。あ、もちろん、一番お美しいのは王さまです」
次の一歩を踏み出せずに二人は硬直する。のほほんとしているセラフィーナは、眼だけを動かして周囲を観察する。直立不動の二人は、気配を消して息を呑む。
赤い森の樹々は、紅葉の紅葉で色づく。真っ赤な森の中に眠る赤い竜〈炎竜〉は、美しいが恐ろしい。寝床には赤い石がキラキラと光る。
(せめて、ここ以外の森に転移していればましだったのに。セラフィーナに無理をさせてしまった)
王は連日の転移魔法が彼女の負担になっていたことに気が付かなかった。反省しつつ、目の前の危機からどう脱するか考えを巡らせる。
「ぷすー、ぷすー」と太い寝息が竜から聞こえる。燃えるような赤い鱗が、月あかりで艶々と光る。
「無理を言って申し訳ないが、もう一度、転移は無理なのか?」
「疲れちゃいました。ほぼ魔力切れです。遠距離の転移は難しいかと思います」
苦笑いをしながら、セラフィーナが正面を見たまま言う。
「そうか」
「とにかく安全な場所に王さまをお連れします」
ぎょろりと目を薄く開いた炎の竜が、のっそりと起きる。起き上がっただけで、〈炎竜〉の覇気が二人にビリビリと空気の振動で伝わる。立ち上がった龍は5mほどある。
「ああ、起きちゃいました」
「その人ごとみたいに言うのやめて。もう泣きそうなんだけど」
セラフィーナが右手を上にあげて、宙に向かって何かを唱える。くわっと口が開き、轟音とともに熱炎のブレスが二人をめがけて駆けてくる。
シュンっと二人が横跳びで炎を避ける。魔法で身体強化をしたセラフィーナが、軽々と片腕で王を抱える。
熱炎を受けた地面が真っ黒に焦げる。プスプスと煙が上がり、一帯に焦げ臭さが舞う。
「ごめんなさい。〈炎竜〉さん、おやすみなさい」
竜の長い首がぐにゃりと折れて、寝床で再び深い眠りにつく。
何事もなかったように、赤い森はしんと静まりかえる。セラフィーナの睡眠魔法が竜に効いたようだ。
二人は、レッドウッドの赤い森の山を下山する。セラフィーナの生み出した魔灯が険しい山道を照らす。
「どこかで夜を明かそう」
「え!王さま、野宿がイヤだっておっしゃっていませんでした?」
「野宿はしない。グランピングをしよう」
「ぐらんぴんぐ?なんですか、それ」
王は地面にしゃがみ、前世で一回だけ体験したグランピングのドーム型テントの絵を地面に木の枝で描く。
「あ、テントの中にベッドがあるんですね」
「ここは活火山だから、どこかに温泉があるはず。温度が高かったら、魔法で適温にして欲しい」
「了解です。テント幕はトランクに入っているので、温泉の近くでテントを大きくしますね」
セラフィーナの赤いトランクには、無限にものが入る。
「ありがとう、セラフィーナ」
「もっと名前を連呼してください。なんなら、フィーナとお呼びください!」
*
魔法使いセラフィーナは、王の依頼を受けて露天風呂を作る。
源泉の湧き出る場所から平地に湯を引き、魔法で石を運ぶ。その近くにグランピングを設営する。
ドーム型の白いテント内には、ベッド、トイレ、ソファなど、ホテルのようなしつらえが整う。
「快適ですねえ」
セラフィーナはベッドの上で跳ねる。
「王さまは気にしていないようなのでいいのですが、寝床が同室です」
「ああ、テントだからね。仕方がない」
「いいんですか?」
「襲うなよ」
翌朝、王たちは〈炎竜〉に焼かれることなく、無事に下山した。
後に国境のこの地は、王国の保養地として整備される。レッドウッドの森にある温泉付きグランピング施設は、財政立て直し中の王国にとって、貴重な観光資源となり財政を潤し続けた。




