10. とある朝
「お、は、よ、う、ございます。王さま」
城下町の繁華街にある中流階級が使う宿の一室。
王はまだ自国に留まっている。
魔法使いセラフィーナは、敬愛する若き王の寝顔を不法侵入で堪能する。
女官職は長期休職中。いまは王の旅のお供を満喫する。
「お、う、さ、ま。朝ですよーーー」
朝に弱い王はびくともしない。宿の簡素なベッドで毛布にくるまっている。
ベッドサイドテーブルには、5冊ほど本が無造作に積み重なり、走り書きのメモが床に散らばる。
メモには、国内の村の名前や隣国の観光地の名称が走り書きされている。
セラフィーナは本を整えて、落ちたメモを拾う。
(これ、〈王さま推しブック〉のコレクションに加えよう。コレクション名は、・・・美しい殴り書きシリーズ。名称が長いかな)
「起きないと、ほっぺをつんつんしちゃいますよーー」
王が寝ているのをいいことに、つるつるの美肌の寝顔を覗く。艶やかな金髪は寝癖で乱れている。すやすやと寝息が聞こえる。ほっぺをつんつんしたいが、相手は王様なので耐える。
代わりに、王の寝顔をガン見する。
(ふーう、ふーう、がまん、触るの我慢。見るだけ、見るだけでーー)
鼻息と不穏な気配を感じた王が、形のいい目を少し開ける。薄いカーテン越しの朝日が眩しくて、目を細める。
(はうん!)
まどろんだ寝起きの王の顔に、セラフィーナの心が射抜かれる。気合いで鼻血を止める。
(なんて警戒心のない無防備なお姿!ス、テ、キ)
ぞわりと身の危険を感じ、王、がばっと起きる。
「おはよう、セラフィーナ。なぜ、鍵をかけた私の部屋にいるのかな?」
平民が着る質素な生成りの寝巻きだろうが、寝癖だらけのお髪だろうが、色気と気品がだだ漏れる。
王の寝起きの美貌にくらくらとしながら、セラフィーナは言い訳を述べる。
「宿のおかみさんが、『夫の体調不良が心配で』と言ったら、スペアキーをくれました」
しれっと言う、セラフィーナ。
「嘘はいけないよ。鍵を返してきなさい」
しゅんとしつつ、主人である王の世話をしようと、顔を洗う水桶を用意する。
セラフィーナは、「魔法が使えます」宣言後、楽をするために王の前ではよく魔法を使う。
重い水桶をふわふわと浮かし、王のベッドサイドに運ぶ。
「ここは王城ではない。世話は不要だ。自分の事は自分でする。とにかく、部屋を出てくれないか」
セラフィーナ、鼻歌混じりに王に提案する。
「今、王さまは身分を隠しておいでです。つまり、偽りの身分設定が必要です。そのために私達は、駆け落ち中の夫婦ということになりました」
「貴族の子息とその付き人でも良くないか?」
(いや、待て。今、セラフィーナは、『なりました』と完了形で述べた)
「せめて、恋人や夫婦といった設定は止めよう」
「宿のおかみさんやお客さん、近所の食堂、市場の果物屋には、夫婦設定を既に広めて、バッチリです!」
ウィンクをしたセラフィーナは、王のお髪を整えようと近寄る。
「だからっ!」
元王付きの女官セラフィーナの世話を断固拒否する王。
お世話をしたくて堪らない魔法使いセラフィーナ。
二人の攻防の結果、王が敗北。セラフィーナ、圧勝。世の中、押しが強い方が勝つ。
「フィーナと呼んでください」
照れながら、セラフィーナが王にお願いをする。
「愛称では呼ばない」
これも断固拒否する王。
「私達はオシドリ夫婦です」
セラフィーナが、自信たっぷりに言う。
「・・・という設定だ。というか、おしどり夫婦である必要はない」
「設定だからこそ、本物の夫婦のように、仲睦まじく振る舞うぐらいがちょうどいいのです」
「『おい』で呼ぶ」
「ひ、ひどい」
「名前がいいです。『お前』とか『おい』はやめてください」
「セラフィーナ」
「はいっ!」
「一人になりたい」
* * *
傾きかけていた王国は、すっかり活気を戻し、街は賑わっている。
笑顔で行き交う人々、元気に駆ける子ども達、かつての悲壮感はない。
(笑い声が聞こえる街はいいな)
王は王城を出た後、宿を起点に情報収集を行う日々を過ごす。本屋に行き、王城の図書館では手に入らない庶民向けの旅行雑誌やガイドブックを買う。
「旅に出る」と側近に宣言して勢いよく王城を出たが、行き先はまったく決まっていない。
「お待たせ。いつもの生姜焼き定食」
市場の行きつけの定食屋に座ると、ふくよかな男主人がすぐに定食を持ってきてくれた。
「うちの母ちゃんがお世話になってるから、ご飯、大盛!」
「こちらこそ財務大臣には日々、税制改革を実行してもらい感謝している」
小声で王が定食屋の主人に言う。ニカッと笑う主人の母は、今やこの国の財務大臣。
「ここのごはんは美味しいですねえ」
どこまでもついてくる魔法使いセラフィーナは、小柄な体形に似合わず大食いである。側近サクラといい勝負の食いっぷり。
「おかわりお願いします。大盛りで」
ここの定食屋はお米が美味しく、お代わり自由。
「あなた、いっぱい食べないと大きくなれないわよ」
おしどり夫婦を演じるセラフィーナは妻っぽく王に言う。
(20才を超えた今、もうこれ以上は背は伸びないと思うが)
無言で、王、生姜焼き定食を食す。完食。
「ごちそうさま」
お茶を飲み終えた後、立ち上がる王。
「ゆっくり食べなさい。先に行く」
白米を口に頬張っていたセラフィーナが、ハムスターみたいにぷくぷくに両頬を膨らませて慌てる。
「ふおっ、ゴフッ、待ってください!あなたっ」
王は二人分のお勘定を済ませ、足早に定食屋を出た。
(静かなところで、今後の旅先を考えよう)
王は、行きつけの珈琲店に向かうことにした。
年若き美しい傾国の王の改革は続く。
読んでくださり、本当にありがとうございます。
第一章、おしまいです。
これからもよろしくお願いします。




