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星を捨てる原罪

星の寿命が尽きる時、宇宙は残酷なまでに単純な計算式を弾き出す。


母なる太陽が熱を失い、この世界が永遠の凍土へと変わることは、もはや覆しようのない真実だった。

種を存続させるための道はただ一つ。わずかな温もりを求め、太陽へと近づく内側の軌道——「第三惑星」へと脱出することのみ。


だが、枯渇した資源で組み上げられた箱舟は、あまりにも小さすぎた。

一パーセントの命を希望の海へ漕ぎ出させるために、九十九パーセントの命をこの星に見捨てる。

これは、我々が生き延びるために犯した、最も冷酷な原罪の記録である。

眼下に広がるのは、ひび割れた赤い大地と、吹き荒れる猛烈な砂嵐だった。


分厚い強化ガラス越しでさえ、その荒涼とした風の音が鼓膜を打つ。テラは無機質な指令室の窓際に立ち、沈みゆく太陽を静かに見つめていた。

大気中に舞う微細な砂塵が光を散乱させ、夕空は不気味なほどに青黒く染まっている。その底知れぬ青い落陽の陰には、じゃがいものようにいびつな形をした二つの岩塊が、寄り添うように浮かび始めていた。


「暴徒の鎮圧が追いつきません! 第四セクターの防壁が突破されました!」

「このままでは出航前にシステムが破壊されるぞ! 警備隊は何をやっている!」


背後の円卓では、政府の高官たちが見苦しい怒号を飛び交わせている。異常な寒冷化と資源の枯渇。この世界が急速に死を迎えようとしている今、彼らが守りたいのは人類の未来ではなく、自らの延命でしかない。


テラは背後の喧騒を一瞥もせず、手元にある漆黒の球体――『星系儀』の表面を細い指でなぞった。指先に呼応して極小の幾何学模様が淡い光を帯び、絶望的な気象シミュレーションと、一つの「青き星」の軌道を空中に描き出す。


重機で運ぶような巨大な資材を、下の階で作業員たちが数人がかりで軽々と運んでいくのが見えた。彼らの動きは、まるで水中にいるかのように緩やかだった。


「騒がないでちょうだい」


テラの低く冷徹な声が、指令室のパニックを水を打ったように静まらせた。彼女はゆっくりと振り返り、青い夕暮れを背にして高官たちを射抜くように見据える。


「あの事故から半期。日数にして三百日以上、私が警告し続けてきたはずよ。乗船枠は全人口のわずか一パーセント。残りの九十九パーセントには、この星で凍え死んでもらうしかないわ」


感情を一切排したその瞳は、窓の外の凍てつく大地よりも冷酷だった。テラの視線は再び手元の星系儀へと落ちる。

計算式が示す内側の軌道――次なる安住の地となるはずの『第三惑星』へ向け、彼女は静かに思考を加速させていた。


指令室の重厚な扉が開き、一人の若者が足早に入ってきた。

分厚い装甲のような環境防護スーツに身を包んだ彼は、ヘルメットを小脇に抱え、真っ直ぐにテラへ向かって敬礼した。


「長官。最終ブロックの封鎖が完了しました。しかし……」

若き保安要員、ガイアの表情には濃い影が落ちていた。

「暴徒の破壊工作により、メインハッチの外部パージ機構が損傷しています。このままでは自動出航のシーケンスに移行できません」


指令室に絶望のどよめきが走った。

外部パージ機構の損傷。それはつまり、誰かがハッチの外側に残り、灼熱のメインエンジンが点火されるその瞬間まで、手動でロックを解除し続けなければ箱舟は飛び立てないということを意味していた。残された者に待っているのは、間違いなく死だ。


「私が残ります」

躊躇いなく言い放ったガイアの瞳には、熱い自己犠牲の光が宿っていた。

「保安要員としての最後の任務です。長官たちは早く船へ」


その真っ直ぐな瞳を見た瞬間、テラの冷徹な仮面の下で、心臓が微かに軋んだ。


(……本当に、あの子にそっくりね)


過去の不慮の事故で失った息子。もし生きていれば、今のガイアと同じ年頃になっていたはずだった。その熱苦しいほどの正義感も、無謀な危うさも。

しかしテラは、その感情を完璧に氷の下に封じ込め、絶対零度の声を放った。


「馬鹿なことを言わないでちょうだい、ガイア」

テラは彼を一瞥し、冷酷に切り捨てた。

「あなたの遺伝子スコアと肉体の耐久値は、全乗組員の中でもトップクラスよ。次なる星の『潰れるような重圧』と『猛毒の大気』に耐えうる強靭な体。……それをこんな場所で無駄死にさせる計算式など、私の計画には存在しないわ」


「しかし長官! 誰かが残らなければ全滅です!」

「感情で動く人間は不要よ。所定のコールドスリープ・シートへ向かいなさい。外部ロックの解除は、この星に置いていく『旧世代』の仕事よ」


テラは振り返り、再び青黒い夕空を見つめた。

ガイアは悔しそうに唇を噛み締め、何かを言いかけたが、やがて深く一礼して指令室を後にした。


彼が去った後、テラは手元の『星系儀』を痛いほど強く握りしめた。

旧世代の仕事。そう、この重力の軽い、ひ弱な環境でしか生きられない自分のような老いた肉体は、あの生命力に溢れすぎた恐ろしい青き星では、三日と持たずに死に絶える。テラは最初から、自分が生き延びる気など毛頭なかったのだ。


(だからこそ、あなたに生きてほしいのよ。どんなに醜い姿に成り果てたとしても……)


テラは誰にも気づかれぬよう微かに震える息を吐き出すと、自身の運命を全うすべく、一人、箱舟の外部ハッチへと歩き出した。


轟音が大気を震わせていた。

地鳴りのようなメインエンジンの駆動音が、箱舟の巨大な船体を揺らしている。猛烈な砂嵐が吹き荒れる発射台のタラップで、テラは強風に煽られながら、外部ハッチの手動パネルを操作していた。


『メインエンジン点火まで、残り一二〇秒』


無機質なアナウンスが響く中、分厚い装甲スーツ越しでも凍りつくような冷気がテラの体温を奪っていく。パネルの最終ロックを解除しようとしたその時、背後のエアロックから乱暴な足音が響いた。


「長官! なぜあなたがここにいるんです!」

息を切らし、血相を変えたガイアだった。彼はコールドスリープの命令に背き、テラが自らを犠牲にするつもりだと直感して駆けつけてきたのだ。


「退きなさい、ガイア! ここは私の……」

「あなたこそ退いてください! あんたみたいな頭のいい人間が、こんな所で死んでいいわけがないだろう!」


ガイアは強引にテラを突き飛ばし、パネルの前に立とうとした。

しかし次の瞬間、テラは信じられないほどの力でガイアの腕を掴み、彼を船内側のエアロックへと力任せに引きずり込んだ。重力の軽いこの星とはいえ、死を覚悟した人間の執念だった。


「……計算外よ」


テラは荒い息を吐きながら、ガイアをハッチの奥へと押し込んだ。

その顔には、いつもの氷のように冷徹な長官の面影はなかった。しわの刻まれた頬は哀しみで歪み、その瞳には、一人の無力な母親としての切実な光が揺れていた。


「あなたが、あの子に似ているなんて」

「長官……?」

「聞きなさい、ガイア」


テラは震える手で、懐から漆黒の球体――『星系儀』を取り出し、ガイアの分厚いグローブの手に強く押し付けた。


「あの青き星は、命に満ち溢れた地獄よ。ひ弱な私たちを容赦なく押し潰し、毒の息吹で細胞を腐らせる」

テラはガイアの胸倉を掴み、呪いのように、そして祈るように言葉を叩きつけた。

「だから、捨てなさい。誇りも、文明も、私たちが築き上げてきた歴史のすべてを」


ガイアは目を見開いた。彼女が何を言っているのか、完全には理解できなかった。ただ、その手から伝わる温もりだけが、痛いほどにリアルだった。


「どんなに醜い姿に成り果てたとしても。……ただ、生きて」


『メインエンジン点火。ハッチをパージします』


アナウンスと共に、テラはガイアの胸を強く突き飛ばした。

同時に、分厚い隔壁が二人の間を無慈悲に遮っていく。閉まりゆくハッチの隙間から見えたテラの顔は、泣き出しそうに歪みながらも、これまでのどの瞬間よりも美しく、優しく微笑んでいた。


「テラーーーッ!!」


ガイアの絶叫は、ハッチの密閉音とエンジンの爆音に掻き消された。


轟音と共に、巨大な火柱が赤い大地を焦がした。

箱舟は、母なる星から繋がれた臍の緒を引きちぎるように発射塔から分離し、重力の鎖を振りほどいて天へと昇っていく。それはまさに、滅びゆく星が最後の命の種子を、広大な宇宙へと「産み落とした」瞬間だった。


吹き飛ばされそうな暴風と熱波の中、テラはタラップに倒れ込みながら、空を見上げた。

青黒く染まった夕空の向こうへ、一筋の光の矢となって消えていく箱舟。


(……ああ。なんて綺麗なの)


極寒の砂嵐が容赦なく彼女の体を包み込んでいく。

テラはゆっくりと目を閉じ、永遠の冷たい眠りについた。

青い落陽の陰では、いびつな二つの岩塊が、彼女の最期を静かに見下ろしていた。



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