第84話 極点の崩壊
最終治験の後半、研究室には装置の駆動音と、篠原の重く湿った呼吸音だけが満ちていた。深雪はモニターに表示される尿道圧の数値を凝視しながら、微調整用ダイヤルに指をかける。
「……プロトコルB-3。バルーンの拡張圧を段階的に変動させ、神経系の順応速度を計測します」
ダイヤルを回すと、カテーテルの先端が篠原の内壁を内側から執拗に押し広げた。
「っ、ぁ、……あ、……っ! な、に……これ……っ、あぁっ!」
内側から「栓」をされた状態で、さらにその容積を増していく異物感。物理的な圧迫が強まるたびに、脳内の報酬グラフは異常な角度で跳ね上がっていく。
「……拡張圧、さらに2%上昇」
「ぁ、……は、ぁ、……んんっ……!! こんな……こんなの、知らない……っ。……なに、これ、……っあぁああぁ!!」
篠原は、自分の内側で起きていることが理解できなかった。拒絶したいはずの異物の膨張が、パッチの信号と混ざり合い、脳を直接灼くような熱量へと変換されていく。
深雪は淡々と指先を動かし続けた。膨らみ、そして僅かに収縮するバルーンの拍動が、篠原の括約筋を翻弄し、未曾有の排出圧を溜め込ませていく。
「……括約筋の収縮圧、過去最高値を更新。委員長、その状態で維持してください」
(……何、が……起きているの……?)
篠原の混濁した意識の中で、論理的な思考が霧散していく。痛覚と快楽の境界線が融解し、あろうことか脳はそれを新たな基準値として書き換えていた。
(……もっと。……もっと、奥を……っ)
理性が恐怖に震える一方で、パッチに灼かれた脳の回路は、この過負荷を完璧に咀嚼し、さらなる強い刺激を飢えた獣のように貪欲に求め始めていた。
「……尿道圧、定常値を維持。脳内の反応グラフ、さらに高域へシフト」
深雪の言葉は、必要最小限の事実確認に留められた。出口を塞がれ、内側から膨れ上がる圧力が、パッチの信号と共鳴して増幅されていく。
静寂が支配する室内で、深雪は手元のスライダーに指をかけた。
「……最終確認。最後の検査項目へ移行します。一目盛り上げますね、委員長」
その事務的な宣告は、かつて彼女を理性の檻に閉じ込めていた時と同じ、平坦な響きだった。
「……み、ゆ、き、さん……っ、あ……」
篠原の口から漏れたのは、湿り気を帯びた、掠れた名前だった。それが拒絶だったのか、あるいは熱への懇願だったのか。発した本人にさえ、もはやその意味は理解できない。
だが、焦点の定まらない瞳で深雪を見つめる篠原の首は、震えながらも、確かに、縦に振られていた。
脳が、脊髄が、細胞の一つ一つが、深雪の手元から放たれる衝撃を待ち構え、受け入れる準備を完了させている。




