第54話 日程調整の影
委員長室・午前
篠原は机上に並んだ書類を揃え、深く息を吐いた。 (……昨夜は散々に揺らいだ。でも今日は委員長。公式の顔でいなければ)
端末を開き、深雪の番号を呼び出す。 呼び出し音の間、指先がわずかに震え、膝下の赤い痕がスカート越しに疼いた。
「――篠原です。昨日の件ですが……改めて、補足症例について調整したいと思いまして」 努めて落ち着いた声。だが口の奥には乾いたざらつきが残る。
受話口の向こうから深雪の平板な声が返る。 「承知しました。委員長のご都合に合わせます」
「……来週、火曜の夕方でお願いします。業務が一段落したあとなら、時間を確保できます」
深雪は即答した。 「承知しました。では、午後六時に研究室で」
通話が切れると同時に、篠原は椅子に背を預け、目を閉じた。 (……業務を終えたあと、研究室へ直行。帰宅せずに……まるで私自身が、望んでいるみたい)
静まり返った室内に、自分の鼓動だけが響いていた。
研究室・同刻
深雪は端末を閉じ、椅子の背にもたれた。 「……夕方、火曜。予定は確定」
その声音には感情の揺らぎはなかった。篠原が言葉にした時点で、すでに実験は成立している――深雪にはそう映っていた。
培養室に歩を進める。槽の中で触手片が脈打ち、前夜解析した毒型の試料が冷却管の中で静かに眠っている。
(A=痙攣、B=抑制、C=残留。……単独なら毒。だが補足症例と重ねれば“反応の鍵”になる)
器具のチェックを終えると、拘束装置のベルトに指を滑らせた。皮革の表面には、久慈主任の数値を刻んだときの僅かな皺が残っている。
「……次は委員長。制度の盾を、数値で裏返す」
淡々とした声が冷却音に溶けた。 深雪は再び端末を開き、予定表の火曜夕刻に赤い印を付けた。




