第42話 揺らぎの記憶
篠原はソファに深く沈み、端末を開いた。 映し出されたのは久慈のデータ――胸部と骨盤の同期を示す緑のライン、その上に重ねられた赤い急峻な曲線。
「……センサー刺激前から、微細な揺らぎがある。基準値よりわずかに上……これは期待 anticipatory response?」 無意識に口元へグラスを運び、苦みを舌に転がす。
「次の瞬間……閾値を跨いで一気に振り切れている。疼痛反応なら漸増するはず。……これは、違う」 篠原の視線は冷静を装いながらも、心拍はその曲線に合わせるかのように速まっていく。
指先が画面をなぞる。波形は山を描いたあと一度沈み、再び跳ね上がる。 「……二段階。つまり連続刺激? ……拘束下で陰核付近に触れていたとすれば、説明はつく」
短く息を呑み、脚を組み替える。太腿に熱が集まるのを自覚する。 「……でも最後のピークは……イレギュラー値。再現性がない。報告には――」 言葉を飲み込み、瞼を閉じた。
赤く跳ね上がる曲線は網膜に焼き付き、消えるどころか脈打つたびに鮮明さを増していく。 (……報告には出せない。けれど私の中では、もう “ただの異常値” じゃなくなっている)
篠原はグラスを置き、立ち上がった。 冷えた琥珀の残滓が喉を過ぎても、胸の奥の熱は消えない。 「……ここじゃ、落ち着けない」
暗いリビングを背に、寝室の扉を開ける。 シーツの白さが月明かりを受け、静かな光を放っていた。 ベッドに腰を下ろすと、膝下にかすかに残る赤い痕がシーツに触れ、思わず呼吸が乱れる。
胸元に指をあてる。そこにはセンサーの冷たさの記憶がまだ残っていた。 瞼の裏に浮かぶのは――装置の画面に映し出された久慈主任の波形。 閾値を突き抜け、赤く跳ね上がったその曲線に、思わず心がざわめく。 (……久慈主任が、こんなデータを……? 常識では説明できない)
篠原はゆっくりと仰向けになり、天井を見つめた。 拘束具が肌に触れた感覚までが鮮やかに甦る。 思考は「報告書」から遠ざかり、身体は「被験者の記憶」に引き寄せられていく。
篠原は寝返りを打ち、枕に顔を埋めた。 (……最近、回数が増えている。倫理委員長としての責任に押し潰され、元研究者としての未練に苛まれ……二つの顔の間で、軋みが止まらない)
委員長としては「規範」を守らねばならない。 だが研究者としては――赤く跳ね上がった久慈主任の波形が忘れられない。
「……どうして、こんな記録が」
胸元に指を添えると、センサーを押し当てられた痕がじわりと熱を呼び覚まし、全身へ波紋のように広がる。 倫理と欲望、制度と探究、その境界がきしみ、揺らぎながら崩れていく。
(私は……委員長か。研究者か。それとも――ただの女か)
篠原はシーツに擦れる膝下の痕に思わず指先を添えた。 赤く残った跡をなぞると、冷たい拘束具の感触が蘇る。 (……これだけで、私は揺らいだ。じゃあ――久慈主任は?)
瞼の裏に浮かぶのは、跳ね上がった波形。 膝下どころか、胸部にもセンサーが当てられ、全身を測定されたはず。
「……まさか、上半身まで……?」 息が乱れ、指先が自分の胸元へ移っていく。布越しに触れただけで鼓動が速まるのを感じた。
(主任があれほどの数値を残したのなら……私も、確かめられるのだろうか)
篠原は胸に残る痕を指でなぞり、乳頭を軽く弾いた。 「……あ……」 思わず声が漏れる。 弱い刺激でもすぐに血流が集まり、尖りは敏感に隆起した。
さらに強く摘めば「……っ、あぁ……!」 と声が跳ね上がり、背筋が反射的に浮き上がる。 「……強弱で、すぐ……反応が変わる……」 自分で呟きながら、研究者としての観察と女としての感覚が入り混じっていく。
そのまま指は下腹部へ。 パンツをずらし、熱を帯びた秘部へ触れた瞬間、濡れた感触が指先に絡みついた。 息を呑み、震える吐息が零れる。
――熱を持った身体を、もう自分では止められなかった。




