第31話 残された熱
冷却装置の唸りが止み、研究室には規則的な心電音だけが残った。 ベルトを外され、久慈はゆっくりと上体を起こす。まだ胸と下腹部に微かな余韻が残っていた。
「……深雪。これは一体、何を測ったの?」 声は掠れていたが、医師としての問いかけを失わない。
深雪は端末を閉じ、淡々と応じる。 「多点電極による自律神経反応の高精度マッピングです。疼痛緩和、依存症治療、臨床応用は広い」
スクリーンには心拍・導電率・筋電図が整然と並んでいる。胸部と骨盤の波形が、幾度も同期して跳ね上がった記録。
「……ただ、局所の反応に小さな乱れが見られました。イレギュラー因子として処理しておきます」 そう言いながらも、深雪の目には抑えきれぬ輝きが宿っていた。 (正規の手順でありながら――思いがけない快楽データを得られた)
久慈は視線を落とした。 ――自分の疼きは、イレギュラー。言葉にすれば立場を失う。 「……そう、なら理解できるわ」 吐き出した声は、医師としての冷静さを保っていた。
深雪は小さく微笑み、ファイルを閉じた。 「主任。今日の記録は、必ず臨床に繋がります」
研究室の蛍光灯が、静かに二人を照らしていた。 表の成果と裏の執念。その二重の意味を知るのは、今はまだ彼女たちだけだった。
研究記録・補遺(送信メール抜粋)
件名:計測データ報告(No.0301) 宛先:久慈 真理子 主任
心拍:安静時132 → 最大201
呼吸数:23 → 52
皮膚電位:+2.7σ
骨盤帯EMG:平均周期 2.8秒 → 1.1秒
膣粘膜湿度:基準比 1.8 → 2.4
所見:胸部と骨盤の反応は高い同期性を示し、自律神経バランスに明瞭な快楽側偏位を確認。
備考:局所に一過性の乱れあり。イレギュラー因子として処理済み。
補足:次回は「多点計測下での連続負荷」を予定。より長時間のデータ取得が必要。
―― 女医乃 深雪




