第14話 出会い ― 南米帰りの患者
研究室で端末を眺めていた深雪の耳に、内線のベルが鳴った。 受話器から聞こえる久慈の声は、普段より抑えられている。
「特殊な症例があるの。南米から帰国した男性患者、発熱と頭痛を訴えているんだけど……画像が普通じゃない」
すぐに転送されたCTとMRIを開く。 腫瘍影は脈動し、まるで呼吸するように周囲の血管を押しのけていた。
「腫瘍……にしては不自然ですね。寄生虫嚢胞にしても活発すぎます」 「似た報告を学会で耳にしたことはある。でもここまで動的なのは初めてよ」 久慈は苦い声を落とす。
深雪は静かに画面を閉じた。 ――これは腫瘍ではない。素材だ。
◇
カンファレンスルーム。 壁に投影されたスライス像を前に、久慈がレーザーポインタを動かす。
「アプローチは側頭開頭。血管は外側に逸れているから切除可能。ただし性状は読めない。出血と感染リスクは高いわ」 「腫瘍片は病理に回す方針ですね」 「ええ。ただしサンプルの分割は慎重に」
深雪は頷きながらも、心中で別の線を描いていた。 ――すべてを病理に渡す必要はない。私に残す分があればいい。
日程も固まり、ようやく二人の表情にわずかな余裕が戻る。 その足で、彼女たちはいつものように馴染みの店へ向かった。
◇
夜、二人はビストロの席に並んだ。 昇進の話を口にした久慈は、真剣な目で告げる。
「あなたには今まで通りついてきてもらうわ。もちろん、それだけじゃない。あなたにとっても得るものはあるはず」
深雪はワインを口に含み、静かに微笑んだ。 ――主任にとって私は便利な駒。だが私にとっても、貴重な“被験体”。
「主任もご存知でしょうけど、二、三、引き抜きの話が来ています」 久慈の眉がわずかに動く。 「……ええ、聞いているわ」
「でも、そんなことはありませんよ。主任には色んな面でお世話になっています。……臨床だけじゃなく、主任にしか頼めないこともありますから」
久慈の指がピクリと震えた。 「……そう、ね」 声を落とし、グラスを口に運ぶ仕草で誤魔化す。
テーブルの赤と灯りの下、計算と支配が交差する。 流れた沈黙は、料理の香りよりも濃く、そして“約束”を改めて思い出させるものだった。




