第115話 治験実行シーケンス
深雪はキーボードを叩く手を一度止め、マウスに手を伸ばした。
画面上の別ウィンドウには、事前シミュレーションの結果が示されている。単純な電圧の増幅を用いた場合、被験体の防衛本能が働き、最大出力の三割程度で失神(強制シャットダウン)に至る可能性が高いことを示す警告ログだ。
そしてもう一つは、その「失神という逃げ道」を塞ぎ、意識を保たせたまま絶対上限まで引き上げるために設計された特注デバイス――骨盤底の巨大な神経叢『陰核脚』へ密着するノードと、多点センサーの配置を可視化した3Dモデル画像である。
深雪は冷たい笑みを浮かべながら、それらの画像データをドラッグし、作成中のプロトコルの末尾に次々と添付していく。
「さて……」
道具と、それがもたらす凄惨な結果の予測は揃った。
ここから先は、この未知の特異点へ段階的に介入していくための、冷徹な実行シーケンスの構築だ。
深雪は甘いコーヒーの香りが残る息を細く吐き出すと、再びキーボードに指を這わせ、『Ⅳ. 治験実行シーケンス』の項目を打ち込み始めた。
Ⅳ. 治験実行シーケンス(フェーズ移行プロトコル)
【Phase 1:初期導入と前段階拘束】
物理的拘束: 限界値突破に伴う反射的な暴れや、過剰な強直による計測エラーを物理的に排除するため、最新型処置チェアにて被験体の四肢および骨盤を完全に固定する。
伝達効率の最適化(リンク確立): 高密度神経結合パッチ(AS-09)を被験者の首筋に貼付。脊髄レベルで発生した微細な神経信号を一切の減衰なく捕捉し、肥大化した側坐核へとダイレクトに送り届ける「伝達効率の最適化」を強制的に確立する。
【Phase 2:表面粘膜へのアプローチ(シャットダウン・リスクの低減)】
センサー挿入と密着: 拡張型多点能動導電センサー(三又ベースユニット)を膣内へ挿入し、32セグメントの電極群を粘膜へ密着させる。
シーケンシャル・パルスによる負荷分散: 事前シミュレーションにより、単一の強力な電圧負荷では最大出力の三割程度で被験体が失神(強制シャットダウン)に至る可能性が高いことが判明している。このリスクを低減するため、32接点による複雑な『波状のうねり』を用いて負荷を分散。脳の防衛本能を迂回しながら、検査段階で記録した『PRA:2,000μV』まで安全に引き上げてベースラインを構築する。
【Phase 3:深部神経叢への直接介入(限界突破プロトコル)】
深部アクチュエーター展開: 表面からの刺激によって十分な反応が確認された段階で、左右のサイドモジュール(側面拡張ユニット)を展開。膣壁越しに、陰核脚の巨大な神経束への物理的な密着を完了させる。
最大出力への同調: 表面からの負荷分散(波状刺激)と、深部神経束への直接パルスを完全に同期させる。これにより、被験体に失神という「逃げ道」を与えず、意識を維持したままデバイスの最大出力を印加。未知の絶対上限波形の観測へ移行する。
【Phase 4:絶対上限観測と退路遮断】
尿道バルーンの留置: 数値の限界突破に伴い、骨盤底筋群の極限強直(痙攣)を確認した時点でバルーンを留置。
データ抽出の完遂: 失禁による生理的な緊張緩和(逃げ道)を物理的に塞ぐことで、極限状態のノイズを骨盤内に封じ込める。失神も解放も許されない状態で、絶対上限波形を完全に採取する。




