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キッカケ

 正月。今年で景吾は三十四歳になる。実家に帰省して休養していると、青山夫婦が挨拶に来た。父親は行事の参加に忙しく、母親は家族のいない利用者の自宅を訪問して回っている。景吾が夫婦を迎えた。


 景吾が夫婦を居間のソファに座らせると博士が、

「仕事はどうですか?」

 と、尋ねた。景吾は、

「相変わらずですね」

 と、曖昧に答えた。故郷では青山夫婦の影響を受けたが、景吾の職場は相変わらず旧態依然としている。脱税にも節税にも厳しい。由美が、

「守秘義務でこんな事を本来なら口外すべきではないけれど、米倉さんが橋本さんに感謝していますよ」

「俺達もそうですよ」

 博士が同意する。褒められた景吾は気まずそうに二人に茶を出すと、

「俺は何もしてませんよ」

「キッカケを作ったのがすごいんです」

 博士が再度褒めた。景吾は、

「キッカケは米倉さんですね」

 茶を飲んでいた由美は湯呑を置くと、

「確かに彼女には力が有ります」

「それにIT嫌いだと言ってたけれど、よく勉強している」

 博士も潤子を褒める。青山夫婦は潤子を人として認めている。特に新しく潤子の主治医になった由美に潤子への妙な哀れみはない。景吾は、

「感謝されるべきは米倉さんですね」

「そうですね。私達は橋本さんにも米倉さんにも感謝してますよ」

 由美が礼を言う。景吾は、

「はあ」

 と、曖昧に返事をする。由美は、

「米倉さんは橋本さんと会う前に自分の考えをぶつける相手がいらっしゃらなかったみたいですね」

「そうなんですか」

 景吾が尋ねる。景吾には少し意外だった。潤子は誰に対しても所構わず自分の考えを主張するものだと景吾は思っていた。


 由美は頷き、

「自分の考えを誰にどう伝えるのか米倉さんはけっこう悩んでいるんですよ」

「橋本さんが真面目で頭が良いと米倉さんは直感的に分かったんじゃないんですかね」

 博士が付け足す。景吾は低い声で、

「そうですかね。信用というより試されている感じはしますけれども」

「米倉さんなりにコミュニケーションを頑張っているのだと思います」

 由美が答える。


 三人はこの後十分ほど雑談した。長居しそうになると気付いた青山夫婦は話をきり上げて頭を下げると立ち上がった。景吾が玄関まで送る。


 思えば潤子は今年で三十九歳だ。今時、生涯独身でも特に問題は無い。新しい事に挑戦もしている。主治医の由美とも上手く意思疎通が出来ている。一年以上会っていないが、景吾は気にかけなかった。


 新しい移住者達と受け入れ先の町村が上手く融合しているせいか生産性が上がった。税収が上がった事に署長は喜んだ。機嫌の良い署長の顔を見て景吾は胸を撫で下ろしている。


 思えば潤子の言動は様々な所に影響を与えている。誰かに心配されるような弱い障害者ではない。

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