突然の縁談
橋本景吾は盆休みに母親から帰省を命じられた。国会議員である父親は選挙区と議院の往復で忙しい。景吾は面倒だと思ったが、母親に従った。仕事を理由に五年も帰省していない。上司に申請するとあっさりと許可が下りた。
母親は父親の選挙区である秋田県で慈善活動をしている。景吾は車を借りて大阪府から運転して行った。途中で何度か休憩を取る。
三十歳になる景吾は税務署職員として働いてきた。神奈川・福岡・大阪と三回ほど転勤している。地味で複雑な計算と緻密な確認が要求される。公務員だが残業は珍しくない。カッコよくて鮮やかな仕事でもなければ、ましてや楽でもない。しかし辞めるつもりはない。将来は税理士になれば良いだろうとぼんやりと計画している。
午前中に到着すると母親だけではなく父親も迎えた。父親は公民館で有権者達に演説をした後、翌日に東京に戻るつもりだ。
両親は景吾を座らせると父親が、
「本当に結婚しないのか」
と、訊いてきた。景吾は眉を寄せて、
「そんな余裕は無いよ」
父親は腕を組み、
「年を食って結婚したいと思っても遅いぞ」
景吾は溜息を吐き、
「国会議員は世襲制じゃないし母さんの後継者もいる。俺が結婚しなくても良いよね」
父親は苦い顔をして、
「まあ、そうだがな。後で後悔しても知らんぞ」
帰省するなり縁談の話。どっと疲れた景吾は母親が用意した烏龍茶を飲む。母親は、
「一度でも良いから見合いしてみれば?」
景吾は飲んでいた烏龍茶で喉を詰まらせそうになった。父親は母親に目配せをする。母親は、
「ウチの所で働いている人なんだけどね……」
と、説明を始めた。母親が運営している「虹の雪」は精神障害者の作業所だ。そこの利用者である米倉潤子と景吾を母親は引き合わせたがっている。潤子は父親とも一度会い、父親は期待していないが受け入れた。法律用語や専門用語を避ければ潤子は十分に意思疎通が出来る。
景吾は困った顔をして、
「何でまた精神障害者と見合いなんだよ」
「口を慎みなさい」
母親が低く鋭い声で注意した。父親は、
「お前は交際している人すらいないんだろ。それに全く違う立場の人間と会うのも人生の糧になる」
景吾は右手で首の右側を掻き、
「その米倉という人は本当に誰かと結婚したいの?」
「まあね。あんたの話をしたらかなり興味を持ったわよ」
母親が答える。景吾は眉間に皺を寄せて、
「大丈夫なのか?国会議員である父さんの地位を狙っているんじゃないのか?」
父親は睨み母親は冷たい視線を景吾に送る。父親は、
「そんな事をさせないし、そんなバカを引き合わせないぞ」
「とにかく一度は会いなさい」
母親が強く勧める。父親も、
「その後で丁重に断れば良いだろ」
景吾は暗い顔で頷いた。




