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7 ウンディーネの密室

「カメリア嬢、私には貴方が何を考えているのかまるでわからない。」


ハドソン警部補は信じられないという顔をカメリアに向けた。


「瀕死の状態のジュリアスが、何故自分の部屋に戻って、さらには鍵まで掛けるんですか。

助けを呼ぶのが自然でしょう。」


カメリアは「ええ、彼の行動は不可解ですわ。」とハドソン警部補の言葉を受けいれる。


「ジュリアス様の不可解な行動には、理由があるのです。

殺害現場は、彼がそこにいたことを知られてはならない場所だったのですわ。」


「その場所がローレンツ氏の部屋だったと?」


カメリアは頷く。


「イレーネ様は昨日の夜、男性が争う声を聞いたといいましたね。」


「その証言は私の手帳にも記録してある。」とハドソン警部補が同意する。


「しかし、その声を聞いたものは他にいません。

このホテルの客室前の廊下は吹き抜けになっていますから、部屋の前で争っていたのなら他の階まで声が聞こえるはずなのです。」


ロビーの中央に置かれた噴水から上に視線を回せば、開放感と高級感のある四階までの吹き抜けが見渡せる。

客室前の廊下で大きな音がすれば、響くはずなのだ。


「ジュリアス様の部屋にも争った形跡はなく、争う声を聞いたものがいないのですから、現場はローレンツ様の部屋しかありませんわ。」


カメリアはイレーネに、「犯行時の音を聞かれていた場合に備えてついた嘘が命取りになりましたわね。」と冷たく言った。


「しかし、何故ジュリアス氏はローレンツ氏の部屋に行ったんだ。

しかも23時半以降なんて夜遅い時間に…。」


訝しむハドソン警部補にカメリアは、「それこそが、ジュリアス様が密室をつくってでも隠そうとした秘密です。」と言う。


「彼らは恋人だったのですわ。」


ハドソン警部補は口をぽかんと開けた。


音楽に興味のないローレンツがジュリアスを自分のホテルに住まわせていたこと、他の客人に2階の客室を使わせなかったこと、女遊びをしないジュリアスの恋人の存在。

その全てに説明がつくのだ。


「ローレンツ様は既婚者ですし、関係が明るみになれば彼の事業に支障が出てしまうかもしれない。

自分の死を確信したジュリアス様は、なんとしてでも秘密を守ろうとした。

だから密室をつくったのです。」  


ふたりの関係を隠し通すには、ローレンツの部屋で自分の遺体が発見されてはならない。

ジュリアスは背を刺された痛みを耐えて、自分の部屋に戻って鍵をかけた。

被害者が自ら密室殺人をつくりあげたのは、愛する人のためだったのだ。


「貴方は昨日の午前、湖のほとりでローレンツ様殺害し、湖に遺体を捨てた。

その後何食わぬ顔でホテルを訪れ、ローレンツ様が使っていた部屋でジュリアス様を待ち伏せた。

何も知らないジュリアス様は仕事を終えるといつも通りローレンツ様の部屋に帰り、イレーネ様と鉢合わせた。

そして貴方は彼を刺した。

そうですわね、イレーネ様。」


「最初からこんなことをするつもりだったわけではなかったのですけれど…。」


イレーネはぽつぽつと話始めた。


「夫はわたくしを愛してはくれませんでした。

それでも、共に人生を歩む伴侶として大切にしてくれているのだと思っていたのです。

けれども、湖のほとりであの男のことを問いただしたとき、夫はわたくしに言ったのです。

『愛してあげられなくてごめん。』と…。

それで、許せなくなりました。」


イレーネの瞳は深淵のごとく暗い色をしていた。


「気がついたら、夫は血を流していました。

わたくしはそれを湖に投げ捨てました。

それから、あの男も…。」


イレーネは後ろを振り返り、「この湖には、ウンディーネがいるのだそうですね。」と窓の向こうを見やる。


ロビーの奥、アーチ型の大きなガラス窓からは、澄んだ湖がゆらめいているのが見えた。


「きっとあのとき、わたくしはウンディーネに取り憑かれたのですわ。

ウンディーネには、掟があるのでしょう。

夫に裏切られたのなら命を奪わなければならない、という掟が。」


陶酔したように語るイレーネに、カメリアは冷静な声で告げるのだった。


「殺人を犯したのは、ウンディーネではなく貴方ですわ。」



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