1 密室殺人
「これは密室殺人ですわね。」
探偵カメリアはそう呟いた。
湖のほとりに建てられた高級ホテル、ホテル・ウンディーネ。
水の精が住むとまで言われる美しい湖が望めるこのホテルには、国内外から富裕層が訪れる。
そのホテルの一室で事件は起こった。
客室で見つかったのは、紫色の派手なスーツで着飾った若い男性の遺体。
背中を刃物で刺された状態で、入り口近くの床にうつ伏せに倒れるようにして絶命していた。
その客室のドアには、鍵がかけられていた。
「被害者が握っているのは、この部屋の鍵で間違いないのですわね。」
爪が皮膚に食い込むほどしっかりと鍵を握りしめた遺体の手を、カメリアは注意深く見つめる。
しゃがみ込もうとする彼女に、私は「カメリア様、スカートが汚れてしまいます。」声をかけた。
「裾をお持ちいたします。」
カメリアは「ありがとう、ヒルダ。」と私に微笑んだ。
その様子を見ていたハドソン警部補は、ふんと鼻を鳴らした。
「さすがは公爵家のご令嬢だ。
メイドを連れて事件現場にお越しになるとは。」
正確には私の役割はメイドではなくカメリアの護衛なのだが。
公爵令嬢、カメリア・フォン・シュテルンベルク。
高貴な身分でありながら探偵になった彼女が解決した事件は、片手で足りないほどだ。
彼女の活躍を讃える者も多い一方で、カメリアを血生臭い事件に喜んで駆けつける悪女と呼ぶ者もいる。
今回の事件の担当刑事であるハドソン警部補は、カメリアの介入を快く思っていないらしい。
そばかすのある頬はほんのりと赤く、彼が若くしてその地位を手にしたことが伺える。
それを可能にした野心をもつハドソン警部補は、カメリアに手柄を横取りされたくないのだ。
しかしカメリアはハドソン警部補の皮肉にも素知らぬふりをした。
「被害者の方について、詳しく教えていただけますか。」
カメリアに笑顔を向けられたハドソン警部補は、しぶしぶといった様子で手帳を取り出した。
「殺されたのは、ジュリアスという名の20代後半の男性です。
職業は歌手で、近辺の店やこのホテルの夜会で歌っていたそうです。
そのためホテルには長期滞在をしていて、1年ほど部屋を借りていたと支配人が証言しています。」
ジュリアスの遺体が見つかったこの部屋は、彼の使っていた部屋だという。
1年も生活したこの部屋で、ジュリアスは命を落としたのだ。
「遺体が発見されたのは、今朝の8時ごろとお聞きしましたわ。
事件が起こった時刻は判明しているのですか。」
「ジュリアスは昨夜23時過ぎまで店で歌っていたことがわかっています。
夜遅い時間のため帰宅したジュリアスの姿を見たものはいません。」
ハドソン警部補は、「店はここから徒歩20分ほどの場所にあり、23時半から翌朝8時までの間に犯行が行われたと考えられます。」と付け加えた。
「発見時の状況についてもお教えしましょうか。」
ハドソン警部補はやや嫌味たらしく聞いたが、カメリアは「ええ、お願いしますわ。」とにこりとした。
「発見したのはホテルの従業員。
ジュリアスは毎朝7時半に起こすように頼んでいました。
いつも通り声をかけたが、返答がない。
8時になっても応答がなく、心配になった従業員は部屋の様子をみることにした。
鍵がかけられていた為、フロントに保管していた鍵束を取りに戻ったと。」
「その鍵束が保管されていた場所に異常はなかったのですか。」
私が聞くと、ハドソン警部補は「盗まれたような様子はなかったと従業員は言っています。」と答えた。
「鍵束に纏められていた合鍵を使って部屋の中に入ったところ、ジュリアスが亡くなっているのを発見したのだそうです。」
カメリアは部屋の全体を見渡す。
「この部屋には争った形跡はないようですわね。
遺体が倒れたカーペットは汚れていますけれど、壁や家具には血痕もありませんわ。」
「それは我々警察も疑問に思った点です。
刺した刃物を抜く時、血が飛び散るはずですから。」
ハドソン警部補は「犯行現場は別の場所なのでしょう。」と彼の考えを述べる。
「犯人は別の場所で被害者を殺害した後、遺体をこの部屋に運び込み、部屋の鍵を被害者に握らせたのだと考えられます。」
格子窓にはめられたガラスには傷一つついておらず、こちらも鍵が掛けられている。
鍵のかかった部屋に遺体を移した犯人は、どうやって外に出たのだろうか。
「カメリア様はどう思われますか。」
私は真剣な顔で考えに耽っていたカメリアに尋ねた。
カメリアは「犯人が密室をつくる目的は何かを考えていましたわ。」と答えた。
「自殺に見せかけるためというのがまず挙げられますね。」
ハドソン警部補は自身が関わった他の事件での経験からそう語った。
「けれども、この事件の被害者は背中を刺された状態で発見されましたわ。
明らかに他殺であると思われる状態ですわ。」
自殺を偽装するのならば、他の方法で殺害した方が上手く偽装できるはずだ。
「他には、不可能と思われる方法で殺害することで我々警察を挑発している、というのもあります。」
ハドソン警部補はそう言ったが、カメリアは「それもこの事件は当てはまりませんわ。」と言う。
「警察を挑発する目的なら、犯行声明が残されていてもおかしくないでしょう。
この部屋にはそういったものは残されていませんわ。
それに、遺体を執拗に痛めつけたり、辱めるようなことはされていません。」
「この事件の犯人は残虐な殺戮を好む人物ではない、ということでしょうか。」
私の言葉にカメリアはうなづく。
「密室がなぜつくられたかより、密室がどうやってつくられたのか、の方が重要ではありませんか。」
眉を寄せるハドソン警部補に、カメリアは首を振る。
「この事件においては、どうして密室がつくられたのか、が謎を解くカギになると私は思いますわ。」




