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婚約者を寝取った悪役令嬢と、なぜか仲良くなってしまいました  作者: 南野 雪花


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最終話 開戦


「軍師デヴィッド。工作部隊からの定期連絡が途絶えました」


 ランドール王国軍の心臓部である軍務省の一角に、彼のオフィスはある。

 肩書きは全軍の半分を指揮する左将軍なのだが、部下も上司も相変わらず軍師と呼ぶし、デヴィッド自身も違和感なく受け入れていた。


「失敗したか」


 淡々といったものの表情は苦い。


 トゥルーン王国の東部地区、セムリナ界隈にはたいした兵力はない。

 無理して奪うほどの戦略的な価値がないため、外敵に備えた戦力配置をしていないからだ。


 郡都を預かるルーベラ子爵にしても、昼行灯という評価がしっくりくる老人で、おおよそ有事に役に立つ人材ではない。

 だからこそ工作場所に東部地区を選んだのである。


 価値がなくても反乱が起きれば対応しなくてはならず、それがトゥルーン王国を物心両面から圧迫するはずだった。


 すなわち、侵攻作戦の勝算がぐっとあがるということである。

 たかが百名程度の工作部隊で。


「詳細情報を集めてくれ。まるっきり失敗するというのも少し考えにくい」

「了解しました」


 敬礼を残して去って行く副官の背中を見つめるデヴィッド。軽く頭を振って不吉な想像を打ち消した。

 郡都セムリナに配置されている兵力は、五百から六百と推測されている。さすがに全滅はない。


 そもそもそうならないための遊撃戦である。

 本拠地を特定すること自体が至難なのだ。


 たかが五百の兵で山狩り不可能で、無理に実行すれば各個撃破すれば良いだけ。

 そうなったときの策も授けてある。


 現状、考えられるとしたら村人たちが思ったほど従順ではなくて支配に手間取っているとか、反抗されて双方に被害が出てしまったとか、そういう事態だ。

 対応に手一杯になってしまい定期連絡をする余裕がなくなった、というあたりが健常な予想だろう。


「ただ、あまり手間取るようなら引き上げさせるべきだろうな」


 独りごちる。

 重要な作戦ではあるが、こだわりすぎてはトゥルーン王国の疑念を招いてしまう。

 退くべきタイミングを誤ると、作戦全体に支障をきたすことになる。


 二手先を考えるのはデヴィッドの有能さであったが、じつはそれすらも遅きに失していた。


 工作部隊が完全に全滅し、ただの一人も生存者がいないという報告を受けたのは、十日ほど後のことである。

 ちょうど食事中だった彼が食器を取り落としてしまうほど、それは衝撃だった。


 どこに潜伏しているか判らない敵を殲滅するというのは、口で言うほど簡単ではない。

 それなのに帰還者がゼロ。


 本当に全滅したのか、あるいは抱き込まれてしまったのかすら判らない。

 迂闊に動けなくなった。


 こちらの策略が掴まれてしまったかもしれないからである。

 藪をつついて蛇を出すわけにはいかない。


 次の一手は、トゥルーンの手を見極めてから。

 そう判断したデヴィッドは、またしても肩透かしを食うことになる。


 十日待っても二十日待っても、トゥルーンは、一切なにもアクションをおこさなかった。


 騎士の中の騎士マルグリットなる人物が村人たちと協力して山賊を倒したという不確かな伝聞だけが、唯一の収穫である。


「……端倪すべからざる人物のようだな。騎士の中の騎士」


 収穫した、たった一本の麦からランドールの軍師はいくつかの確信を拾った。


 たとえば工作部隊を全滅させたのは周辺集落の住民を味方に付けていたから、ということ。


 たとえば一人の生き残りも出さなかったのは、情報をコントロールしてこちらに短兵急な行動を取らせるため。


 たとえば退治しっぱなしで次の手を打たなかったのは、こちらに考える時間を与えることで出足を鈍らせようとした、ということ。


「わずかな手がかりから、そこまで読み切るとは。さすが軍師デヴィッド」

「阿呆の知恵は後から出るというやつだよ。事実として我々は三十日も空費させられた」


 副官の賞賛に苦い笑いをたたえる。

 策を読んだと喜んでいられる状態ではない。


「切り替えるしかないな。戦に近道はない。結局のところは正攻法で勝つしかないということだ」


 肩をすくめるランドールの軍師だった。






「敵影発見。数およそ三千、ランドール軍先遣隊と思われます」

「やっとお出ましか」


 国境に睨みをきかせるアザリア要塞の司令室、にやりとレオンが笑った。

 白騎士団が南方国境守備の強化を開始して二ヶ月ほど。どうやらイヴォンヌが予測したとおり、年内の開戦ということになりそうだ。


「予定通りに動け」


 敵襲を知らせる警鐘が鳴り響き、にわかに兵士たちの動きが慌ただしくなる。

 アザリアから街道を挟み込むように伸びた二つの出丸だ。


 バルコニーにずらりと弓兵が並ぶ。

 指呼の間に迫ったランドール軍の先頭に狙いを定めて。


「放て!」


 レオンの号令一下、水鳥たちが一斉に羽ばたくように数百の矢が放たれる。

 しっかり盾を掲げて防御を固めていたはずのランドール軍がバタバタと倒れていった。


「……これはすごいな」


 司令室から様子を眺めながらレオンが感想を漏らす。


 イヴォンヌが考案した十字射撃(クロスファイア)

 文字通りクロスするような軌道で左右両側から攻撃するという戦法だ。攻撃の集中するポイントは矢の密度が二倍になり、しかも二方向からの攻撃である。容易に防げるようなものではない。


 みるみるランドール軍が数を減じていく。

 アザリア要塞に取り付くどころではない。


 半刻あまりの攻防……というか一方的に殴られただけの戦闘のあと、数百の死体を残してほうほうの体で逃げ出すようなありさまだ。


「こちらは損害ゼロ。完全勝利ですね。白騎士レオン」

「これで諦めて、泣きながら家に帰ってくれるような可愛げのある連中だったら良いんだけどな」


 僚友の言葉に笑みを浮かべ、レオンはばさりとマントをひるがえす。

 矢戦で負けたくらいで引き上げるような、諦めの良い連中ではない。

 ここからが騎士たちの出番なのだ。


「さあ、武勲を立ててメグの点数をあげないとな。俺の方がロベールの十倍くらいは格好いいと証明してやろう」


 白騎士の顔に刻まれる肉食獣の笑み。

 のちに『アザリア殲滅戦』と呼ばれる戦いの幕が、切って落とされた。



 

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― 新着の感想 ―
わたしの中では大大大人気でした。 続きが読めないなんて残念です。 すっごく楽しかったです。 読ませていただき有り難うございました。
なにとぞ、続きを何卒⋯⋯!
[一言] もう完結とは、 続きが読みたかったです
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