72.計算機
ファイッ!!
「天使や悪魔は何をしてくるか分からねぇ、もしもの時はお前の頭で作戦を考えろ」
「え、えぇ……」
防御とか回復とかの面でシルヴィちゃんを連れた来た方が良かったんじゃ……そんな疑問は「俺には必要ねぇ、アイツには地上で姉貴と雑魚を守って貰う必要がある」という答えでバッサリと切り捨てられた。
そんな事を言われても優希にとってこの世界の天使だの悪魔だのは未知の存在であり、地球の知識が通用するかは分からないのが本音である。
これで役に立たなかったらどうしよう、やっぱり怒られるのかなと憂鬱だった。あと単純に戦闘に巻き込まれるのは怖い。
「それよりも集中しろ、来るぞ――」
「【竜の火ッ!!】」
カッと周囲が白く染められ、遅れて水が蒸発するような音が耳に届く。
咄嗟に目を瞑っていた優希が、未だにチカチカする視界で恐る恐る周囲を確認すれば皇城の一部がドロドロに溶けて失くなっていた。
あまりにも凶悪な攻撃を初手で放たれた事実に戦慄し、そして透明なガラスを隔てたような景色に自分がギルベルトの異能で守られた事を知る。
(び、ビックリしたぁ……あれはなに? 火というより、熱エネルギーその物な気がする)
太陽は燃えている訳ではない。けれど核融合反応によって生み出されたエネルギーが光として地上に届く。
恐らく敵の魔術の正体は単純な炎ではなく、それと似たような原理であるはず……と、推測を立ててもじゃあどうすれば良いの? という答えなどすぐ出る筈もなく、そして優希が対策を練るまでもなくギルベルトには通用していない。
(本当にこれ私が必要なのかな?)
ただ怖い思いをするだけじゃないかと、優希が遠い目をするのを尻目にギルベルトが動く。
「――〝断〟」
優希を抱えるのとは反対の、右手を前方に伸ばしたかと思えば堕天使ごと城の中庭が横一文字に寸断される。
「【ガァッ――!?】」
これまで見て来た空間を直接叩くのではなく、寸断する……ここに来て優希は今までギルベルトが手加減していた事を悟った。
先ほどの魔術も攻撃性能が高すぎると感じたが、ギルベルトの空間断裂はその比ではない。
「【治療を成せ!】」
分断された上半身と下半身を繋げながら飛び出し、一直線で皇城から離れていく。
「逃がすかよ――〝絶〟」
「【がっ?!】」
そのあまりの逃げ足のスピードに優希は逃げられると焦ったが、皇都を囲う街壁を越える直前で見えない何かにぶつかった様に仰け反る。
そこに間髪入れず『断』が迫り、堕天使は即座に回避行動に出た。
「【グ、うぉおおおおお!!!!】」
既に放たれた『断』に何度も被弾しながら動き回り、次第にギルベルトが攻撃を仕掛けようとすれば斜線上に皇都の民達と重なるような立ち回りを始めた。
突如として城が爆発したため、何が起きたのかと様子を確認するべく不安そうに外に出て来た市民が数多く居たが故の行動。
「チッ」
「【狂気の毒】」「【氷の剣】」「【眠りの霧】」「【凍えよ】」「【縛り付ける】」
「効きやしねぇよッ!!」
チマチマと刺すような牽制の攻撃を繰り返しながら、高速で動き回る堕天使。
それらを目視できる範囲の短距離転移で追い掛けるが、あまり有効的とは言えない。
次第に苛立つギルベルトとは違い、優希は自分が思ってた以上にこの高速戦闘に恐怖を抱いていない事に気付く。
(そうか、空間操作でGが掛からないようにしてるんだ)
優希は地球に居た頃ジェットコースターに乗って失神した経験がある。
その時の経験から絶叫系の恐怖の大半は強いGと風圧であると知っていた。その両方が存在せず、目まぐるしく変わるのは景色のみで、言うなれば全方位に設置されたスクリーンに映る映像を見ているだけという感覚。
これならば戦闘の最中でも冷静に思考ができる――そう考えた優希はギルベルトへと、この状況を打開するべく疑問を投げ掛ける。
「相手の座標を直接叩けないんですか?」
「……それはするには計算能力が足らねぇ……クソ親父は他の異能で代用、もしくは補助してたらしいがな」
ギルベルトの異能『自遊自在』は高度な計算能力のもと、空間を掌握する物である。
扱いは非常に難しく、魔王となる前のかつての英雄ですら思考加速と分割思考の異能を併用する事で座標などの計算を行っていた。
しかしギルベルトにそれらの異能は存在しない。
彼は天性の空間把握能力と野生の勘で、高度で扱いの難しい異能を使いこなしていた。
しかしそれ故の弊害か、自らと離れれば離れる程に異能の精度は落ちていく。
対象が数百メートルも先ともなれば雑な範囲攻撃でしか手出しが出来ず、さりとてそのような大規模破壊は皇都へ甚大な被害が出てしまうため選択できない。
「分かりました」
「あん?」
「任せてください」
堕天使の考えなど明白である。皇都からは離れられないのであれば、ギルベルトが精密必殺の空間断層を生み出さない様に一定の距離を維持しての持久戦である。いくら理外の力を持つ魔王の子と言えど、その肉体は人間のもの。体力も集中力も人外である自分には及ばないという腹積もり。
常であればギルベルトは逃げ回る堕天使に舌打ちをしつつも、それでもそのプライドの高さから意地でも仕留めようとその誘いに乗ったかも知れない。
「時計塔から伸びる影から算出できる今の時間帯は――」
「皇都の面積は確か――」
「この国に於ける建物の高さの上限と基準――」
「近くにあるのは中央貿易管理棟――」
「図書館で見た設計図の写しでは――」
「建物の横幅から算出できる相手の速度――」
「この星の自転速度は――」
けれど、ここには――
「――座標の計算が終わりました」
――篠田優希という、外付けの計算機が存在していた。
「今から7.87秒後に中央貿易管理棟の屋根より頭一つ分上に全力で攻撃して下さい」
「くはっ! おもしれー女だなお前はァ!!」
そして注文が細けえとギルベルトはケタケタと笑い声を上げながら、ほぼ8秒後――秒間数万層からなる空間断裂を生み出した。
「【ぁっ――?】」
それは常人から見れば目にも止まらぬ速さで動き回っていた堕天使を捉え、その存在の全てを一瞬にして血霧に変えた。
「……」
ギルベルトからすれば自分の攻撃に相手から勝手に突っ込んで来たようにも思え、この時、初めて、明確に――優希を見る目が変わった。
「ふん、良くやった」
「お、お役に立てたようで良かったです……でも封印しなくて良かったんですか?」
「大丈夫だ。バラバラにしたのはアルトゥールの野郎だけ――ほら、出た」
未だに血の匂い濃い中央貿易管理棟の上空の空間からズルりと、ボロボロとその貌を崩しながら現れ、そして重力に逆らわず地面に落ちる。
【ァ、アァ……!!】
「まぁ、何発かは本体にも当てたがな」
ギルベルトはそう言いながら逃げられない様に自らの手に空間固定を宿し、堕天使の首根っこを無造作に掴み上げた。
「ほら」
「え?」
「計算しやがれ」
「……えっと、何をでしょう?」
唐突な要求に困惑する優希に向かって、ギルベルトは「決まってんだろ」とさも当然のように言い放つ。
「城まで転移すんだよ」
「……」
優希は思った――「これから私、計算機として扱われるのかな」と。
目視できる範囲で近場なら頑張れば転移できるけど、遠目に見える建物の中や山とかは無理です。
しかし優希が居ればそれも解決!一家に一台!




