71.激怒
激おこスティックファイナリアリーぷんぷんドリーム(激古)
「――殿下だ」
「ギルベルト様が帰ってきた!」
地平線より顔を出した陽の光を背に、避難民達を引き連れたギルベルトが皇都入りする。
屋外を闊歩する集団の気配に人々が恐る恐る顔を出し、そして先頭を馬で歩くギルベルトの存在を目にしてその顔に安堵と嬉色を滲ませた。
ギルベルトの帰還を知らせる声は徐々に皇都中へと伝播していき、やがてそう時間を置かずに大歓声となって響き渡る。
市民達のその様子から、彼らが如何に皇都の混乱に怯えていたかが分かった。
「殿下、アルトゥールが逃げ出したようです」
「抜け目のない奴だな」
「……追われないのですか?」
報告を受けてもスピードを上げる気配のない皇太子に、シェイエルン辺境伯は放置してても良いのかと問い掛ける。
このままではアルトゥールが第三皇子を、ひいては堕天使を逃がす可能性があると。
「それよりも市民の歓呼の中、悠々と帰還する事に意味がある」
「なるほど、逃げるならばそれまでと」
眼前に広がる光景を見れば、最早ギルベルトの支持率は揺るぎのないものとなっている事が察せられる。
皇都を混乱させ、何日も恐怖と不安を与えたまま放置するどころか、自らに従わない者たちを連れ出し、洗脳してしまう第三皇子の手の者と、今まで魔王軍を含めた数多の外敵を撃退しつづけ、此度の反乱軍を即座に鎮圧して皇都の混乱も鎮めるべく帰還した皇太子。
市民が歓声でもって迎え、玉座を簒奪した筈の第三皇子でさえ邪魔する事はできず、堂々とその姿を衆目に晒しながら皇城入りする皇太子という絵図は象徴的すぎた。
もはやここから逃げたとしてもギルベルトの基盤は揺るがず、第三皇子が逃げ延びたとしても再起の芽はない。
そして何よりもルゥールーと一緒に戻った事で、皇都は再度シルヴィの祝祷樹の影響下に置かれた。これにより、堕天使によって行動不能にされていたギルベルト派閥の者たちも動ける様になった筈で、ここから逃げるのは容易ではない。
「……チッ」
だがギルベルトの本心はそこではなかった。
彼は、願わくばここまで大事にした義兄が最後まで逃げずに、尚も自分に立ちはだかる事を望んでいた。
責任を取るという意味でも、自分を支持してここまで行動を起こしてくれた臣下や部下を見捨てるなど皇族としてあるまじき振る舞いであるという意味でも……そして、何よりもそんな情けない姿を見せて欲しくはなかった。
最後の最後くらいは、どうせなら昔のように格好良い姿を見せて欲しかった。
「おぉ! ギルベルト様!」
「お帰りをお待ちしておりましたぞ!」
皇都に入って最初の方で避難民達は解散し、そして城が近付き、貴族街に入った辺りで既にギルベルトの周囲には身内しか残ってはいなかった。
護衛はシェイエルン辺境伯の者を借りているだけという状態の彼へと、一部の貴族達が必死の様子で群がる。
その顔は本来ならば第三皇子の支持者――反魔王派であると自ら宣っていた筈の者たち。
本質は怖がりで保身的、今まで散々ギルベルトの下で自分達は主流派であるとデカイ顔をしておきながら、天使の存在を知るや否や即座に手のひらを返して魔王の血の排斥を訴えた者たちだったが……旗色が悪いとみて、元の鞘に収まろうと云うのだろう。
「いやはや、このブロイ男爵は殿下の事を信じて面従腹背でおりました!」
「そうですとも、このレガーシャ子爵も雌伏の時を耐えておりました!」
口々に自分こそ忠臣であると、カルステッド様には従ったフリをして情報を集めておりましたなどと、都合のいい事ばかりを並べ立てる。
カルステッドの一番近くに侍り、口々にギルベルトへの不満を口に出していた癖に、嬉々として大樹海への侵攻を手助けしていた癖に、今回の皇都の混乱騒ぎにも加担していた筈の癖に。
「今こそあの簒奪者を――」
「黙れ」
「……は? 今なんと」
「黙れと言ったのが聞こえなかったのか?」
気が付けば空気が物理的な重さを持ったと錯覚するようなプレッシャーがその場に満ちていた。
太陽の逆光に遮られ、馬上にあるギルベルトの顔を窺い知る事は出来ない。けれど彼が激怒している事はシルヴィでも察する事が出来た。
「お前達への沙汰は追って下す」
「お、お待ちをッ!!」
「殿下! どうか! どうかお許しを!」
知らず知らずのうちに、手綱を握る手に力が篭もる。
兄上は、あんな奴らに囲まれて過ごして来たのかと……アイツらは兄上の一番近くに立ち、側近だと名乗っていたではないか。
信頼できる側近さえ――いや、側近さえ信頼できずあのザマで、すぐに手のひらを返して裏切るような小物がデカイ顔をして、ケルン侯のような大物貴族も本心から兄上に心酔していた訳ではなかった。
堕天使やアルトゥールだって味方とは言えない。彼らの目的はあくまでも聖女の救出と魔王の血の排除による人類救済だ。
他に玉座を継ぐべき適当な男児が皇族に居なかったが故に、仕方なく兄上を推しているだけ。
であるならば、今の兄上は一人で城で待っている筈だ。
心から信頼の出来る味方が誰一人として居ない状況で、自分の言葉に耳を傾けず、ただ好き勝手に暴走した愚か者達に担がれた負債を背負って。
そこまで考えて、ギルベルトは思いっ切り舌打ちをした。
「クソが」
兄上が自分とは別の道を進み、同じ玉座を競うライバルとして立ちはだかった時は心底嬉しかった。
同じ対等の存在として認められた気がして、いつも手を引いてくれていた存在が真正面から立ち向かってくれてワクワクとした心地になった。
だからこそ、天使だか悪魔だか知らないが、自分で超存在を味方につけ、皇国最強のアルトゥールさえ自陣営に引き入れたと聞いた時は「さすが兄上」だと顰めっ面の裏で破顔していた。
本気で僕を――この我を蹴落としに来ていると知らず頬がニヤけたし、大樹海に侵攻したと聞いた時は一瞬「負ける!」とさえ思った。
だからこそ、自らも全力で立ち向かう為に恥を忍んで姉と妹の力を借りた。大樹海の族長のガァーラーにも詫びを入れ、その上で「大樹海との変わらぬ友好の為には姉貴の力が必要だ」とお願いをした。弱みを見せた。
「……ギルベルト、か……」
だというのに、これはなんだ? 力なく玉座に座るカルステッドの傍には誰一人としてその心に寄り添う者は居ない。
諦めたように武器を棄てる者、視線を彷徨わせてどうしたら良いのかと周囲に指示を仰ごうとする者、跪くどころかカルステッドと同じ高さまで上がり、まだ彼を操ろうとその耳に自分の都合のいい事を並べ立てるアルトゥール、そして憎しみの籠った目で玉座を睨む今まで拘束されていた貴族、騎士、召使い達。
皇都に入り、皇城に帰還し、玉座の間に足を踏み入れるまでに誰一人として自らの主の為にと、ギルベルトの足を止めようと立ち向かってくる者は居なかった。最後までカルステッドという皇子に忠誠を捧げた者は現れなかった。
(これではまるで兄上が道化の様ではないか。なんだ、あの自信を喪失した顔は……)
義兄と周囲の様子を視界に収めてギルベルトは奥歯を噛み締め、怒りに震えそうになる声を絞り出す。
「はァ……、なにか申し開きはあるか?」
「聞いてくれるのか?」
皮肉げに表情を歪め、弱々しい声色の義兄の様子にギルベルトの怒りは頂点に達した。
「聞いてくれるのか、だァ……?」
爪が食い込むほど拳を握り締め、ギルベルトが吼える。
「聞かせろっつってんだよッ!! 誰だ! 誰がこの国をめちゃくちゃにした!? 誰が兄上にそんな顔をさせたッ!? 僕の家族を傷付けた奴は何処のどいつだって聞いてんだよッ!! アァ!?」
空気がビリビリと震え、窓ガラスが軋む。
誰もが見た事のない表情をギルベルトはしていた……いつも偉そうで、自分以外の全てを見下していて、常に何かしらに怒鳴っているような男がギルベルトだった。
しかし、この時この瞬間に、この場で彼の表情を見た者は悟った――本心から怒り、怒鳴ったのはこれが初めてだったんだと。
「ギルちゃん……」
誰もが口を噤み、ルゥールーでさえ何か気の利いた事の言えないでいる空間――そこに聞き覚えのない声が響く。
【失敗した――】
ズルりと、カルステッドのうなじから生えるように異形が姿を現す。
まるで適当に彫られた人型としか形容しようがない、動く石膏像のような存在が顔中に亀裂を走らせ、自らの一部をポロポロと床に落としながら。
現れると同時に部屋に差し込む光が弱まり、だというのにその場の影が濃くなった。
「はじめましてか? クソ天使」
【あぁ、あぁ――すぐそこに同胞が居ると云うのに】
ギルベルトの声掛けを無視して、堕天使はシルヴィへと手を伸ばす。
それは救いを求めている様にも、幼子が母親に抱っこを強請るようにも見えた。
「我を無視すとは良い度胸だな」
【主よ、申し訳ございません――果てなき魔よ、滅びるがイイ――】
ドシャリと、カルステッドから全身を引きずり出した堕天使はそのまま顔をアルトゥールへと向ける。
【身体を貸せ】
「どうぞご自由に」
即座にギルベルトが拳を振りかぶる――空間を振動させる衝撃波は玉座の間の壁ごと一人と一柱を吹き飛ばし、それでいてカルステッドを含めた人々を一切傷付けなかった。
「……」
しかしギルベルトはスっと目を細め、未だに戦闘体勢を解かない。
彼の視線の先――大きく穴を空けた壁の向こう側に見えるのは石膏で歪に彫られた羽を生やしたアルトゥールだった。
「【サヨウナラ】」
手のひらから撃ち出されるは魔力の塊――即座に不味いと判断したシルヴィが前に出て結界を張った。
硝子を引っ掻いたような衝突音が鳴り止んだ時には城の上層部が消し飛び、陽の光がその場に満ちる。
「【一人でも多く魔王の血を消すことは叶わずか】」
寂しげにシルヴィを見詰めながら、そう呟いた堕天使が背を向け城から遠ざかる――
「――お前だけは逃がすかよ」
「【!?】」
何故かすぐ目の前に来ていたギルベルトの存在に驚く暇もなく、堕天使の頬に異能の籠った拳が突き刺さる。
「……あの、なんで私まで」
城の中庭に墜落した堕天使を尻目に、何故かギルベルトに担がれている優希が困惑と怯えの声を出した。
優希ちゃーん!()




