70.ぶっつけ本番
ゼンゼロのバーニスのPVが流れて来てから気になって仕方がない……けど、これ以上ソシャゲを増やしてもプレイする時間がない!(血涙)
【――眠りの霧】
【――軽く】
たったこれだけのやり取りでシルヴィは目の前の騎士が、非常に戦い慣れた神官でもあると気付いた。
自分だったらただ力任せに風で吹き飛ばすところを、アルトゥールは一度の軽い祈りで対処してみせた。
シルヴィが張れる最強の結界である秩序の円も、彼の信仰が強い為に拒絶できない――では剣の腕はどうか?
「スゥ――」
呼吸法を変えたシルヴィが攻めに転じる。
コンマ数秒の間もなく一瞬で眉間に刺突を放ち、回避の為に仰け反りながら放たれた蹴り上げを半身になって躱し、頭から一回転して体勢を整えたばかりの彼の剣の腹を強く叩く。
空気が破裂するような軽い音に、金属が擦れる耳障りなものが混じり周囲に反響する。
想像以上の強い力で叩かれ腕が痺れたのか、アルトゥールが顔を顰めた。
「ハァ――」
息を吐き出すと同時に肩、脇、横原、頬、太もも、つま先、首筋、胸を高速で斬りつける。
「ぐっ、さすがッ――」
シルヴィの剣速を追い切れてはいなかったが、それでも全ての斬撃を逸らし、受け止め、躱す。
本来であれば身体中の腱が寸断され、行動不能になるところだった。それをアルトゥールは全て紙一重でやり過ごし、薄皮一枚を切られるに留めてみせた。
それでも出血した箇所が多く、このまま放置して全力運動をしていれば失血で動きが徐々に鈍くなり、敗北は必至であると理解すると同時に、目の前の少女は正しく先代聖女ダイナ・ハートの娘であると改めて確信が持てた。
【治療を――】
【――忘却】
自らの傷を癒そうとしたアルトゥールは、シルヴィの祝祷樹によって祈りの所作、言葉を一時的に忘れてしまう。
「容赦ないところもそっくりでございますね!」
「この程度で祈りを忘れてしまう、貴方が未熟」
「聖女様からしたらそうでしょうとも!」
皇国最強の騎士をその場に釘付けにし、彼の傷を増やしながらシルヴィは周囲の状況を横目で確認する。
状況は思った以上に良い。優希の生み出した〝光〟によって、想定以上に敵の動きが鈍く、そして戦闘員と看做していなかった人々が士気旺盛に抗っていた。
それでもやはり戦闘経験や力量の差は如何ともし難い。シルヴィはアルトゥールと切り結びながら、守るべき人々が誰一人として死なないように癒しを方々に放つ。
「余裕ですね、魔王の異能は使われないのですか?」
「使えない」
「――ッ!? では! ではではではではッ!!」
シルヴィとしては今は使えないという事実を言ったまで……本当に自分にちぃと能力なるモノが備わっているのかは知らないし、将来的に使える様になるのかも全く分からない。
ただ今のところ使えるとは言えないというだけの事だったが、そんな彼女の答えを聞いたアルトゥールは興奮を高める。
「聖女の血は魔王に穢されてはいなかった! 貴女こそ純血! 貴女こそが人類の救い! 私が剣を預けるべき存在!」
「お父さんは――」
「なのに何故! どうして魔王の子と一緒に居るのです!? 貴女の居場所は、道は、寄り添うべきはそこではない!」
「……」
私のお父さんは魔王らしいよ、お母さんが言ってた――そのシルヴィの言葉を全てを言い終えるよりも前に、アルトゥールの嘆きに遮られた。
シルヴィが十三年も生きてきて、初めて出会ったタイプの人間に彼女もなんと言葉を掛ければ良いのか分からない。
そもそもシルヴィはあまり口の上手い方ではないし、自分にここまで何かを求める人という存在と接した事もなかった。
「……困った」
その一言が、シルヴィの全ての心情を表していた。
「そもそもダイナ様は今どこに居らっしゃるのですか」
「……教えない」
「なぜ?」
「……怖いから」
なんか凄い勢いで突撃しそうだし、お母さんはこういったタイプの人間には真顔で顔を顰めるという器用な事をするくらい苦手だったはず……あと単純に自分も苦手なのでシルヴィは短くそう答えた。
「こ、怖い!? わ、わたしが……?」
「そう」
途端にアルトゥールは愕然とした表情になり、視線を彷徨わせ、そして少しの間を置いてキリッとした顔を作る。
「それは失礼致しました。長年求めていた救いに我を忘れていたようです――」
「もう手遅れ」
「ダメですか」
「だめ」
自分に出来る支援をしながら、相手の能力などを分析して対策を打ち出しながら優希は思った――何してんだコイツらと。
「では、仕方ないですね――貴女達だけでも我らの上に立って頂きましょう」
これまで身体中を何度も斬りつけ、それなりに出血している筈なのにまだ諦めないのかとシルヴィは少しばかり眉を寄せた。
回復の祈りも行えず、避難民達を人質に取る事も難航し、想定通りに何も進んでいない筈なのにまだ何かあるのかと。
【――縛り付ける】
「……っ」
見えないナニカにシルヴィが拘束される――しかしこんな祈り、彼女であればほんの一瞬で塗り潰せる。
「――ユウキッ!!」
しかし、そのほんの一瞬さえあればこの世界の戦士はほんの数十メートルの差など詰められる。
「えっ――」
珍しく焦った声を上げるシルヴィの警告に優希が振り向いた時にはもう、アルトゥールは彼女の目前まで迫っていた。
「貴方だけでも――」
その言葉と共に優希に向かって伸ばされたアルトゥールの手が、横からニュッと出て来た男性の手に掴まれる。
「何故ここに――ッ!?」
全てを言い終えるよりも先に、アルトゥールの頬に拳が突き刺さる。
凄まじい打撃の衝撃波と共に、硝子が割れたような耳障りな音が周囲一体に木霊した。
「ハッ〜ハッハッハ! 馬鹿正直に引っ掛かりやがったなアルトゥール!!」
背を仰け反らせ、吹き飛ばされたアルトゥールを見下しながら呵々大笑するは未だ古都コーポディアに居る筈のギルベルト本人である。
「な、なぜここに!? 貴方は魔王のように転移は出来ないはず……!!」
たった一発でかなりのダメージが入ったのだろう、全身を小刻みに震わせながら上体を起こしたアルトゥールが問い掛ける。
お前にその御業は無理な筈だと、魔王と違って正確な座標計算をしてくれる異能を持ち合わせていない筈だと。
「座標なんか計算しなくとも、アレがあんだろ」
ギルベルトは小馬鹿にした表情で、ビッと背後の大樹を親指で指し示した。
「……やはり、魔王の子が揃うと危険ですね」
それの意味するところはつまり、ルゥールーの助けさえあればギルベルトは世界中の何処だろうと任意で突然出現できるという事。
他にもどんな相乗効果があるか分からず、この先こんな軽いノリで世界の理が破壊されていくのかと思うとアルトゥールの胸の内は憤りで占められる。
「いや、ちょこまかと逃げ回る分身に嫌気が差してぶっつけ本番で転移しようと言い出して聞かかなかっただけじゃん」
「姉貴黙れ」
「どうせ天使は居ないし、部下達に後を任せた挙句に直前まで『本当に転移できるのか』と自分でも不安になってソワソワしてた癖に、何さも『最初から作戦の内でしたけど?』みたいな顔してるの?」
「姉貴ッ!!」
「見てみなよ、シルヴィちゃんとユウキちゃんの驚きのあまりポカンとした顔を……彼女達の顔を冷静になって見れば、これが最初から仕組まれていた事ではないって簡単に見破られちゃうよ?」
「……もしかして怒ってる?」
「いや全然? 打ち合わせも無しにぶっつけ本番でお父さんも慎重に行ってた転移なんて危険な行為に加担させられ事に対して全然怒ってないよ?」
「……いやその、あれだ……悪かった……」
思わずシルヴィと優希の両名から「おぉ……」という声が漏れた。
それは助かった事に対する安堵と、暴露された内情に対する呆れ、そしてあのギルベルトに謝罪させた長女の強さを思い知って。
「まぁ、その、なんだ……今ここで本体をぶっ叩けば置いて来た部下達も楽になんだろ」
「まぁ、そうだね……そうだよね?」
「えっ……あぁ、うん」
ルゥールーから突然疑問を向けられたシルヴィは少し考えて、確かに本体が意識を失うなど祈りを維持できない状態に陥れば自然と分身は解除されると頷いた。
「じゃあ決まりだな――〝絶〟」
アチラとコチラで空間が分断される。
突然のギルベルトの登場に驚き、そして警戒していた騎士達はそれ以降どんな手を使っても避難民に触れる事は出来なくなった。
「皇都の治安を守り、土地を守り、民を守るべき騎士の身分でありながら、陛下の信を裏切り、守るべき誇りに剣を向けた愚か者よ」
いつもの顰めっ面でも、ルゥールーとやり取りする時の幼い表情もなりを潜め、一国を背負う皇族の顔をしたギルベルトが一歩ずつ騎士達へと距離を詰める。
「て、撤退です! 撤退しなさい!」
「民の安寧を祈り、平和を祈り、神に仕える信徒でありながら愚か者に与し、祈る対象に拳を振り翳した大逆者よ」
司祭が、神官戦士が、その目に隠し切れない恐怖と敵意を滲ませてギルベルトから後退る。
「お悪戯が過ぎたなァ?! 歯ァ食いしばれやァ――ッ!!」
空間自体が軋みを上げ、空気が鳴動する。
ギルベルトの拳が不自然に歪み、まるで波紋を立てる水面に映る月のよう。
「待っ――」
振りかぶった拳が、空中を叩く。
一瞬にして甲高い音と共に空間に巨大な亀裂が走り、そして――
「――今はそれくらいで勘弁してやらぁ」
一瞬にして結界の外周を囲っていた騎士を含めた千二百人が、直接脳を揺さぶられ泡を拭いて気絶した。
「お帰りなさいませ、ギルベルト殿下」
「……シェイエルン辺境伯か」
「左様でございます」
「転がってる反逆者共の武装解除、拘束を即座に行え。明日の朝には城入りする」
「御意」
拳の一振りで大軍を戦闘不能にしたギルベルトを、人々は畏怖の目で見ていた。
強さに対する純粋な憧れ、強大過ぎる力への恐怖と、その力が自分達を庇護する事の安堵、様々な想いが複雑に混ざり合った視線が注がれる。
「……チッ、バカ兄貴が……何してやがる」
自分に向けられる視線を全て無視して、ギルベルトはただずっと月の光に照らされる皇城を眺めていた。
遠隔で相手の脳みそを空間ごと揺さぶる!相手は「オ"ゥ"エ"ッ"!!」となってそのまま気絶する!




