57.拡がる出自
更新再開!
「どう? 何か分かった?」
皇城の中庭で資料を手に持ちながら太陽の位置を確認し、塔の影の長さを測り、そして昼間でも見る事のできる星を手持ちサイズの簡易的な望遠鏡で眺めている優希にシルヴィが問い掛けた。
優希は昨夜も天文台に上がり、シルヴィにとって難しそうな本を片手に夜空を見上げていた。
それらに何の意味があるのかはシルヴィにとってさっぱり分からなかったが、それでも優希が行う事には意味があるのだろうという信頼もある。
つい最近だって彼女のお陰で自分は喧嘩を売られた時に、きちんとこの国の作法に則って買う事が出来たのだからと。
「うん、そうだね、旅の途中で道に迷った時に最低限の方角と緯度、経度が分かる様にはなったかな」
「……ほう?」
方角は分かる。北とか南とか、そういうのだ……でも緯度や経度とはなんだろう? とシルヴィは首を傾げる。
彼女に教養が無い訳ではなく、この世界の教育水準ではあまり優先して教えられる事ではないだけだ。
魔王の覚醒が早まり、シルヴィの旅が前倒しにならなければ余裕がある時にダイナも教えていただろう程度の優先度になる。
「後はまぁ、だいたいこの星の大きさが分かったかな? 生じるだろう誤差は何とか埋めるしかないけど」
「やっぱりユウキは凄い」
自分達の星の大きさなんて調べれば分かる類いの物だとは思わなかったと、どうやれば自分よりも遥かに大きな大地の全てが分かるのかとシルヴィは無表情ながら興奮に頬を色づかせた。
そんな彼女達の周囲は警備の兵、庭師、メイドに貴婦人や貴族令嬢と、普段と違って様々な者たちで賑やかになっていた。
本来ならば皇城の中庭はここまで人で賑わう場所ではなかったが、先日の決闘騒ぎによってシルヴィの事が多くの者に知れ渡ってしまった。
そのため複数の派閥が……いや、派閥に限らず様々な思惑によって家や個人単位でシルヴィを自らの下へと引き抜けないか、味方にする為の情報を得られないかと彼女を観察する為に人々が自然を装って集まっていたのだ。
「――おい!」
そんないつもよりも人目のある場所で、誰もが牽制し合って誰も話し掛けずにいたシルヴィ達へと乱暴に声を掛ける男が居た。
「あっ」
声に振り返った優希が思わず声を出すのも仕方がない事で、何故ならその男はこの国の混乱の中心に居る第三皇子その人だったからだ。
クラウヘンで接触して以来はっきりと顔を合わせた事はなかったが、それでも見知った人物である。
初対面の印象も悪ければ、その後の関わりで知った人となりもあまり良くなく、現在進行形で殆ど敵対しているような間柄……別れの挨拶もなく、自分達を探していた事を知っていて逃げる様にギルベルトの庇護下に入った事もあって優希は少しばかり気まずく、また敵対派閥のトップが自ら訪ねて来た事の意味を考えなければならなかった。
「お兄ちゃんのお兄ちゃん、久しぶり」
さぁ今から怒鳴ってやろうと意気込んでいたカルステッド、相手から何を言われるのか緊張に身構えていた優希、これから何が起きるのかと固唾を呑んで見守っていた周囲の者たち……それら全てを脱力させるシルヴィの呑気な発言。
その場に居た全ての者たちの心は一致していた――コイツは何を言っているのだと。
「お前は……お前も、アイツに協力するのか?」
出鼻をくじかれた第三皇子が一度頭を振り、一呼吸を置いてから静かに問い掛ける。
反魔王派の旗頭相手に真正面から肯定しても良いものか、優希が悩み始めた横でシルヴィは「そうだよ」と当然の様に答えた。
「シルヴィちゃん」
逃げも隠れもせず、堂々と「自分はお兄ちゃんに協力する」と答えたシルヴィにカルステッドは奥歯を噛み締める。
「悪い事は言わない、今からでも遅くはない……お前は俺と来るべきだ」
「ごめんね」
「何故だ? 何故俺ではなく、アイツの手を取る? アイツの何が良いんだ?」
苦しそうに、激情を堪えるように発せられたその声は震えていた。
「……それが皆の為になるから? あとお兄ちゃん面白い」
「……っ」
お兄ちゃんの手助けをすると、お兄ちゃんが旅に着いて来てくれる……そうすると魔王を倒す可能性が高まり、結果として世界平和という形で世のため人のためになるという意味で発せられたシルヴィの答え。
しかしカルステッドには「ギルベルトが継いだ方が国が良くなる」と歪んで伝わった。
これまでの付き合いとカルステッドの様子から、シルヴィの言葉が足りなかったと察した優希がフォローしようと口を開くよりも早く、カルステッドは背を向け周囲の者たちにとって爆弾となる発言を吐き捨てた。
「――聖女の血は魔王に穢されたらしい」
先日の決闘でシルヴィが見せた奇跡、魔王の子らと行動を共にしている事実、そして今この場での第三皇子の発言――周囲の者たちが意味を正しく理解するのにそう時間は掛からなかった。
皇子の言動を諌める事の出来るケルン侯の様な立場の者が居なかったこと、シルヴィの出自の厄介さをシルヴィ自身も理解していなかったこと、流石にそこまで優希も把握していなかった事から訂正も誤魔化しも行われないまま広がったその情報に皇国は大きく揺れる事になる。
どうなっちゃうの〜?!




