47.刺客
急に寒くなったせいで風邪を引いてしもうた……
「どう? 何か変わった事はある?」
そう期待を込めた目でシルヴィを見詰めるのは優希である。彼女は現在ルゥールーに指摘されて、自らに存在するかも知れないちぃと能力を探っていた。その過程で積極的に料理をしたり、何かしら意味のある古代語を叫んでみたりしている。
今回もその一環であり、美味しくなれ、健康になれ、そういった事を念じながら作った塩のスープをシルヴィに味見して貰っていた。
そんな彼女の視線を受けながらシルヴィは無言でスープを飲み干し、口元をハンカチで拭い、神妙な顔で一言――
「おかわり」
「夕飯が入らなくなるから一杯だけにしときなさい」
即座にルゥールーお姉ちゃんから注意が飛んで来た。
「残念」
「……やっぱり、今回もダメだった?」
「美味しかった」
「それだけかぁ」
一応祝祷術を使う際に何かしらの特殊効果が付随するらしい、という事は判明している。しかしそれは特別な現象ではあったが、ちぃと能力と言うには少し物足りない程度のものだった。
それでも似たような事を料理などでも行えるのであれば、自分が作った料理を食べる度に何かしらの能力が向上したり、健康になったりというのは大きな利点である。
その為シルヴィ達の父親が持っていたらしい能力と同じ物が発現しないか、優希はここ数日ずっと探っていたのだ。
「ん?」
と、そんな優希に付き合っていたシルヴィに啓示が降る。
「どうした――のぉ!?」
急に固まった自分の様子に声を掛けようとする優希が全部言い終わるよりも早く、シルヴィは彼女を自らの胸に抱き寄せる。
突然の事に素っ頓狂な声を上げる優希の頭があった空間に矢が飛来し、先程まで彼女が座っていた所よりも少し離れた地面に突き刺さる。
地面に小さな染みを作るその様から、矢尻には毒が塗られている事は明らかだった。
【――秩序の円】
突然シルヴィに抱き寄せられて目を白黒させていた優希も、突然彼女が結界を張った事で緊急事態が起こった事を悟る。
そしてついさっきまで自分が居た近くに突き刺さる矢を見て、顔を青ざめさせながら息を呑む。
「――約束を思い出して」
そんな彼女の耳元で、シルヴィは優しく囁く――大丈夫だと、何があっても守るからと、だから安心して欲しいと。
「ぁ、っ……う、うん……」
急にシルヴィの鈴が鳴るような美声を耳元で囁かれ、そんな状況ではないというのに優希の顔が真っ赤に染まる。
まさか自分が原因とは思っていないシルヴィは「ユウキの顔色はいつも賑やかだな」などと、あんまりにもあんまりな事を考えていた。
「シルヴィちゃん! ユウキちゃん!」
「無事か!?」
唐突に現れた結界に、少し離れた場所に居たルゥールーとジェシカも緊急事態を察知して駆け寄って来る。
そんな彼女達に対し、シルヴィは黙ってある方角を指差す。
彼女が指差した先では、馬に乗った男達が突如出現した結界を見て弓を投げ捨てていた。
「見た目は普通の旅人っぽいんだけどねぇ〜」
「追っ手ですね、予想よりも早い」
ジェシカは素早く思考を巡らせる。自分の裏切り――いや、元々味方ではなかったと相手陣営が気付いたとして、即座に刺客を放つ判断が出来る者がクラウヘンに居ただろうかと。
仮にも自分は近衛騎士であり、皇太子殿下の直属である。遺体の確認が出来ずとも長い間その所在が不明となれば大きな問題となる。
そのようなリスクを承知の上で、自分達が味方に引き入れようとしたシルヴィごと暗殺してしまおうと考えるのは第三皇子くらいだが、流石に皇都に居る者へ連絡して、さらに折り返しで命を受けて……というには早すぎると。
「……まぁいい、捕らえて吐かせれば済む話だ」
刺客の内一人が剣で結界を攻撃し、その直後に吹き飛ばされるのを見てから残りの者たちは周囲をグルグルとするだけで攻めあぐねている。
相手の技量の程は分からないが、何時までも結界の中に引きこもっては居られないだろう。
「生かして捕まえれば良いの?」
「そうですが、何か策がお有りですか?」
「いや、策ってほど大したものじゃないけど」
軽い調子でそう言ったルゥールーが手を叩いた瞬間――刺客達の足下から凄まじい勢いで木々が成長し、そのまま彼らを絡め取って吊るしてしまう。
そのまさかの力業にジェシカが「あぁ、魔王の子だなぁ」と遠い目をしている間にも木々は成長を続け、それどころか間一髪で逃れた者をまるで生きているかの様に追尾しては捕らえていく。
その様に剣を抜こうとしていたシルヴィも目を輝かせては「おぉ〜!」と感激の声を出す。
「ほへ〜」
「お姉ちゃん、凄い」
「ふふん! ざっとこんなもんですよ!」
ルゥールーは能力の応用により、自らが味方であると定義した植物を急成長させて操る事が出来る。
今回は街道のすぐ隣りに森林があり、地面に埋まっている種子を利用する事で手持ちの種子を使わずに急襲、制圧が出来た。
「ははっ、本当に道案内くらいしか私に出来る事はなさそうだ」
やれやれと、何処か吹っ切れた様子のジェシカが木々に吊るされる刺客達の下へと歩み寄っていく。
「――いや、尋問も出来るか」
優希は言わずもがな、シルヴィやルゥールーにもこの手の心得はないだろと、これこそが今の自分の役目だろうとジェシカは拷問用の手袋を嵌めていく。
このパーティーに足りないのは多分圧倒的な攻撃能力。
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