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9話:大根畑の危機

「見えてきましたよ、兄さま。あそこの葉っぱがいっぱい並んでるところ、あれがジューローさんの大根畑です」


 集落の道を歩むことしばらく。アキリが視界前方を指差しながら、任務完了に声を弾ませた。

 家屋の列が終わりを迎える西の端、開けた大地に一面の畑が築かれている。

 生え出した葉はどれも青々としており、豊かな生命力を感じさせるに十分。その茂り具合から、下へ続く大根の実が太く大きいだろうことも容易に想像できる。


「おー、これは立派だね。壮観な光景だ。アキリ、案内をありがとう」

「えへへ」


 見事な大根畑に感嘆しつつ、感謝と共にアキリの頭を撫でた。

 すると小さな同族はくすぐったそうにはにかんで、満足気な笑顔を見せてくれる。


「村の近く側は、特に荒らされている様子もないね。被害は反対側かな」

「この時間帯なら、ジューローさんは畑で作業している筈です。見付けてお話を聞かせてもらいましょう」


 二人で大根畑に目を凝らす。

 思った以上に広大なため、ぱっと見ただけでは畑の持ち主を発見できない。

 大声で名前を呼ぶのも手かと思い始めた時、畑の一ヵ所で何かが動いた。

 しゃがんで作業していたと思しき影が立ち上がり、こちらへと向き直ってくる。

 僕達が気付いたのと同じく、相手も気付いたようだ。気軽な調子で手を振って、近付いてきてくれた。


「おんや、誰かと思ったら、魔女センセのお弟子さんと、戦牙の兄さんかい」

「ジューローさん、またまたこんにちは。さっきは魔領大根をありがとうございました」

「かまわんて。魔女センセにはオラたちも薬分けて貰って、なんやかんやと助けられとる。持ちつ持たれつっちゅーことで」


 かぶっている麦わら帽子の下で、ジューローさんは快活に笑う。

 裏表を感じさせない素朴なにこやかさは、穏当で前向きな性情を感じさせた。

 緑色の肌で矮躯、これに尖った耳を併せ持つ身体的特徴は、魔族傍系の一つ小鬼族のそれだ。一般的にはゴブリン族という名の方が知られている。

 小鬼族は非力で魔力も高くはない一方、手先が器用で物覚えが早く、様々な技能職に馴染みやすい。社交性にも富み、明るく朗らかな性格から集団生活の潤滑剤として、どんなコミュニティでもやっていける。


「こんにちは、ジューローさん。僕達はジナイさんの言いつけで、大根畑の様子を見に来ました。嫌忌薬を撒いても効果がなく、野菜が荒らされていると聞きましたけど」

「そーなんよ。この辺は大丈夫だども、向こうさ森に近い側は掘り返されて、齧られちまってんの。どうしたもんかと、頭抱えてるとこだ」

「犯人は発狂オオカミなんですか?」

「あの歯形は間違いないべ。魔女センセの薬が効いて、長らく安泰だったんがねー」


 ジューローさんは腕を組み、大きな溜息を吐いた。

 精神的な疲労を感じさせる重さは、彼の抱く苦悩を率直に伝えてくる。

 汗水垂らして大切に育てた野菜を、無関係な獣に食い荒らされる口惜しさ。浮かべられる渋面は、言葉以上に多くの感情を含んでいる。


「ジューローさんの作る魔領大根はお師匠さまも大好物なので、とっても強力な嫌忌薬を作ったんですよ。それが効かないなんて、本当にどうしちゃったんでしょう」

「まずは被害に遭った現場を見せてもらえますか? 何か手掛かりが残されているかもしれません」

「おお、是非とも見とくれ。植わっとる大根さ踏まねぇよう注意して、オラに付いてきてくんろ」


 ジューローさん先導のもと、僕とアキリは大根畑へ踏み込んだ。

 均等に並んでいる青葉を跨ぎ、合間を抜け、広々とした畑を西へと向かう。

 次第に木々の立ち並ぶ森の境が近くなり、枝葉の茂り具合が十分視認できる辺りまで進むと、ジューローさんが足を止めた。

 彼が見下ろす一帯は、確かに土がメチャクチャに掘り返され、大きく食い千切られ、刳り抜かれた大根の残骸が散乱している。


「こんな、ひどいです」

「んだ。血も涙もないショギョーだぁよ」

「かなり沢山、足跡が残ってますね。これは獣……間違いなくオオカミのものだ」


 僕は屈んで土を掬い取ってみた。

 農業に関して門外漢なので良し悪しは分からない。けれど手触りはいい。


「ん?」


 掌に置いた土を眺めていると、妙な違和感を覚えた。

 微かにだが魔力を感じる。

 ただし大地が元来宿している魔力ではない。それが証拠に土の中ではなく、外側に付帯している。

 考えられるのは、畑を荒らした発狂オオカミの残したものということ。でも、それはそれで妙な話だ。

 野生動物も魔力を持っているけれど、魔族や人族に比べればずっと少ない。生命活動の僅かな足しとして体内で消費され、外に漏れてくることはまずありえない。

 魔力を宿す生物の関係は、野生動物<植物<人族<魔族で表される。

 野生動物が微量。

 次に植物が少量。

 次に人族が多量。

 そして魔族は全てに勝り膨大。

 そもそも魔族というのは『澎湃な魔力を有す亜人族』を意味している。


「ジューローさんは発狂オオカミが畑に侵入するところを見ましたか?」

「うんにゃ。連中、夜行性だでな。夜中にオオカミさ相手にする度胸はないんよ。オラ達ゴブリン族は、喧嘩からっきしだもんで、おっかなくって」

「つまり実際の犯行現場を見た者はなし、か。畑は毎日荒らされますか?」

「少しずつ頻度が増えてきとんよ。最近は連夜続いちゅう。畑の端から食い漁って、少しずつ奥へ奥へ進んでん」

「なるほど。――気になることがあるので今夜、僕は此処に潜み、オオカミの襲撃を確認したいと思います」

「えぇ!? 兄さまがですか!?」

「そら危なか。オオカミさ頭回るし、被害見ても一匹二匹の仕業とちゃうき。襲われたらタダですまんて」


 僕の提案に、アキリとジューローさんは驚きを隠さない。

 発狂オオカミといえば危険な害獣の筆頭であるし、僕は療養中の身だ。無茶なことを言い出したと、そう受け取られても仕方ない。

 だけど今回の事件は、犯行そのものを押さえないと解決しないだろう。大地に残る魔力が何なのか、今のままでは判明しない。犯人の正体を直接確かめるのが最も早く確実だ。


「心配には及ばない、荒事には慣れてるんだ。それに危険だと判断したら一目散に退散するよ」

「で、でも、兄さま……」

「アキリ、明日にはジナイさんへ結果を報告するから、そう伝えておいてもらえるかな。僕なら大丈夫」

「分かりました。でもでも、本当に気を付けてくださいね! 危ないことしちゃダメですからね!」

「うん。ジューローさん、僕は一旦帰って準備をしてきます。夕方頃、またお邪魔しますので。いいですか?」

「手ぇ貸してくれるっちゅうのはアリガタイこってす。オラだけじゃどうにもならんきに、よろしく頼んますだ」

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