17話:誤解
「あの集落? 外に連れ出す?」
僕の発言に、巫女装束の古狐族は目を瞬いた。
それから怪訝な顔でこちらを見てくる。
なにか、思っていたのと違う反応だ。こちらの言葉が通じていないような。
「何を言っているのか分からないわね。貴方は屋敷の敷地内に倒れていたんじゃない。結界をどうやって抜けてきたか知らないけど、そこで力尽きたんでしょう。マヌケなこと」
「ん? 敷地内に倒れて? 結界?」
「随分と真に迫ったトボケっぷりね。演技力は認めてあげる。でも通用しないわ。何が目的で侵入してきたのか、しっかりと話してもらうから。逃げようなんて考えても無駄よ。その呪鎖は私以外には外せないもの」
呆れた吐息を一つ吐き、彼女は冷めた目で見据えてきた。
整った顔に浮かべられる敵愾心と警戒心は、僕の言い分には一切取り合わないと物語っている。
僕を混乱させるために、わざと素知らぬ風を装っている可能性もゼロじゃないけど。
だとしたら名演だ。
「ちょっと待ってもらっていいかな。キミがあの赤い目玉を象って、接触してきたんじゃないのか?」
「まだそんなことを言うの。往生際が悪いわよ」
「キミが禁呪法を使って、ドラゴンを生み出すべく暗躍しているんじゃないのか?」
「禁呪法にドラゴンとは、大風呂敷を広げたものね。でも悪足掻きにしたって下手が過ぎるわ」
嘆息と共に向けられる視線は、いっそうに冷たさを増していく。
僕への反感は尚強まり、苛立ちを感じ始めているようだ。
やはり演技をしているようには見えない。
そもそも捕まえたうえで、こんな回りくどいことをする意味はないだろう。
彼女が嘘偽りなく真実を告げていると、そう解釈した方が自然か。
僕と彼女の間にある認識の齟齬と誤解、これを解消しないことには話が進まない。
「分かった、僕のことを話す。名前はフユ。魔王四天王の一角『剣の長』オーダンの直弟子で、魔王親衛隊第三核として働いていた。三か月前、魔王城に乗り込んできた『聖剣の勇者』と戦い、手傷を負ったために辺境集落で療養していたんだ。そこで夜な夜な畑が襲われる事件が起こったから、原因究明に乗り出したところ、禁呪法によりドラゴン創造を狙う赤い目玉と遭遇。不完全な術式で生み出されたドラゴンを討ち破ったものの、僕は赤い目玉に捕まり意識を失ってしまう。次に気付いたら、こうなっていたというわけだ」
彼女は両腕を組み、じっと僕を見ている。
二つの紫瞳に友好の色はまるでなく、依然として浮かべられている温度は低い。
立場が逆なら、僕だってこの言い分を信じるかは怪しい。後半はかなり突飛だし。事情を説明しても証拠がないから尚更だ。
「だから僕は此処が赤い目玉の根城で、キミが奴の正体なんだと思った。でも違うというなら、僕は赤い目玉によって此処へ運ばれたことになる。転移魔法の系統で、放り出された可能性が高い。目的は、そうだな……禁呪法発動を邪魔した僕への報復。無関係の場所に捨て置いて、不法侵入者として捕らえられて苦しむがいい、みたいなものかな」
赤い目玉の真意は分からない。
だがやっていることと、あの気配からして、善意の仕掛けを打っているとは到底思えない。
僕を窮地へ追い込むために策動している以外の理由は、現段階じゃ思い浮かばないな。
なににつけても奴のことは謎ばかりで困る。
「つまり、貴方は意図せず此処に居ると?」
「ああ、その通りだ。キミが誰かも知らない」
「そう……一応、嘘は言っていないようね」
「信じてくれるのか?」
予想外に素直な納得を受けて、逆に驚いてしまった。
いや、自分の話を信じてもらいたいのはその通りなんだけど。
ただ一度あらましを語っただけで、すんなりと理解してもらえたのが逆に不思議だ。
彼女から注がれる視線は不審者へ向けるそれのままではあるけれど、今は露骨な敵意が消えている。
言葉だけで納得を語ってみせ、僕を空安堵させる心算とも思えない。
「貴方を捕えている呪鎖には、嘘を見抜く力もあるのよ。拘束対象が虚偽を弄し、やましい心を僅かでも抱こうものなら、呪鎖は際限なく締め上げて苦痛を負わせる。適当な加減が出来ないから、手足がグチャグチャに砕けてしまっても止まらない」
「いやいやいやいや、そんな危険な拷問具とは聞いてないって。せめて最初に一言くれないかな!?」
「第一声から嘘を吐くような輩は信用に値しない。死ぬほど痛い目に遭って悶え続ければいいのよ」
「……とにかく、僕の疑いは晴れたみたいだから、この物騒な鎖を外してくれないかな」
「まだ駄目よ。今までの説明に嘘はなくても、貴方が危険人物でないと証明されたわけじゃないもの。これから幾つか質問をさせてもらう。その結果によって、どう扱うか判断するわ」
冷然とした佇まいで真っ直ぐに送られる眼差しは、まったく笑っていない。
僕の精神性を量るというのも本気のようだ。
眠っている間にしてやられたな。
古狐族の魔力なら特殊な能力を宿す魔道具が作れても不思議じゃない。嘘に反応する機能がブラフかどうか、自分の体で試すにはリスクが高すぎる。
今は大人しく従って、僕のことを理解してもらうしかない。その結果、彼女のお眼鏡に適わなかったらどうなるか、考えるだけでゾッとするけど。
この徹底した慎重さは、歴代魔王に追い立てられてきたからこそ身に付いた習い性なのかもしれない。そう考えると憐れでもある。




