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魔女の恋心

「はぁー」


 決して広くない部屋に響き渡る盛大なため息に思わず眉間に皺がよった。


「……何?ミケランジェロ、何か俺まで不幸になりそうなため息やめてくれない?」


 そう冷たく言い放った男の声は一見すると黒猫に見えるミケランジェロの使い魔のクロだ。


「いや、だってさー。私って多分もう何百年かくらい生きてるじゃん?それなのに男女の色恋も知らないわけよ」

「だから?」

「だからって……。はあ、まあいいいや。それなのに私がこの間から度々作ってるこの薬なんだと思う?」


 何度目かのため息を盛大にはきミケランジェロは淡いピンク色の液体がぐつぐつと煮立つ、雪平鍋にため息を混ぜた。


「ミケ、そこ。そのため息は恋のため息混ぜるんだ。悲壮のため息じゃないって、ああ!ほら!!失恋薬になったじゃないか!!」


 ミケランジェロのため息が混じった淡いピンクの液体は、不思議なことに今度は濃い青いドロっとした液体に変わっていた。


「ミケ!何度も言ってるだろう!!ここで落とすため息は俺が渡すって」

「そう!それよ!!そこが不思議なのよ!なんで多分何百年も生きている私が恋のため息を吐けないのに、使い魔のあんたが恋のため息を吐けるのよ!いつ恋したの!どこの誰よ!」

 何その抜け駆け!ずるい!と叫ぶミケランジェロに、今度はクロがため息をこぼした。




 ミケランジェロはずっと魔女だった。初めて目を開け世界を見た時から、自分は魔女だとしっていたといった方が正しいのかもしれない。そんな彼女に両親などいない。


 自分は魔女。


 いつ生まれたのか、どうやって生まれたのかは知らない。

 ただ目の前にある事実だけを淡々と受け入れ、わかる範囲だけでも魔女としてもう何百年と過ごしてきていた。


 そんなミケランジェロの前にある日現れたのがクロだった。


 出会ってから当たり前のようにミケランジェロのそばに寄り添い、ミケランジェロの世界を色づかせていった。そしていつの間にかクロはミケランジェロに「俺はミケの使い魔だ」と主張しはじめたのだ。


 そんなクロはどうやら恋を知っているようだ。


 その事実がただただミケランジェロを不愉快にさせる。



「そんなことより、どうするんだよその失恋薬」


 いまだふてくされているミケランジェルをしり目に、クロは雪平鍋を覗き込んでいた。

「ふん。そんなもの後でカラスにでもくれてやるさ」


 失恋薬は需要がほとんどない。むしろ最近毎回毎回乞われるのは恋愛薬だ。

 それもまたミケランジェロをふてくされる原因だ。

 ミケランジェロは恋を知らない。

 それがどういうものなのか。どうすれば恋心というものが持てるのかも。


 想像もできない恋に悩み、ミケランジェロは毎回毎回悲壮のため息をこぼして失恋薬を量産してしまったため、見かねたクロが毎回ミケランジェロに恋のため息を渡していたのだが。

 それもそれでやはりミケランジェロには悲壮のため息を量産させる原因にもなっていたのだ。


 自分んだけの自分の使い魔が、一体誰から恋心を持たされたのか。


 そこを考えると、ミケランジェロにはわからない不愉快な何かが心に生まれてしまうため、ミケランジェロは考える事をやめていた。


 いつもミケランジェロにできるのは目の前の事実を受け入れるだけだから。


「毎回毎回ミケの失恋薬をカラスが飲まされていたらカラスも繁殖しなくなるんじゃないか?」

 失恋するなんてカラスもかわいそうだな、と窓の外を見て憐れむクロを見て、ミケランジェロは突如珍しくもおもいたった。


(ああ、これはクロが飲めばいい)


 クロが飲んで失恋してしまえばいい。恋の薬はしばらく作れなくなってしまうが、クロが恋のため息を吐き出すことがなくなれば少なくともミケランジェロのこの不愉快な何かは消え去るだろう。



「クロ?」


 窓を見ていたクロをミケランジェロがそっと呼べば、彼は「ん?」と振り返った。

 その時、ミケランジェロはクロの口に一気に雪平鍋の中身を傾けた。


「っつ!!ん、がっ!ごっ……、……!」


 逃げようとしたクロをミケランジェロは押さえつけ、最後の一滴までクロの口に流し込む。

 突然のミケランジェロの行動に、クロはとっさに吐き出す事すらできずゴクリと薬を飲み込んでしまっていた。そんなクロを見てミケランジェロは笑った。


「クロ、失恋てどんな気分?」

 これでもう彼からは恋のため息などでない。彼はいつもの私の使い魔に戻る。


 その事実がミケランジェロの気分を高めた。

 きっとこれが俗にいう高揚した気持ちなのだろう。


「ゴホッ!ゲホッ……ミケっ!おまえっ!くっ……」


 薬を飲まされたクロはほくそ笑むミケランジェロを睨みつけながら悶えた。

 薬が効いてきたのだろう。


「ミケっ!ミケ、ランジェロ……、ああ、ミケランジェロ!!」


 悶えるクロに、ミケランジェロはそっと近づき優しくなでる。


「大丈夫よクロ、失恋なんて恋心を無くすだけだわ。そうね、きっと昨日まで使ってたお玉がなくなるみたいなものよ。不便だけど、また買えばいいわ」

 そんなもの、よ。きっと。


 恋心がわからないから、失恋もわからない。


「ね、だから大丈夫よクロ。すぐにいつもの私の使い魔に戻るわ」

「っ!嫌だ!嫌なんだ!もう、ミケランジェロの使い魔扱いなんてのは嫌だ!」

「クロ?」


 クロはミケランジェロの手をスルリと抜け出しミケランジェロと距離を取る。


「クロ!」

「嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌なんだ!」


 もう使い魔は嫌だ!


 取り乱し叫ぶクロの身体は煙に包まれ膨れ上がったとおもえば、ミケランジェロが目をこらした時には既に人形の男の姿になっていた。


 肌が褐色で、引き締まった筋肉をもつ男の姿。

 必要に応じてクロがとる人形の姿。


 でも、なぜ今?

 なぜ彼はこんなにも取り乱す?


 ミケランジェロが思想に捕らわれていると、クロは容赦なくミケランジェロの両腕を掴み床に押し倒してきた。


 さすがに人形でしかも男に思いっきり押し倒されれば、床に身体を打ち付けた痛みでミケランジェロは顔を歪ませた。


「っ!痛いわクロ!どうしたの?落ち着きなさ――」


 最後まで言葉を言えず、ミケランジェロの唇は強引にクロに塞がれた。

 何度も角度をかえ、まるでミケランジェロの酸素を無理やり奪い取るようにただひたすらにそれは続け

られてしまった。ようやく解放された時には、ミケランジェロがくったりとした時だ。


「ミケランジェロが俺を使い魔として見るのも、もういやだ。俺はずっとずっとミケランジェロだけが俺を見てたのに!これからもずっと使い魔だなんていやだ!!ミケランジェロは……ミケランジェロの全てが欲しかったのに。……許さない、許さないよ俺のミケランジェロ」

「……く、クロ?」


 息も絶え絶えに霞む視界で未だに自分を押さえつけるその生き物を見れば、今にも泣き出しそうな顔をしているではないか。

 それに、なにやら不穏な雰囲気をまとってもいるようだ。

 普段わりと冷静な彼はそこにはいない。


「クロ?」

「ミケランジェロ、駄目だよ。俺を、俺を見ないなんて許さない」


 更に捕まれている腕にぐっと力をかけられ、捕食者のようなドロリとした瞳で彼に見つめられ、ミケランジェロは思わず小さく身震いした。


 きっと、これが怖いと言う感情なのだろう。


「クロを今、み、見てるじゃない」

 それでも、なんとかクロを見て言い返す。


「そう、じゃあ、これからも俺だけだよ。ミケの瞳に映していいのは。ねえ、ミケが俺を離すなんて許さないから。ミケはずっと俺だけのだからね。離れないし、離さない」

 愛してるよ、ミケランジェロ。


 愛してる?

 クロが私を?

 なぜだろう?彼は間違いなく失恋薬を飲んだはずだ。それなのになぜ、愛や恋を語るのだろう?


 いつもと違い彼が狂喜じみているのはきっとまだ薬を飲んで混乱しているからだろう。

 それでもクロが離れないし、ミケランジェロを離さないと宣言した事は、仄かにミケランジェロの心をホッとさせた。



「……クロが離れないなら私はいいわ。貴方もずっと私だけのものよ」


 使い魔として見るなと言う割りには、俺だけを見ろと言う彼。意味はわからない。


 けれど堪らなくそれが気分を高揚させていく。


 ミケランジェロがそっと手を動かせば逃げないと判断したのだろうクロに捕まれてるは解放された。それをみたミケランジェロもまた、今度はそっとクロの首に両腕をまわし優しくクロを自身の身体に引き寄せて微笑んだ。


「約束よクロ」


 これでいい。


 彼がまた誰かに恋心を渡されたならば、また失恋薬を飲ませればいい。

 失恋薬は自分で作れる。



 ミケランジェロを力強く抱き締めてくる男らしい両腕に包まれてミケランジェロは胸を撫で下ろしていた。






 無理にクロの長年の恋心をねじ伏せたことで、クロが昇華できず狂った意味をミケランジェロが理解するのはまだ300年以上先の話。

⭐閑話休題⭐


ここは現代。

魔女を隠しひっそりと生きるミケランジェロとクロ。

ミケランジェロはこの何百年かの間に割りと人間らしい感情をもてるようになっていた。クロはあの一見から二度と猫のような形を取らずずっと人形ですごしてきた。それでも、ミケランジェロのそばを離れないならミケランジェロにとって、それはそれでよかったのだ。


「ねぇ、ねぇ、クロがこの間失恋薬飲んでくるってたじゃん?」

「この間って、お前。それ、何百年か前のはなしだろ?」


そんなことはどうでもいいと、ミケランジェロはクロの首に腕をまわしぴったりとくっついた。


「それでね、今日ね。学校で聞いたんだけど、クロのあの狂気ってストーカーの源なんだってー。だからクロは私のストーカー?」


かなわない恋。その感情は時に狂気をはらむ。

叶わない恋心ならば、無理やりに手にいれればいい。

彼女はそれを今日、理解しかけたようだ。


「……。あのな、ミケ。俺のお前に対する恋心をなんだと思ってるんだ?ストーカー?なにいってんだ」

けれど、ストーカーも悪くない。それで俺のミケランジェロがずっとずっと見つめて居続けられるのならばとクロも思う。ミケランジェロの気持ちなどどうでもいい。

大事なのは傍にいさせること。ミケランジェロがクロから離れないことだ。


「クロ?」

「ん、なんでもない。どんな形でもミケはずっと俺だけのには変わりないよ」


クロがニッコリと微笑めば、ミケランジェロも微笑む。

「私もクロのストーカーになろうかな?」

そうすれば、クロは私から離れない?


微笑みながらそういう彼女は未だにイマイチ正しく恋心を理解しない。


「ん、ミケはストーカーにはなれないよ?」

「なんで?」

「俺がミケを誰よりも愛してるから」


ぎゅっと抱き締めれば、腕の中のミケランジェロはプクッと頬を膨らました。


「んー、よくわかんない!」

その理屈!



魔女が恋心を理解するのはどうやらまだ先のようだ。







⭐⭐⭐⭐⭐


ここまでお読みくださいありがとうございます!

よろしければ、ブクマ、評価お願いします。


コメントでどの話が好きかも教えていただければ幸いです⭐

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