悪役令嬢の後悔
「婚約破棄してください」
「ん、ダメ。僕は君なしでは生きられないんだよ」
可憐な赤い髪の少女に言われ、甘く拒否をしたのは金髪のさらさらとした髪をもつ緋色の瞳の青年。彼は今年で18歳になられるアクサールバンの第一王子レオナルド様だ。彼のお顔は大変美しくずっと眺めていたいと思うものも多いだろう。
そんな彼は拒否した後、そっと少女ことシャンデリアが座るソファーの背後から抱きしめてきた。
(なんでこのソファー背もたれがこんなに低いのだろうか。というかやめてくれ)
合意がないのにこんなことをするなんてこれは立派なセクハラだ。
そしてこのソファー。まるでレオナルドが背後からシャンデリアを抱きしめるためにあるかのような背もたれの低さだ。これはかなり計画的な犯行だろうとシャンデリアは小さくため息を吐いてげっそりとした顔をして、今度はソファーの隣に立つ青い髪で深緑の瞳を持つ青年に向き合う。
「彼氏づらするのはやめてください」
「彼氏ではない。俺はお前の運命の男だ、俺たちはもう離れられない」
そういって青髪少年ことハウルスはシャンデリアの手のひらに口づけた。ハウルスも18歳ながらに見る人を一瞬で虜にしそうな美丈夫でありながら、次期侯爵となる立派な嫡男である。
そんなハウルスからの口づけを受けた手のひらを、これまたげっそりとした顔でシャンデリアは取り返す。
気軽に口づけはやめてほしいと思う今日この頃であるが、苦情を言っても彼もやめてはくれないだろう。
「とりあえず、私の足もとに座るのはやめてください」
「そう?それなら今度は僕は君の胸に顔をうずめてもいい?」
「絶対ダメです」
おかしな事を言って再びシャンデリアの足元に座り足を触る変態……もとい、この国の次期宰相候補であらせる黒色の髪と瞳をもつこれまた美丈夫は若干年上の20歳となるククルス様だ。
(この光景って何なのよ……)
シャンデリアは頭を抱えれば、3人の美丈夫どもはそろいもそろってシャンデリアに大丈夫かと声をかけながらさらにまとわりついてくる。
(うっとおしい……)
「大丈夫ですから、どうぞお構いなく」
本心はあなたたちのせいで私こうなってるんですがと叫びたい。叫びたいのに叫ばないのはそれが愚行だと知っているからだ。どうせ叫んで暴れたところでこの3人に良いように丸め込まれるだけだ。もしくは今以上に疲れるほど溺愛されてしまうだけだ。
それは、本当にやめてほしいのでシャンデリアはただひたすら愛でられている現状を耐えるしかなかった。
---どうしてこうなっているのか。それは今から13年前の話だ。
13年前の5歳の春。
なんのいたずらかバナナの皮に滑って転んで頭を強打してしまったのだ。
そして目が覚めたところで、お約束の前世の記憶を取り戻したのだ。
シャンデリアの前世、それは日本でのほほんと暮らしていた夢見がちな乙女だった。
夢を見がちだったせいで車にはねられ死亡したようで、死に際来世では絶対に夢見がちな少女にはならないと固く心に誓ったのを覚えている。
そんな元日本人な彼女が生まれ変わったのは過去類を見ないほど性格がねじ曲がり腐りきったまさしく悪そのもののような令嬢シャンデリアだった。そして元日本人の夢見がちな少女が愛読していた本に出てくる悪役令嬢であったのだ。
シャンデリアは使用人は駒扱いは当然、平民等ゴミだと本気で思っていたし、自分は将来王妃になるのは当たり前だとレオナルドにまとわりついていた。
そしてやりたい放題で悪行の数々をこなし、学園入学後はヒロインとレオナルド、そしてヒロインを支えるイケメン達がヒロインをちやほやしていることを妬んで、なんとヒロインの腕をもぎ取る悪行までこなしていたのだ。
そんな悪の令嬢シャンデリアは当然の事ながら断罪どころか捕縛され、御家断絶の末斬首刑となるのだ。
そんな残酷な悪の塊のような令嬢に夢見がちな少女が転生してしまったものだから、残念な事ながらというべきかどうかは分からないが、物語はあれよあれよと変わり今に至る。
なぜか登場人物の男たちにはことごとく溺愛という言葉がぴったりなほど愛されてしまった。
まさに部屋に軟禁されるほどに。
それでもまだ、あの人がここに加わっていないだけ今はましである。
(断罪回避だけでよかったのに)
むしろ生でヒロインと王子の恋模様見てみたかったなとシャンデリアは何度目かわからないため息をついて立ち上がった。
「シャンデリア、どうしたんだ?やっぱり気分がすぐれないのか?」
立ち上がったシャンデリアに一番に反応したのは背後でしがみついていたレオナルド。
「いや、トイレ行きたいんです」
もはや、嫌われるためなら言葉遣いも所業も気にならない。
今すぐこのうっとおしい環境から解き放たれたい。
「それならシャンデリア、俺がそこまで連れて行こう」
そういってシャンデリアをお姫様抱っこしようとするのはハウルスで、シャンデリアはすかさず手を払いのける。
「いや、ちゃんと歩きますから。というか女の子のトイレまで入ってこないでください」
「それならシャンデリア、僕が君の聖……」
ゲシリとシャンデリアはククルスの顔面を蹴り上げて黙らせる。
「ククルス様、それ以上言ったら警備隊に突き出しますから」
ククルスは普段頭が切れる男なのだが、いかんせんシャンデリアが絡むとただの変態に成り下がる。
(もう、こんなの嫌だ)
いっそのこと小説に出てくる悪の化身になってればよかったのかとシャンデリアは頭を押さえながら3人を置き去りにして半ば軟禁されていた部屋を出ようとしたその時---
「シャンデリア様、どちらに行かれるのですか?」
と柔らかい小鳥のさえずりのような声が背後から聞こえびくりとシャンデリアは肩を震わせた。
「え、いや……あの。えっと、お、お花を摘みに……」
シャンデリアがおびえながら答えれば、その答えを聞いたその人はいびつに顔をゆがませた。
「あら、わたくしそんなこときいてませんわ。でもまあ、わたくしの可愛いシャンデリア様が大変なことになってしまうといけませんものね。ご一緒しますわ」
そういって差し出された手をシャンデリアはおびえながら取る。
本当はこの手を取りたくなんてない。取りたくはないのだが、取らないと大変なことになるのをシャンデリアは知っている。
だから手を取る。
(どうしてこんなことになったんだろう)
シャンデリアはゆっくり歩きながら遠い目をしてしまう。
ただ、破滅回避をするために一生懸命人にやさしく、忠実であったのに。
いじめられているヒロインを助け、何とか王子やその他ヒロインをちやほやするイケメンたちと過ごせるように気を使ってきたのに。
シャンデリアはチラリと手を取った相手……ヒロインのリリーナを見た。
リリーナ。
この物語の唯一無二のヒロイン。
自分の保身の為もあったけれど、その優しさや可憐さにシャンデリアも惹かれいつしか彼女の友人になりたいと思ってしまったのがいけなかったのだろうか。
リリーナを守り、かかわっていくうちにその異変にシャンデリアが気づいた時にはもう後の祭りだった。
リリーナ、唯一無二のヒロインは愛しい人への愛を貫く。
それは小説での彼女の設定そのままだ。ただ小説と違うのはその愛しい人がレオナルドではなくシャンデリアになったのと、彼女は意外にも猟奇的だったことだ。
そのせいもあって、シャンデリアは今では彼らに溺愛されるだけでなくリリーナからも猟奇的な愛を注がれ続けている。愛を受け入れきれず逃げようとした日には……。
考えただけでも身震いしてしまう。
リリーナがあの溺愛してくる男どもに加わると、シャンデリアは息もできないほどの愛に押しつぶされてしまう。それがシャンデリアにとって一番つらい。
重たい愛はつらいのだ。
こんなにヒロインが猟奇的だと知っていれば、悪役令嬢全うすればよかったわ。
シャンデリアはリリーナの目を盗んでひっそりと、ゆっくりと息を吐きだした。
悪役令嬢は今日も断罪されていないのに、悪事を働かなかった自分の行動を後悔していた。




