ただイチャイチャしてるだけ
「ほら、ルビー。あーんして?」
ルビーと呼ばれた赤髪の少女は普段は愛らしくくりくりした紫の瞳を三白眼にして、目の前のがっしりとした体格のきらきらとまぶしい誰もが見ほれるほどの笑顔を披露している茶髪の男を睨みつけた。
「……オースティン。私にここで羞恥心に殺されろというの?」
ルビーは睨まれてもなおあーんは?とルビーの口元においしそうなプリンを乗せたスプーンを待たせる。
どうやらオースティンと呼ばれる男にはルビーのかわいらしい鈴のような声は届いていないようだ。
そんな二人は今、王都いち人気の喫茶店にいた。
人気というだけあって、店内は人であふれている。
そんなところで、人目を惹くほどの王都いちと言っても過言ではない騎士としての実力とルックス、挙句家柄を持つオースティンに比べれば平々凡々に近いルビーは直々にあーんをされているのだ。
周囲の注目を浴びないわけがない。
それなのに周囲の視線も彼には無意味な背景でしかないらしい。
いまだにルビーの口元のスプーンはその先に進みたいようで待機している。
これではまるで公開処刑だ。
ルビーだってそれなりのルックスだし、家柄ではあるがオースティンと比べれば雲泥の差だ。
それなのに、なんの手違いかルビーとオースティンは恋人になってしまい、はたまたなんの手違いか二人は先週婚約者同士に格上げされてしまったのだ。
小さくため息をこぼすと、ルビーは覚悟を決める。
このまま睨んでいても目の前の男はスプーンをいつまでも滞在させ続けるだけだろう。
それは羞恥している姿を公然にさらす公開処刑の継続を意味するだけだ。
ルビーが思い切って口を開ければ待ってましたとばかりにスプーンは口内へ行進してきた。
口の中に広がる甘い甘いとろける味。
「おいしい」
思わずつぶやけば、目の前に柔らかく微笑んだやはりきらきらした顔が入ってきた。
「じゃあ僕にも頂戴。かわいい僕のルビー」
そういって今度はルビーに先ほど行進を終えたばかりのスプーンがやってきた。
「は?」
やっと公開処刑を終えたばかりなのに。
ルビーは思わずごくりと音をたてて口内のプリンを飲み込んでしまった。
音をたたて飲み込む程度で済んでよかった。危うく口から噴き出すところだったとルビーは一瞬遠いところに意識を飛ばしてしまった。
「ほら、ルビーお願い」
そっとスプーンを直々に握らされてしまった。
オースティンが触れてきた手が熱い。
恥ずかしいからいやだと抗議しようとルビーが顔をオースティンに向ければ、早くとオースティンの青い瞳がねだるようにルビーの瞳をとらえてくる。
(その顔はずるい)
そんな風にねだるように、熱を持った瞳でねだられればルビーは断ることができなくなる。
だからと言って周囲の目線が気にならないわけではない。
オースティンのおねだりを受けてなおも戸惑うルビーに、オースティンは今度はいたずらに微笑むと
「早くしてくれないと、スプーンからじゃなくてルビーのその可愛い唇からもらっちゃうよ?」
と首をかしげてきた。
それはつまり、つまるところの口移しを意味するわけで……。
「やっ!やります!やりますう!」
慌ててスプーンで適当にプリンを掬うと目をつぶり、えいっとルビーはオースティンの口あたりにスプーンを進めた。それと同時にべちゃと嫌な音が聞こえる。
スプーンが無事にオースティンの口に入ればそんな音はしないだろう。
恐る恐るルビーが瞳を開けてオースティンを見れば、オースティンの爽やかな笑顔が目に入る。
それと同時に見えるのは、彼の口とは違うところに進軍してしまったクリームだけを乗せたスプーン。
「んー、ルビー。さすがに愛しい君からのあーんでも僕はほっぺではクリームは食べれないかな」
コテンと首をかしげるその姿ですら優雅で、光輝き人目を引き付ける。例え頬に盛大にクリームをつけていようとも。
(かっこいい……)
ルビーがそう思って見ほれていると、向かい合って座っていた彼は突如ルビーの真横に席を移してきた。
「やり直しって言いたいところなんだけど、クリームもったいないよね」
にこにことルビーを見つめる彼の瞳はいつもと同じように青く美しいのだが、どこか不穏が漂っている。
「え、あ、あの。ふ、拭きます」
慌ててハンカチを取り出そうとするルビーの手をオースティンは引き留める。
「ううん。拭かなくていいよ、もったいないから」
だからとやたらオースティンの美しい顔がルビーに近づく。
「ルビーがクリーム舐めて?」
その一言にルビーの思考回路は一瞬で吹き飛ぶ。
(彼は今なんと?)
一生懸命ルビーは視界を彷徨わせる。
何となく今はオースティンを見てはいけない気がする。その一心で。
しかし、そんなルビーの努力むなしく、両頬を優しく大きな手が包む。
「ルビー、クリームは僕の頬だよ。今度は目をつむらないでちゃんと舐めてね」
まあ、失敗したら何度でもやり直しだけどねとオースティンからつぶやかれた言葉にルビーは冷や汗をかく。
(なに、何この公開処刑)
耳を澄ませなくても店内からは黄色い声が聞こえてくる。
それも1つ2つではなくざわつくほど。
(恥ずかしさで死ねる)
しかし、ルビーには拒否権どころか退路すらない。
いまだに優しく大きな手はルビーの両頬に添えられている。
多分、というか絶対この手はルビーが与えられた任務を遂行するまで外されることはないだろう。
「そ、それだったら、オースティンは目をつぶっててください」
羞恥心で死ぬよりさっさとこの任務を遂行してしまって店内を後にするしか退路はない。
そして2度とこの店に足を踏み入れまいとルビーは腹をくくってオースティンの頬に突進した。
「いやあ、本当にプリンおいしかったねルビー」
また来ようねと帰りの馬車の中でオースティンはルビーに満面の笑みを向けるが、ルビーはもはやそれに返答できないくらいぐったりしていた。
結局オースティンのクリームを舐めとる任務は無事に1度で成功したものの、その後もプリンがなくなるまで同様の公開処刑とも呼べる行為は繰り返されたのだ。
おかげで店内のざわつきは広がり続け、人が人を呼び。
結果、さんざん店内で注目を浴びながらルビーはひたすらオースティンとイチャイチャする羽目になってしまった。
「……オースティン、私もうしばらく甘いもの食べたくないし、どこにも出かけたくない」
公開処刑は本当に恥ずかしい。
ルビーがげっそりしながら呟けば、オースティンは優しく微笑み
「そっか、それなら今度は2人っきりで部屋で過ごそうか」
と答えるも、いまだにぐったりしているルビーにはその返答は聞こえていなかった。
ゆえに次のデートでもルビーは顔を真っ赤にしながらオースティンとイチャイチャする羽目になってしまっていた。




