GBの初仕事
都会の新居に住み始めて一週間が経った。まだ家屋の修繕は続いているが、電気水道ガス、ネットや携帯電話の手続きは完了した。これでようやく現代人として必要最低限の生活を取り戻せた気がする。
次は家具…ではなく、娯楽を充実させたいが、通帳の残高が半分以下になって不安を感じ始めたので、そろそろ働くことにした。
アタシは畳張りの居間に座布団を敷いて腰をおろし、ちゃぶ台の上にノートパソコンを開き、繋いだばかりのネット回線を活用する。
「えっと…GB日本支部の公式サイトはこれだね」
専用カートリッジでGB免許証を読み込ませて。まずは公式サイトに登録を済ませる。現実世界ではなくネットの世界がアタシのGB事務所になる。
ここは霊力を持つ者だけがアクセス出来るサイトで、一般人は例え後ろから盗み見たところで、そこに何が表示されているかまではわからない。
そしてアタシは守護霊のエルザの力を借りているので、問題なく読み取れる。まだ開設したばかりの真っ白なページだが、名前が売れてくれば指名依頼が来ることもあるらしい。
「条件はどうしよう? デフォルトのままにしとこうか?」
「では、少し変更を加えますわ。…ここは、このような感じに」
エルザがノートPCを操作して、指名の条件を細かく設定し直していく。アタシが覗き見てもちんぷんかんぷんだが、彼女が言うには初期設定のままでは、受注条件が劣悪すぎるらしい。
自分は無名のうちは安い指名依頼でも受けてもいいと考えたが、エルザは一度でも安く受けると、次も前回と同じ条件で…と、執拗に値切る者が必ず現れる。
とにかく自由依頼も指名依頼も、沙紀には好条件しか受けさせない…と、財布の紐をしっかり握られた。
思えば昔からエルザはこんな感じだった。アタシを自分の妹として見ているのか。いつも楽しそうに姉らしくあれこれ世話を焼いてくれた。
そしてそれは幽霊になった今も変わらない。いや、前よりも明らかに過保護になっている。面倒見がいいのは嬉しいが、少し照れくさい。
守護霊として四六時中一緒に居るため、精神的にも物理的にもお互いの距離が近くなった。
エルザはアタシから離れられることが出来ないのか。それとも離れたくないのかはわからないが、実体化しているときも平気でベタベタと密着してくる。
今もこちらの背後から抱きつくようにPCを操作しており、重さを感じないので辛くはないが、耳元から直接美声を聞かされるので、何だか変な気分になってしまって落ち着かない。
だがようやく設定が全て終わり、彼女はマウスから手を離す。それでも後ろからしなだれかかるようにベッタリくっついて、片時も離れない。
「あっ…当たり前だけど、幽霊を退治するだけじゃないんだね」
「霊力を使った仕事は色々ありますもの。それで、どれを受けますの?」
登録を済ませたマイページから移動して、まずはGB免許証を持っている者なら誰でも受けられる自由依頼を検索する。
失せ物探しや呪われた道具や悪霊の出る建物のお祓い、危険な場所のパトロール等、GBの仕事は多岐に渡る。達成時の報酬もピンきりで、その値段が高いのか低いのかまるでわからない。
「一応依頼の説明や難易度も表記されているけど、迷うね」
「全国から集められていますものね。候補を絞っても相当な数ですわ」
「んー…取りあえず、自宅から近い場所にしようか」
移動に時間を取られたくないので、森久保家から近い距離の依頼を探す。エルザの実力は未知数だ。他人の力なので、なおさら自分では測りにくい。
試験官はエルザのことを高く評価していた。相当困難な依頼でも達成出来るかも知れない。しかしそんな無謀なことはせず、命の危険があるので安全第一で選択する。
「あっ、これにしようか。倒産したパチンコ店の幽霊退治。
家からも比較的近いし、…どうかな?」
「価格も適正ですし、良いと思いますわよ。
それに何が出ようと、必ず沙紀を守ってみせますわ」
「うっ…うん、頼りにしてるよ」
アタシを守ると囁いたエルザは妙に艶めかしく、吐息が耳にかかってゾクゾクと震えてしまう。もし自分が異性だったら、即堕ちさせられたのは間違いない。
面倒見がいいだけでなく、何かとアタシをからかう所も昔と変わっていないどころか、より露骨になっている。
自分の顔が耳まで真っ赤になっているのを見て、エルザがクスクスと笑う。
「れっ…連絡を取るから、そろそろ離れてよ」
「あら、まだ良いではありませんの」
「駄目! 変な声が入ったら面倒なことになるから!」
「それなら仕方ありませんわね」
その変な声は普通なら幽霊のエルザだが、この場合は彼女のイタズラに翻弄される自分の悲鳴になる。
それでも不機嫌そうにムスッとしているアタシを見て、流石にやり過ぎたと思ったのか、エルザは名残惜しそうに離れたあと、頭を下げて謝罪した。
「次から気をつければいいよ」
「ええ、ごめんなさい。善処しますわ」
「それだと、また同じことするよね! はぁ…でもまあ、仕方ないか」
自分はただの一般人であり、幽霊のエルザの力を借りなければGBの仕事は達成できない。ならば働いた給料分は、彼女の欲求を受け入れるべきだ。
幸いと言っていいのか、今の所は軽いイタズラだけで実害はない。
アタシは大きな溜息を吐いたあとに依頼主に電話で連絡を取ると、今から出発して現場で落ち合うことに決まる。
ノートパソコンの電源を落とし、外出着に着替えて戸締まりを確認したあと、実体化を解除したエルザを憑依させ、少し緊張しながら玄関の引き戸に鍵をかける。
そのまま隣町を目指し、ゆっくりと歩き出すのだった。
隣町の大通りの一角にある、窓ガラスがあちこち割れて朽ち果てたパチンコ店の駐車場に到着したアタシは、先に到着していた背広姿の中年の男性と顔を合わせる。
彼は周りに数人の部下を控えさせていて、その誰もがアタシを見ると驚いた表情をする。
「電話で声を聞いて想像はしていましたが、まさかここまで若いとは思いませんでした」
「ここまで来て取り消さないでよ。これでも一応GBだからね」
TシャツとGパンという、女っ気も霊力も感じられない服装だが、元々貧相な体型と平凡な容姿なので、女物のおしゃれな服を着ても似合わない。
ならばと普段通りに動きやすい服にしたが、依頼主は怪訝な顔をこちらを伺っている。
「失礼ですが、GB免許証を確認させてもらっても?」
「はい、…どうぞ」
財布の中に入れてあるGB免許証を取り出して目の前の中年の男性に渡すと、それを表だけでなく裏もマジマジと観察する。
アタシのような若いGBも居ないことはないが、二十代からの職業というイメージがある。
なお真理子は学業より修行を優先する、今どき珍しい古風な家庭のため、例外として若年でも才能が開花している。
「疑ってすいませんでした!」
「いやまあ、アタシもGBになったばかりの新人だから、気にしないでよ」
言葉も砕けており社会の常識も知らないインドア派の女子のアタシだが、エルザの力を借りれば幽霊をやっつけることは出来る。…と思う。
とにかく仕事をこなしてさっさと家に帰るべく、話を先に進める。
「依頼内容は公式サイトで調べたから。
問題なければ、すぐに取りかかりたいんだけど」
「はい。よろしくお願いします」
依頼主の許可が出たので、それじゃ、行ってくるよ…と、告げて、入り口の立入禁止の立て札を越えて、建物の中に入る。
放置されてかなりの年月が経っているのか、店内は広いもののガランとしており、割れたガラスがあちこち散らばっている。
「奥に居るようだね。…エルザ、作戦はわかってるよね」
(ええ、最初は沙紀が説得して、無理そうなら私が討伐。
または危険を感じたら、体を借りて対処ですわね)
今のアタシはエルザを宿しているので、霊の気配を感じることが出来るし、暗闇でも奥まではっきりと見通せる。
依頼主はパチンコ店に住み着いた幽霊の退治か退去を要求している。自分も簡単に説得出来るとは思わないが、アタシに力を貸してくれる幽霊も居る。
初依頼なのもあって、まだ状況がわからずに問答無用というのも躊躇われる。それに向こうから襲ってきたら正当防衛で、躊躇せずにカウンターを叩き込めばいいと考えた。
「ここは事務所かな?」
(この中のようですけど、邪悪な霊気ですわ)
「確かに嫌な感じだね。うぅ…緊張してきたよ」
一階の奥のある小部屋の扉の隙間から、黒く澱んだ何かが漏れ出ている。視覚が強化されているので、今まで見えなかったモノがしっかりと認識できてしまう。
霊能力者としては必須技能だが、あまり嬉しいとは思えなかった。そして鍵はかかっていないのでゆっくりと開けて、室内に静かに踏み込む。
「にゃあああっ!? 出たああぁ!!!」
(沙紀! 私が代わりますわ!)
「おっ…! お願いっ!」
首の位置に縄の跡が残った血まみれのおじさんの幽霊が、まるで出待ちしていたかのように、扉を開いた瞬間に充血した目でこちらに飛びかかってきた。
アタシは悲鳴をあげることしか出来ずに棒立ちになってしまう。だがエルザが素早く交代して体を操り、人間離れした速度で背後に飛び退る。
(ちっ…近くで見ると、こっこっこっ…! こわっ…こわわ…!)
「こんな雑魚、すぐに片付きますわ。
それよりも沙紀は、ニワトリの真似が上手ですわね」
あまりの恐怖で上手く喋れず、心の中でも妙な言語を発しているアタシを、幽霊の攻撃を回避したエルザはツッコミまで入れる余裕がある。
しかし飛びつきを避けただけでは諦めきれないのか、首に縄の跡があるおじさんの霊は、四つん這いの姿勢で低い唸り声をあげている。
「沙紀、説得は失敗ですわよね?
今から退治しますけど、よろしいですの?」
(うっ…うん、エルザ。よろしく頼むよ)
「任されましたわ。問題はどうやって倒すか、…ですわね」
退治の許可をもらったエルザは、戦闘中なのにも関わらず、顎に手を当てて考え込む。それを隙と捉えたのか、四つん這いの幽霊は先ほどよりも素早く、真正面から勢いよく飛びかかってきた。
「もう! 黙っていてくださらないかしら! ……あっ!」
(……あっ)
普通の人間なら対処出来ない速度でもエルザは容易く霊の軌道を捕らえ、下段から中段に抜けるような超速の回し蹴りを放つ。高密度の霊力の直撃を受けて、悪霊は塵も残さず消し飛ばされる。
一瞬遅れて突風が吹き荒れ、いくつもの瓦礫が宙に浮く。その風が静まるまでただ呆然と霊が居た場所を見つめ、エルザは両手を固く握り締めてワナワナと震えていた。
「きっ…記念すべきデビュー戦でしたのに! 回し蹴り一発で終わってしまいましたわ!」
(まあまあ! 依頼は無事に果たせたしいいじゃない。それより、他に幽霊の気配は?)
「はぁ…ありませんわね。先ほどの悪霊だけのようですわ」
となると、縄の跡のついたおじさんを倒したので、依頼は達成ということになる。やる気満々だったエルザとは対照的に、アタシはひたすら怯えていただけだが、怪我をせずに無事に終わってホッとする。
(エルザ、建物の外までお願い。…まだ怖くて)
「構いませんわよ。初めてのGBの仕事ですもの、怖くて当然ですわ」
しかし、今回でGBの仕事の雰囲気は掴めた。次からはもっと落ち着いて対処できるだろう。と言っても、恐怖がなくなるわけではない。そう簡単に慣れれば苦労はしないのだ。
エルザが依頼主の待つ、外の駐車場に歩き始めるのと同時に。アタシは回し蹴り一発で悪霊を消し飛ばしたと報告して、果たして信じてもらえるのだろうか…と、頭を悩ませるのだった。




