新しい我が家
GB免許証を受け取り、別の窓口で必要書類と通帳を渡されたアタシは、紹介状に記載されていた不動産屋にやって来た。
お客が十五歳の女性でも営業スマイルを浮かべて、真摯に対応してくれる従業員と一緒に、会社の車に乗って借家をあちこち巡る。
何故か真理子も付いて来たが見た目は二十歳なので、保護者枠としてただ隣に居てくれれるだけでも心強い。
利便性の高い都会の一角に建てられた全体的に広めで庭つき平屋の木造住宅。そこを借りるのではなく分割払いで購入することが出来た。片田舎の実家に似ていたのが、購入の決め手になった。
十五歳のアタシが家主になるので紹介状がなければ信用されず、契約は不可能だった。なお、引っ越しは旅行鞄だけなのでとても身軽だ。
エルザと真理子の監修で一通りの書類の記入が終わり、不動産業者が一礼して去っていた。アタシは居間の畳の上で大の字になって転がり、都会に来てからようやく人心地つけた。
電気水道ガスの手続きもしなければいけないが、それは一休みしてからでいい。人間らしい快適な生活が過ごせなくても、雨風を凌げる家の中には違いない。公園の野宿よりは断然マシだ。
「沙紀、これからどうするのですか?」
「んー…取りあえず大工さんを呼んで、この家に住めるように補強してもらうよ。
床とか古くて傷んでるところも多そうだし」
「賠償金もかなり使いましたし、GBの仕事も受けないといけませんわね」
GBに借りはなるべく作りたくないので、今回の不正を黙っていることを条件に、少額の賠償金と信用できる不動産屋の紹介状をお願いした。裏金を入れるためにアタシ専用の銀行口座を開設してくれたのは、嬉しい誤算だった。
今の家の中にはアタシと真理子しか人は居ないので、エルザは普通に姿を現している。霊能力者の彼女と縁が深いアタシには普通に見えるが、宅急便や郵便局が来ても霊力がなければエルザは見えない。
「それより真理子、貴女はいつになったら家に帰りますの?
もうGB免許証は受け取りましたのよね」
「私は沙紀を守ると約束しました。
二人っきりになって、エルザが暴走しないとも限りません」
紅白の巫女服姿の黒髪の美女と西洋ドレス姿の金髪の美女の幽霊が、真正面から睨み合っている。
三日間エルザとずっと一緒だったが命の危険は感じなかった。これ以上の監視は必要ないし、真理子にも自分の生活がある。あまり負担をかけ過ぎるのはよろしくない。
取りあえず体を起こして真理子のほうを向き、おもむろに口を開く。
「あのさ。エルザはいい幽霊だしGBにも守護霊として登録したから。
真理子は無理せずに、もう自分の家に帰ってもいいんじゃないかな」
GBと関係者の間には、アタシは守護霊を宿していると広まっている。正体はわかっていないが悪霊ではなく精霊か神族の類であり、主人を助けてくれること。
GBがそれを認めた以上、もう真理子一人で頑張る必要はない。
「沙紀は私のことが嫌いですか?」
「そんなことないよ。でも真理子にも自分の生活があるし。
GB試験に送り出してくれた両親にも、一応は報告するべきだよ」
真理子は友人だが、ずっとアタシにくっついているわけにはいかない。同じ十五歳なら両親も娘を心配するだろう。
幸いと言って良いのか、自分にはエルザが取り憑いている。困ったときには知恵や力を借りることが出来るので、これからの一人暮らしへの不安は殆どない。
「それに二度と会えなくなるわけじゃないし。暇になったらいつでも遊びに来ればいいよ」
「…わかりました。では、両親への報告が終わり次第、またすぐに遊びに来ますね」
「別にそんなに急がなくていいんだけど」
彼女が実家でどのような生活を送っているのかは知らないが、そんなすぐに遊びに来なくても…と、内心で小さく溜息を吐く。
こっちも自宅手続きとGBの仕事があるので、しばらくは色々と忙しくなる。いつも家に居るとは限らない。
そこでふと真理子が、自分を人生初の友人だと言っていたことを思い出した。
「真理子は同業者で友人だし、連絡先の交換をしておこうか」
「あっ、はい! 嬉しいです! 私の実家の電話番号はですね!」
「えっ? あの、真理子の携帯かスマートフォンは?」
自分の携帯を取り出して操作を行いながら軽く質問すると、真理子の表情があからさまに曇る。そして口を閉ざしたことで、何となくだが事情を察する。
アタシは自分の髪を掻いて口元を引きつらせて慌てて誤魔化す。
「実家の電話番号で十分だよ。お互いに連絡を取りやすくなるのは、間違いないからね」
「ありがとうございます。…沙紀」
「気にすることないよ。友達なんだし」
「そうですね。私と沙紀はお友達です」
実家の電話番号を携帯に打ち込み終わって顔をあげると、真理子がいつの間にか目と鼻の先の距離まで近づいて来ていたので、驚いて体が小さく跳ねる。
そのまま彼女が携帯を持つアタシの手をギュッと握り、妙に艶っぽい声で語りかけてくる。
「本当は山奥の実家には帰りたくありません。子供の頃から厳しい修行ばかりでした。
私、将来は霊能力者になるからと、学校に通わせてもらっていないのです。
出来ることなら友人の、…沙紀の家でずっと一緒に暮らしたいです」
こちらが戸惑っている間にも、真理子の顔がどんどん近づいてくる。この急展開にアタシはまるでついて行けずに、体は強張ったままで指一本満足に動かせない。
喉の奥がカラカラに乾いているが、動揺しながらも何とか彼女に言葉を返す。
「そそそっ…そっか。たっ、大変だったね」
「はい、とても大変です。それで沙紀、駄目…ですか?」
「ななっ…何が?」
そのまま真理子がアタシの胸に手を当てて、そっとしなだれかかる。彼女に友人が出来なかったのと、家に一緒に住みたい理由はわかった。だがそれは駄目だ。断じて許可出来ない。
中卒で十五歳のアタシが、他人の家庭の問題に首を突っ込むわけにはいかない。
あと、この体勢はとても不味い気がする。真理子は実年齢は十五歳の女性だが、まるで二十代のような優れた容姿をしており、これからGBとして活躍すれば、すぐにモデルや芸能界からもお誘いがひっきりなしに来るだろう。
彼女にはエルザと同格の妖艶な美貌が備わっている。
「私、沙紀と一緒に…」
「待って! ちょっと待って! ……にょわ!?」
とうとう真理子がアタシにしなだれかかったまま、両手をこちらの腰に回されて抱きすくめられてしまった。
豊満な二つの果実が自分の貧相な体に当たって潰れることで、否応なしに女としての敗北感を味わわされる。
もしアタシが異性だったら確実に堕とされていた。同性なので辛うじて対処できているが、それでも自分は体をまともに動かせずに、今では真理子の為すがままだ。
彼女に背中を指先で優しく擦られるたびに、心地良いゾクゾクとした痺れが全身に走り、瞬く間に腰に力が入らなくなってしまう。
「…と言うか、真理子! こんな妙な技! 何処で覚えてきたのさ!」
「昔ながらの古い巫女ですので。実戦の経験はありませんが自信はあります。
それでは沙紀、一枚ずつ脱がして差し上げますから、どうぞ力を抜いて楽にしてくださいね」
桃源郷を見せてあげます…と、妖艶に舌舐めずりをする今の真理子は、呼吸が荒く頬も紅潮しており、明らかに異常だ。
そう言えば昔の神職は神や精霊とズッコンバッコンしたり、民草の慰安も兼ねてたりと、R18方面では大人気だったと聞いたことがある。
真理子の家庭も古いようだし、きっと脈々と受け継がれてきた技術なのだろう。だがアタシにとっては嬉しくないので、この場は第三者の力を借りて脱出を図る。
「助けてーっ! エルザー!」
(今後の参考にしたかったのですが。助けを求められては仕方ありませんわね)
エルザは人間離れした力でアタシにベッタリと抱きついていた真理子を、あっという間に引き剥がす。
今の自分はフニャフニャに腑抜けきった状態で、まるで力が入らない。仕方なく今度は実体化済みのエルザにもたれかかる。
彼女がすぐに助けに入らなかったのは、地味系モブと巫女服美女の百合展開を興味津々に観察していたからだった。
しかし危機一髪で介入して助けてくれたので、怒るか褒めるか悩みどころだ。
「まっ…真理子、何でこんなことしたの?」
何とか首だけを動かして真理子をじっと見つめると、彼女は照れたように顔を赤くして、露骨に視線をそらす。
その初々しい反応に、アタシはこんな展開求めてないから…と、声を大にして叫びたくなるが、今はか細く呟くだけで精一杯なので、大人しく返答を待つ。
「実は私、初めて声をかけたときから沙紀のことが気になっていました。
そして友人になれて、一気に舞い上がってしまったのです」
生まれて初めての同年代の女性で、しかも真理子と同じGB試験を受けに来た霊能力者と話したことで、変なスイッチが入ってしまったらしい。
友達との何気ない会話でテンションがあがるのも、まあわからなくもない。
「そんな沙紀から離れることを思うと、胸が張り裂けそうな程に切なくなってしまい。
状況を変えるために知恵を絞った私は、とうとう名案を思いついたのです」
友達の家から我が家に帰りたくない。もっと一緒に遊びたいと考えるのはわかるが、それでも真理子のように胸が張り裂けそうな程に、苦しくなることはなかった。
初めて出会ったアタシに対して、鳥のヒナが親と勘違いするような強力な刷り込みでも働いたのだろうか。
そして彼女の思いついた名案に、アタシはさらに頭を抱えることになる。
「異性を気持ちよく操る術を、私は修得しています。
それと同じことを沙紀に行えば、これからもずっと一緒に居られるはずです」
自分は異性ではなく同性だが、多分そっち方面も精通している。そしてアタシを代々磨いてきた魔性の技で骨抜きにして、真理子のことが大好きなの! 貴女なしには生きられないの! …と思うまで心も体も徹底的に堕とす。
真理子のモノにされてしまえば、アタシはもう彼女から離れようとは思わない。
「返って来る反応がどれも可愛らしくて、私もどんどん高ぶってきてしまいました。
沙紀と一緒に二度と戻れなくなるまで深く堕ちたら、一体どれ程の多幸感で満たされることか…と」
正直ちっとも良くない。潤んだ目でこちらを見つめる真理子にアタシは顔を引きつらせるが、まだ動けないので芋虫のように体を少しだけくねらせる。
その反応が楽しいのか、彼女は舌先で桜色の唇を小さく舐める。完全に捕食対象にされている気がする。
これ以上深入りするのは不味いと、アタシの心が警報を鳴らす。
「わかった! もういいから! この話題は! 止めっ! 止めてえ!」
「そうですか? わかりました。友人の沙紀がそう言うなら」
「ついでに真理子は実家に帰ろうね! お家にお帰り! ゴーホームだよ!」
取りあえずは何でもいいので距離を離すに限る。真理子もGB免許証を手に入れたので、これからは修行漬けの日々ではなく、仕事として色んな人と関わることになる。
その中にはきっと、平凡な自分以上に魅力的な人も大勢居る。初めての地味な友人のことなんて、すぐに忘れてしまう。
と言うか、頼むから綺麗さっぱり忘れて欲しいと、アタシは心の中で懇願する。
「両親も合格の報告を待ってるよ! 早く帰らなきゃね!
じゃあ、真理子! バイバイ! 待たね!」
「えっ? あ…はい、では沙紀。また会いましょう!」
最初に遊びに来ればいいと言ったので、真理子に実家に帰りやすい理由を作って、取りあえずは急きょおかえりいただいた。代わりにアタシの家にも頻繁に顔を見せるかも知れないが、まあこれは仕方ない。
自分は他に友人が出来たらたちまち埋もれる一般人だ。それまでの短い間は真理子の支えになってあげよう。何しろGB試験では色々とお世話になったのだ。
こちらがぎこちなく手を振ると、彼女も満面の笑みで手を振り返して、別れの挨拶を行う。思えば友達とこうやって交流するのも、真理子には初体験なのだろう。
何となく可哀想な気もするし、今度はこちらが色々とお世話をしてあげてもいい。しかし体を許すのだけは勘弁してもらいたい。
真理子の両親も悲しむし、絶対ろくなことにならない。そっちの関係を求められてもお断りだ。
夜の関係は今後できる真理子の異性の友人に丸投げする。彼女の性格は人当たりがよくて奥ゆかしく、容姿もとても優れている。
都会に来ればお友達になりたい人は、男女問わずに大勢現れる。GBの試験会場でもひっきりなしに口説かれていたので、きっとすぐに素敵な出会いが訪れるはずだ。
「バス停か駅まで送るよ」
「まあっ! ありがとうございます! 沙紀!」
紅白巫女服姿の清楚な美女はとにかく目立つ。子供の頃からの厳しい修行により、悪い男ぐらい容易く蹴散らせるが、トラブルは避けて通るのが一番だ。
「エルザ、お願い」
「……えっ? あの、沙紀が一緒に来てくれるのではないのですか?」
「いや、だって今は動けないし。でも体はアタシだし意識もあるから」
目の前の真理子の手管でアタシはフニャフニャの腰砕けにされてしまった。歩けなくはないが、内股の情けない姿を晒すことになる。
なのでここはエルザに体を貸して、バス停か駅まで送ってもらう。
「では真理子。行きますわよ」
「はぁ…わかりました」
すぐにエルザがアタシに憑依し、スクッと立ちあがる。そして真理子に話しかけるが、彼女はあからさまに頬を膨らませて、不満気に溜息を吐く。
さっきは物凄く嬉しそうだったのに、今は物凄く不機嫌だ。
「何だか不満そうですわね」
「そんなことはありません」
ムスーっと頬を膨らませているが、アタシを腰砕けにしたのは彼女なので、自業自得と諦めてもらうほかない。
「普段は沙紀が表で私が裏なので、入れ替わっただけでそこまで違いませんわよ」
「全然違います。私は沙紀が大好きなんです。
エルザのことは嫌いではありませんが、……普通ですね」
嫌いではないが好きでもない。エルザは呆れたような顔をして、とにかく行きますわよ…と、アタシの体を操って玄関に向かって歩き出す。
このまま居間に留まっていても埒が明かないので、とにかく実家に帰ってもらわないと。
やがて渋々といった表情で巫女服姿の真理子がエルザに続き、玄関を目指して歩いて行く。だがその足取りは重く、本当に帰りたくなさそうだ。
これでは一度実家に帰っても、またすぐに森久保家に遊びに来そうだ。そう思い至り、アタシは心の中で大きく溜息を吐くのだった。




