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人間界観光ツアー

 十月に入り日本の各地で紅葉が見頃になった秋に、GB日本支部にお目溢しをしてもらうために献金をして、三種族の隠れ里を繋ぐ次元の裂け目に、森久保除霊事務所の庭の一角に生えている古木を選んだ。


 それに合わせて人魚の隠れ里もお風呂場ではなく、庭に小さな池を作ってそこに水を張って出現場所を移してもらった。

 と言うのも、女王と王女姉妹の人間界へのお忍びツアーが下々の者にバレてしまい、地上が快適で安全ならば自分たちも行きたいと希望者が殺到して、押し止められなくなったのだ。

 なので大人数が通行するには小さな風呂場では手狭なので、仕方のない措置だ


 その後は自分では手が回らなくなったので、王女や族長に人間界行きを希望する者たちの面倒を見るようにと、誠心誠意頼み込んだ。

 各々が町人の信頼を得られれば、ある程度は自由に歩けるようになる。それまでは我慢して欲しい。


 ドリアードの族長は、万が一の場合に備えてエルザを宿らせながら謝ると、気にしなくていい。私が勢い余ってやったことだ…と、恥ずかしそうに謝罪を受け止めてくれた。

 彼女は暴走しない限りは淑女だと感心したが。次の瞬間には、日本の町を直接案内して、ご休憩が出来るホテルを教えて欲しい。…とはっきりと口に出したので、検討はするけど実現は難しいと断っておいた。

 なかなか諦めが悪いので、日本の町で良い人と出会えることを期待したい。


 アタシの視界に映るのは女性ばかりだが各種族にはちゃんと男性が居る。そしてアルラウネもドリアードも人魚と同じように二本の足を作り出すことが出来るので、日本の町を歩くのには不便はない。

 ただ、人数分の目立たない服装用意するのは少し苦労した。


 イギリス政府との交渉は、やはり川の神の一押しが効いた。もし彼女を怒らせた場合の対抗手段を人類は持っていないのだ。

 なのでミズチが正論を振りかざす限りは、いくら不満があろうと素直に従うしかない。武力外交をするつもりはないが、結果的にそうなっている。

 だがおかげでアタシの純潔が危ういところで守られたので、これはこれで良しとしたい。







 そしてとうとう、今まで暗黙の了解だった人外の存在を表舞台に出す日がやって来た。そこまで大掛かりなことをするつもりはなく、アタシの住んでいる町を観光させるだけだ。

 ただし参加希望者が殺到してしまったので皆を自由にさせるのは難しい。なので今日だけは取材陣の同行を受け入れることになった。


 何しろ合計で四種族の隠れ里がアタシの住む町と繋がったのだ。これを目立たないように保護と監視を行うのはもはや不可能だ。

 ならば隠さずに堂々と認知させて他種族と人間の友好の町だと、日本国民に受け入れてもらったほうが都合がいい。




 と言った経緯があり、今のアタシは似合わないバスガイドの衣装を着てツアー用のフラッグを掲げていた。

 紅葉が染まる街道を進みながら、後続を歩く百名近い美男美女の集団に向かって、メモ用紙にまとめられた台詞を読みあげる。


「えーと、ここが町で一番の紅葉の名所だよ。他にも二位や三位があるけど、時間がないから今回はパスね」

「うふふ…沙紀。とてもよく似合ってるわよ」


 エルフの族長が冷やかしてくるが、顔を赤くして恥ずかしさに耐えながら観光案内を続ける。今回は女王、王女、族長を除き、各種族からニ十人ずつが選抜された。

 記念すべき一度目の観光ツアーなだけあり、なかなかに苛烈な椅子取り合戦が行われたらしい。


 四種族のトップでも、最初の行動範囲は森久保家のご近所限定だったのだ。この先人数が増え続けるので、とてもではないがそれでは土地が足りなくなる。

 そして日本国民への認知も同時に済ませるべく、今回の観光ツアーを企画したのだ。政府とGB日本支部も承諾してくれた。

 その結果アタシは、慣れないバスガイドの真似事をしどろもどろになりながらも一生懸命行っている。


「ええと、山沿いの紅葉街道を十分ほど歩くと有名なお寺があるから、そこで一度休憩を取るよ」


 地上の隠れ里にも色鮮やかな樹木はあるが、日本の山間部の紅葉とは違うらしく皆が物珍しそうに眺めては、会話に花を咲かせてはしゃいでいるのがわかる。

 そして人魚に関しては地上に出ることさえ稀なので、興奮気味に観察している。


 そんな百名近い人外の集団を、厳格な審査を潜り抜けた各局のテレビカメラがしっかり追尾し、敏腕カメラマンも決定的なシャッターチャンスを掴もうと油断なく伺い、取材陣は休憩に入る瞬間を今か今かと待ちわびている。

 アタシはそれを横目で確認しながらポーチからスマートフォンを取り出し、森久保除霊事務所の他のメンバーと連絡を取る。


「真理子、そっちはどう?」

「最後尾から見た限り異常はありません。皆沙紀の言うことをしっかり守っています」

「そう、ありがとう。引き続きお願いね」


 アタシは先頭に立って、巫女の真理子は最後尾を見てもらっている。誰かが列からはぐれたり何か異常があったら連絡が入る。

 彼女のことは信用しているが台詞を喋り終わって手持ち無沙汰になると、大勢に見られている恥ずかしさもあってか、親しい誰かと話して気をそらしたくなる。

 続いての連絡先を、電話帳から素早く引っ張ってくる。


「ポーラとミズチはどう? 何か変わったことはない?」

「ん…空は平和」

「我がおるのじゃ。無礼をするような輩はそうそう出ぬよ」

「二人共ありがとう。この調子でよろしくね」


 川の神のミズチも自分で飛ぶことが出来るが、今回は連携を取るため魔女のポーラの箒に相乗りしてもらっている。地上と空の両方から見守るので、そう何かあるとは思えない。

 それに日本政府やGBも周辺を警戒しているのだ。こんな所に飛び込むような愚か者が居るとは思えない。

 取りあえず観光案内のネタも尽きたので、風に舞い散る紅葉を見ながらお寺を目指してのんびりと歩く。


(沙紀、前方二時の方角ですわ)

「えっ? あっ…確かに」


 守護霊のエルザが警告したので言われた方向に顔を向けると、見た感じ高校生の少年少女が三人ずつで集まり、何やらこちらに不審な視線を向けている。

 確かに怪しいが武器も持っておらず霊力も感じないので、政府やGBの警護員は対応を迷っているようだ。


 アタシもどうしたものかと考えていると、彼らのほうが先に行動を起こした。皆が緊張した表情でこっちに真っ直ぐ向かってくる。

 取りあえず自分が様子を見るからそれまで手を出さないようにと、後続の皆にはっきりと伝える。


「そこで止まって! …アタシたちに何か用?」

「えっ! あっ…はい! 俺たちと一緒に、写真を撮ってもらえませんか!」

「そっ…それだけ?」


 記念撮影の依頼だったことに肩透かしを受けて、彼らにどもりながら答えを返す。よく考えれば普通の生活を送る人間には、幻想の存在とは一生縁がない。

 こんな機会でもなければ、並んで写真を撮ることも不可能だろう。


「それだけって、人魚、エルフ、アルラウネ、ドリアードが居るんですよ!

 河童、鴉天狗、魔女、川の神様が居ないのは残念ですけど」

「おっ…おう」


 森久保除霊事務所のことをよく調べているなと感じた。だがそれと写真撮影を許可するかは別問題だ。

 しばらく考えたあと、アタシは彼らにはっきりと答える。


「お寺の境内での休憩中ならいいけど。それで皆が写真撮影を受け入れるかは別だよ。

 あと、しつこく誘うのも駄目だからね」


 もし目に余るようなら警護員が対処するだろう。ある程度なら大目にみるが、それ以上に付きまとうようならつまみ出してもらう。

 そんなことを考えながら紅葉街道を抜けたので、次はお寺に向かう長い石段を登っていく。


「別に体は疲れないけど、精神的にはもうヘトヘトだよ」

(お疲れですわね。肉体疲労は引き受けますわ)

「いつもありがとうね。…っと、到着」


 大門をくぐってお寺の境内に入ったので、人払いが済んでいる広場で昼の一時になるまでは食事やトイレ休憩、そして自由行動だ。

 あらかじめ運び込まれていた飲み物とお弁当が長机の上にうず高く積まれている。お寺の住職とは既に話がついているので、節度を守って見学させてもらう。

 皆が欠けることなく集まったことを確認し、ツアー用のフラッグを軽く振りながら大きな声で説明する。


「ここで昼の一時まで自由行動だよ! ただしお寺の境内からは出ないように!

 あとは事前に言ったけど、住職さんたちに迷惑をかけちゃ駄目だよ!」


 弁当と飲み物の受け取りとトイレの場所、そしてもう一度注意事項を説明したあとに解散を宣言する。

 早朝の森久保家からずっと引率してきたので、短い時間だがようやく肩の荷が下りると気を抜いた隙に、テレビカメラや取材陣だけでなく、今まで何処に潜んでいたのか写真や動画への勧誘。そういった面倒な輩が一斉に集まって来た。


 当然アタシは逃げようとした。自分の分の幕の内弁当を確保して戦略的撤退を図るのである。海苔弁当よりも豪華なので気持ち的に美味しそうだと感じる。

 ちなみに各種族の好みを反映させた特注のお弁当だ。森に住む三種族は季節の野菜弁当、海に住む人魚は魚フライ弁当だ。


「沙紀、一緒に食べましょうよ」

「アタシはちょっと行くところがあるから」

「うふふっ、一人だけ逃げようとしてもそうはいかないわよ」

「水臭いぞ。私たちは友達だろう?」


 エルフだけでなく、アルラウネとドリアードの族長も寄って来た。境内の人気のない場所を探して出発時間までのんびりする計画が不可能になってしまったが、考えが読まれている以上は観念するしかない。

 結局溜息を吐きながら三人に付き合うことに決める。


「お姉ちゃん! 来たよ!」

「沙紀お姉ちゃんと一緒にお弁当。たっ…楽しみ」


 さらに人魚姉妹と女王まで一直線に向かって来るので、取材や撮影を希望する者たちにとって格好の標的になってしまう。


「すいません! 今、少しお時間よろしいですか!」

「そちらのエルフの族長さんにお聞きしたいことがあるのですが!」

「俺たちと一緒に、写真を撮ってもらえないでしょうか! お願いします!」

「うちの投稿動画に協力してください! 儲けは半分でどうでしょうか!」


 こんな感じの人たちが次から次へと群がってくるので、アタシはたちまち死んだ魚の眼になってしまう。休憩時間はのんびり過ごせば長いが、彼女たちを取材する絶好の機会でもある。

 そもそも自分は一般人だし猛烈にお腹が空いているのだから、こんな面倒事に付き合う義理はない。


「森久保さんにいくつか質問があるのですが!」

「あっ…アタシにも!?」

「はい、そうです! 例えば…」


 しまったと思ったときにはもう遅かった。一人の記者の言葉に返事をしたことで、これ幸いと口を挟む前に続きを話して聞かせる。

 アタシで蒔いた種なので仕方なく付き合うことにする。頃合いを見計らって逃げ出したいが、社会経験が未熟な自分に出来るかどうかはわからない。


「皆さんと初めて会ったとき、恐怖や嫌悪感はなかったんですか?」

「なかったよ」

「えっ? いや、そんな。少しぐらい怖がったりは…」

「だから、そんなのなかったってば。あっ、…でも」


 何だか知らないがしつこいな記者だなと思った。アタシが言い直したことで特ダネの気配を感じたのか、彼の体が少し前のめりになる。

 別にホラー映画のような恐怖体験を紹介するわけではないので、取材陣の期待通りではないが、思い出したからには言葉にするべきだろう。


「彼女たちの見た目や生活風景には驚いたよ。

 恐怖や嫌悪感は全くないけど、人間の世界と違うから本当にびっくりしたね」


 性的な意味では今でもたまに恐怖を感じていることは黙っておく。R18のグロはお茶の間的にはOKらしいが、ニャンニャン方面はとても危険らしいので、お口にはチャックだ。


「彼女たちよりも敵意むき出しで襲ってくる悪霊のほうが怖いよ。

 あれは話し合いが一切通じないし、即除霊しないと殺されるのはこっちだからね」


 エルザが宿っているのでかすり傷一つつけられたことはないが、悪霊は見た目がグロテスクだ。

 多少は慣れたが相対するとやはり怖い。


「それじゃ、アタシはお弁当を食べるのに忙しいから」

「まっ…待ってください! まだ質問が…!」

「悪いけど他の人に聞いてよ。お昼の休憩時間は限られてるし、アタシは空腹だからね」


 何となくこっちが見下されている感じがするので、不快感を隠そうともせずに適当に切り上げる。記者がアタシを小馬鹿にしているのなら、いちいち真面目に対応することもない。

 バスガイド役もやりたくてやっているわけではない。本当は森久保家の居間で寝転がりながら、新作のテレビゲームを存分に遊びたいのだ。

 今回は友達に頼まれたから観光案内をしている。これが終わればまたしばらくはのんびり引き篭もり生活が送れるので、この程度でへこたれはしない。




 早足で人集りだかりから離れて空いている場所を探す。お寺の裏手まで来たが人が少ないので、もうここでいいやと適当な場所に腰をおろす。


「いただきます」


 割り箸を割ってお弁当の蓋を開けて、そのまま彩り豊かな料理を一つずつ口に運び、モグモグと咀嚼する。

 ふと思ったが、久しぶりに一人でご飯食べている気がする。


(私も居ますわよ)

「ああ、ごめんね。うん、…でも皆には悪いことをしちゃったかも」


 結局誘いを断って取材陣から一人で逃げ出してきたのだ。あの場では友達を見捨てたことになるかも知れない。そう考えると少し辛い。


(元々あの人達が沙紀を巻き込んだのですわ。気に病む必要は一切ありませんわよ)

「うん、…うん? 言われてみればそうだね」


 事の発端は三種族の隠れ里を森久保家に繋げることだ。善意からのお手伝いだが、族長や少人数でのお忍びで抑えられれば今回の観光ツアーはなかった。

 人魚の隠れ里に関しても、ほぼ同じ流れになっている。


 そして取材陣への対応まで付き合う必要はない。さっきはアタシが失敗したので記者の質問に答えたが、本来は彼女たちが目当てのはずなのだ。つまり自分は完全にとばっちりである。


「はぁ…何だかなぁ」

(まあ、そこが沙紀の良いところですし)


 自分でも変えようのない根っこの部分で利点と欠点が重なっている。人が良いと騙されやすいのだ。やはり社会経験の浅いためか、簡単に丸め込まれてしまった。


(そのために私が居るのですわ。危ないところでは手助けしますので)

「ありがとう。これからも頼りにさせてもらうよ」


 やっぱりエルザは頼りになる。いつの間にか幕の内弁当を食べ終わっていたので、ご馳走さまでした…と口に出して、蓋を閉じて輪ゴムで留める。

 ペットボトルのキャップをひねり、口を近づけてお茶で喉を潤して一息つく。そのまま午後からも頑張ろうと人知れず気合を入れる、

 結局友達からの頼まれごとは断りきれずに、最初から最後まで付き合わなければ気が済まない性格は、直しようがないのだった。

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