4.
五分ほど前にもう一話投稿してます。
そして半年が経ち、冬休み。佳織は自分の力でALETTSのライブチケットを入手した。
この半年で地道に髪を切った結果、少し長めのショートヘア程度の長さになっていた。
もうウィッグに頼らなくても自然に男装ができる長さ。佳織の真っ黒で長かった髪は重たい印象を周囲に与えていたが、短くなったことでバランスが整っていた。顔を隠す都合上前髪だけは今も長いが。
佳織はこの半年でさらに池星輝に近付けた男装でライブに向かった。
我ながら会心の出来。身長や筋肉といった生まれや時間に左右される要素を除けばほとんど池星輝になっていると自負している。念のためライブ会場には帽子で顔を隠しながら入場した。
周囲の熱狂を背に佳織は静かに聞き入っていた。見入っていた。
バンドの演奏は素晴らしい。池星輝のパフォーマンスも歌声も素晴らしい。
ステージの中心に立つ池星輝は相も変わらず輝いていた。
佳織は自分が憧れたものをしっかりその目に焼き付けた。
そして、ライブの終わり際。ステージの幕が下り始めたころ。
佳織はそっと帽子を脱いだ。
周囲のファンはステージに夢中で佳織のことなんて気にも留めない。
だが、池星輝はそうでなかった。
髪の色や身長こそ異なっているが、自分と非常によく似た顔をした人間が観客席にいたのだ。
観客席にいる自分とそっくりな人間に目を取られる。
目が合った。
その人はふっと笑って白い布のようなものを取り出した。
目の上をぬぐうと細い眉が姿を現す。頬をふけば化粧で隠されていた曲線的なフェイスラインが露わになる。
わずかな時間に訪れた大きな変化から、池星輝は目を離せない。
その人はおもむろにシャツの中に手を入れた。手を引くと何枚ものタオルがシャツから溢れ出た。タオルを抜いたその人の腰は細く、くびれていた。
最後にその人はすっと口紅を塗った。
先ほどまで生き写しかというほど自分に似た人が立っていた場所にはもう、ショートヘアの女性がいるだけとなっていた。
観客席に向けて手を振りながらも池星輝の視線はその人だけに注がれていた。
視線を受けたその人は控えめに、けれどとても楽しそうに笑った。
ささやかないたずらを成功させた子供のように。
幕が池星輝の顔を隠す寸前、その人は小さく手を振った。
思わず手を伸ばそうとするが、幕に視線を遮られてしまった。
「あれは、誰だったんだろう」
ライブが終わった後。池星輝はトイレの個室に引っ込んで呟いた。
答える人はいない。答えられる人もいない。
スタッフにその人の特徴を教えて見かけたら声をかけるよう頼んでおいたが、そんな人は見つからなかったという。
「……まさか」
そこから先は言葉にならなかった。
「あー、楽しかった」
ライブが終わり、幕が閉じたあと、佳織はすぐに現場を離脱していた。
男物の服に今の顔だと浮いてしまうので男性用のウィッグを被っている。今度は体形が浮いてしまうが、そこは上着が隠してくれる。
この半年、承認欲求は大いに満たされた。
隠し事をする楽しさも味わった。
だが、人の心とは不思議なもので、完璧に隠せていることにさびしさも感じていた。
誰かと秘密を共有したくなった。
だから自分が変わるきっかけとなった池星輝の前で男装を解いた。
押しつけの告白みたいな共有だが、驚いた顔を見れて面白かった。
目指した本人である池星輝と再び対面したことでまた、認識が変わった。
佳織は池星輝みたいになりたかった。
池星輝になりたいわけではなかった。
告白することでそのことがわかった。
「さあ、次はどうしようかな?」
街を歩く少年とも少女とも青年とも女性とも言い難いその人の正体を、本人以外誰も知らない。
実のところ、つついてみれば簡単にわかるような正体なのだけれど。
半年間の話として、厄介なお姉ちゃんの話とか、クラスメイトの話とか、いじめっこざまあの話とかありますが冗長になるのでスルー。気が向いたら書き足すかもです。




