第十九歯 楊さんとイケナイ空の旅
三人の補習から約1ヶ月前。
楊と入鹿を乗せた虎は空を駆けていた。
「はぁん...」
楊の唇から紫色の吐息がもれる。
一緒に唇からこぼれた煙が風に吹かれて消えていった。
厚い唇が、もう一度煙管を柔らかく咥える。
「楊さん。考え事ですか?」
楊と背中合わせで座っていた入鹿が尋ねた。
二人が乗っているのは大きな虎だ。
光のあたり具合で水色に見える、不思議な毛並みの虎が入鹿のツクモだった。
「あらぁん、大丈夫よぉ。」
「無理しないで。楊さんのお話を聞くこと、僕は好きですよ」
後ろを向いているはずなのに、にっこり微笑んだのがわかる。入鹿の声色は相変わらず優しい。
楊は煙管の火を消し身体をねじると、入鹿の腰に手を回し、その背中に頬をつけた。
「大丈夫よぉ」
「ふふ、楊さんは嘘が下手だなぁ」
入鹿が行き先を指で示すと、虎が頷いて方向をかえた。
風を切る音が聞こえる。
しばしの沈黙のあと、楊が口を開いた。
「時々ねぇ......苦しくなるの。
私のことを、あんなに愛してくれた男は居ないのよ。
私もあのひとを幸せにすることが、私の幸せなの。」
楊の着物の袖から白い蛇が現れ、楊の胸元をのぼる。
「幸せなの。でも、時々狂おしいほど求めてしまうのよ。
なにもかも、めちゃめちゃになっても構わないから、あのひとの愛に身を投げてしまいたいって」
蛇は小さな口をあけ、楊の首元に噛みついた。鎖骨に小さな血の筋が流れ、楊が目を閉じると蛇は消えた。
「でもね、それはできないのよん。
あの人を、壊してしまうことになるからねぇん。」
「楊さんは、どうなるんですか?」
「私も、堕ちてしまうわねぇん」
「それは嫌ですね」
入鹿は楊の手をとって振り向くと、優しく楊の頬に触れた。
楊の濡れた瞳が美しい、と入鹿は思った。
「楊さんのツクモは、本当に綺麗ですよ」
「ふふ、地を這う蛇だもの。
契約に苦労はしなかったわ」
「最初から、蛇だったのですか?」
「えぇ」
「魔法はいつから?」
「前の遊郭にいたとき、お客さんから教えてもらったのん。」
「それからは、独学ですか」
「たくさん本を読んだのよぉ」
「ツクモも、ご自分で?」
「あぁん、欲しがるわねぇ、入鹿ちゃん」
「楊さんに僕はいつも興味しんしんですからね」
クスクス、と入鹿が笑う。
人がツクモを得られるとき、それは良くも悪くも人の精神が極限に達したときにほかならない。
大抵はとんでもない話がつきものだから、話したがらない魔法使いが多いのが、ツクモとのなれ初めなのだ。
い、け、な、い、こ
と楊は入鹿の耳元で囁いた。
「入鹿ちゃんは、知ってるかしらぁん?
ツクモの正体」
入鹿はこほん、と咳払いをすると、教室で生徒たちに諭すような口調で答えた。
「『魔法という名のエネルギー=心の波動が、粒子の結び付き、すなわち物体の生成を可能とするまで高まった状態。
それが恒常的に保たれるエネルギー量に達したとき、時限性のない魔法生成物として現れるのが、ツクモである。
従ってツクモ自体に心は無い。何故ならツクモは持ち主のエネルギー=心そのものだからである。
なお、一度、一定量に達したエネルギーがその後減少せずに形を留めつづけられる理由については解明されていない。
一度生成されたツクモは生成者の生死に関わらず存在し続けるとされ、一定の条件を満たした別の者の前に現れる。
ツクモと主従契約を交わした者は、ツクモに一定の魔力を供給する代わり自在にツクモを操る権利を得る。
なお、上記の『条件』は現在解明中である。ツクモの生成者との血縁関係を有するケースが多く報告されている』
.....と、魔法原理教本の135ページにはかいてありますね。」
なんて説明じゃ、よくわかりませんよね、と笑う。
「うぅん」
楊は、のったりと身体を起こすと、細い指先を入鹿の口にあてた。
「簡単なのよん。
ツクモはね、何に変えてもこの女が欲しい。誰を犠牲にしてもこの男を護りたい。
その、 狂おしくて、儚くて、美しい欲望の塊なのよん。」
「ほう」
「だからツクモは、お子ちゃまには持てないのん。」
「なるほど」
「だからツクモは、消えないの。
本当に愛したら、その跡はけして消えないでしょう。」
「........」
だから入鹿ちゃんにも、と楊が言いかけたとき
がぉおぉ、と虎が鳴いた。
目的地に着いたのだ。
虎は見えない階段をかけ降りるように、高度を下げていく。
「つづきは、この下で?」
「そうねぇん。二人だけで、ゆっくり、教えてあげるわぁん。」
「お手柔らかに」
「ふふふ」
「僕がここに連れてこられた理由も、そろそろ教えて貰わないとな」
「あらぁん。SPITZの情報収集だ、ってジョニちゃんがいってたじゃない」
「えぇ」
入鹿は微笑んで、二人はそこから何も言わなかった。
敵地に入ってのスパイ活動は、楊の十八番だ。美しい見た目に反し、維持軍の創立期から関わってきた長い経験値を持つ楊。
そこに、維持軍では比較的若手の入鹿が「護衛」としてつけられた。
何かの意図があった。
徐々に大きくなっていく街並みを指差し、楊が言った。
「私が育ったのは、ちょうどあのあたりなのよん」
その先には、人気のない長屋が連なる一帯があった。
火の消えた赤い提灯がけだるそうにぶらさがっており、昼下がりというのに眠気眼をこすりながら男が歩いている。
砂と香水と人の体液が入り交じる、独特の臭いが漂う。
入鹿の虎が顔をしかめ、唸った。
蛍たちはおいておいて(すまん)なんか唐突に楊さんが書きたくなって。笑
入鹿に昔の女疑惑?
ここから楊さんの過去編(金じい大活躍/平和維持軍設立の話)にいってもいいし、実は遊郭の地下に涼風がつかまっててもいいし。
あとはゆのすけ次第☆
じつは
ぜんぶ書いてから「しまった入鹿は審査員中で空の旅してる暇じゃなかった」と気付いた。
しかし、
なんなら、これを1ヶ月前ってことにして
1ヶ月前に、二人が涼風がつかまっているのを見つけていたから、ジョニーたち(実際には楊とイチ)はあの日蛍を助けにいけた.....、という内情につなげてもいいやん、と。笑
そのままにしました。
※銀戌にキャストチェンジしようかとおもったけど、
雰囲気ぶちこわしになったからやめた。




