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とある星物語 Returns   作者: さゆのすけ
21/35

第二十歯 ばあさんキラー

楊はおもむろにしゃがみ込んで、「お行き」と優しく呟いた。

彼女の裾から、小さな蛇の影が四方八方に散る。


じっと動かない楊に、男が怪訝な顔をして番屋から出てきた。


楊が甘美な声で、「ねぇ?」とイルカに呼びかける。


「どうかしましたか?」


楊の様子がおかしい。

振り返った彼女の、妖艶な眼差しにドキッとする。


「少し、休んでもいいかしらん?」


襟元をそっと崩して、楊はイルカの腕を抱き寄せた。


「ちょっとだけ…ねえ?」


楊が長い睫毛を伏せて、長屋に視線を送る。

彼女の細い指先が、イルカの首筋をなぞる。


「ふふ、綺麗ねぇ…めちゃめちゃにしてあ、げ、る」


イルカの耳元で、楊が言葉に吐息を含ませる。

柔らかい唇が耳に触れた。

「お手柔らかに」とイルカが微笑む。

楊は番屋の男を振り返り、、顔を覆うようにして髪をかきあげた。


「この辺りに、お茶屋はあるかしらん?」

「ええ、長屋の奥に」


視線の先で、「テ・アモ」と書かれた暖簾が揺れている。


男に礼を告げて、ふたりは寂れた茶屋に足を運んだ。


☆ ☆ ☆


「はぁん。イチ君なら、全力で戸惑ってくれるのに…かわいいお顔を真っ赤にして」

「おやおや。ご期待に添えなかったようですね」


楊がふふっと笑う。


暖簾を括るなり、ふたりは2階に通された。

臭いは強くなり、空気はますます淀む。

部屋には入らず、楊は廊下の壁を探っている。

カチッと音がして、壁がくるりと回転した。

下に伸びる階段が、暗がりの向こうに続いている。


「隠し扉ですか。魔法は使われていないようですが」

「この地域では、魔法は欲病と呼ばれているの。欲が蔓延しているから、魔法に呑まれて命を落とす人間が多いのよん。みんな、魔法を嫌悪しているわぁん」

「……」


イルカの笑顔が翳る。


「隠し扉はひとつだけですか?」

「いくつもあるわぁん。長屋は、隠し通路でひとつに繋がっているの。ただ、連れ込み茶屋テ・アモの隠し扉は特別」

「あはは、それは楽しみですね」


ふたりは指先に光を灯して、ひとひとりがやっと通れるくらいの階段を、ゆっくりと下った。


暗闇をずっと進んでいくと、「ボス」と達筆で書かれた扉に辿りついた。

ドアノブを回すと光が溢れて、思わず目を細める。


部屋は散らかり放題で、得たいの知れない品々が並んでいる。


壺から溢れる金銀に紛れるのは、人魚の鱗か。

大きな水槽にぷかぷかと浮いているのは、巨人の目玉だろう。


継ぎはぎのぬいぐるみが、縫い目を裂きあっている。

そのすぐ隣で、裂かれたぬいぐるみが互いをぐちゃぐちゃに縫いあわせている。


そのすぐ隣で、頭がふたつになったぬいぐるみと、顔がボタンで覆われたぬいぐるみが、ぶつかるなり互いを裂き始めた。


若い女がひとり、つまらなそうに煙草をふかして、綿が舞うのを眺めている。

彼女は手頃なぬいぐるみを握ると、火鉢に投げ入れて、真っ赤な唇を愉快に歪ませた。


「お久しぶりです。オオババ様」


楊が笑いかけると、女はふんっと鼻を鳴らした。


「下手な小芝居してまで、なにしにきたんだい?」

「あらん?ご存知でしたの?」

「バカにしてるのかい」

「いいえ。オオババ様、芝居でもしないと、会ってくれないでしょう?」

「あんたの頭は、お花畑になっちまったのかい?あんたはこのオオババの、一点の恥だよ。殺したくて、うずうずしていたさ」

「まあ!オオババ様が褒めくださるのは、初めてかしらん?嬉しいわぁん」

「ハッ!生け簀かないね。あの男にそっくりだ」

バンッ!と叩きつけたオオババの右手は、彼女のツクモらしきカメレオンを押し潰した。

オオババは深呼吸をするように、煙草を深く吸い込んだ。

鼻から煙を吐ききると、彼女はカメレオンの背にぐりぐりと煙草を押しあてる。

「ギャッ!」と悲鳴がして、煙草の火が消えると、カメレオンはゆらゆらと消えていった。


楊が頬に手を添えて、悩ましげに首をかしげる。

「ツクモはもっと大切になさらないと…ご自身を粗末になさるところも、お変わりないようねぇ」

「ふん、やかましいね。余計な世話だよ」


オオババは新しい煙草をくわえると、じろじろとイルカの品定めを始めた。


「そいつぁ、なんだい?」

「御守りかしらん?ふふ、非売品よん」


オオババが舌打ちする。


「楊さん、あの子は?」

「あの子だあ?小僧が!あたしゃ、齢2000年だよ」


オオババは乱雑な机に、乱暴に足を置いた。


「これは失礼。お若いですね」

「お黙り。客でなけりゃ、売り物でもないんだ。さっさと帰りな」

「オオババ様、お手を貸して頂けないかしらん?人探しをしているの」

「どの面下げて言うかね?あんた達、帰らないなら殺しちまうよ」


「どうせ、あんたは1度死んでるんだ」とオオババは肩を震わせた。


「僕を護衛に選んだ理由は、彼女ですか」

「ご明察」


イルカの肩に手を添えて、楊が耳打ちする。


「ガルディ王国で謀反があったでしょう?謀反人は、次期国王の第一王子」

「第二王子は殺害され、末の姫君は行方不明と聞いています」

「それが…第二王子は生きているって、噂になっているのよん。ガルディ国内では、一部の民衆が第二王子を真王に掲げて、徒党を組んでいるわぁん。オオババ様の耳は早いから、なにか知っているはず」

「聞きだして…できることなら、今後の協力も仰ぎたい、と」


「なにをこそこそしてるんだい?」と、オオババが苛立ちを露にする。


「ジョニーさんではないですが…歯が折れそうだ」イルカはやれやれとため息を吐いた。


☆ ☆ ☆


―2時間後。


ガリヴァーノンは「ボス」と書かれた扉を開いた。

オオババがうんざりした顔で振り返る。


「最近の若いのは、礼儀も知らないのかい。ノックをしな」

「ノックをしたら、入れないでしょう?」

「ノックがなくたって、入れるつもりはないよ。店じまいだ。さっさと帰りな」

「あはは、手ぶらでは帰れませんよ」

「知ったこっちゃないね」


オオババが落とした煙草の灰を、カメレオンがパクリと食べる。

使われていない灰皿の隣で、インクの切れた羽ペンが忙しく何かを書き続けている。鳥籠に捕らわれているのはなにかの手首だ。

額に飾られた絵の中で、男が拷問を受け続けている。

本棚には読める字が見当たらない。


ガリヴァーノンは部屋をぐるっと見渡して、クスッと笑った。


「先客がふたりですか。通りで機嫌が悪い」

「相変わらず、気味の悪い男だね。ガリヴァーノン。あたしはどうも、あんたが苦手だよ」

「オオババ様らしからぬお言葉ですね。もしかして、褒めてます?」

「どうだかね。あんたに任せるよ」


足元のぬいぐるみを蹴散らして、オオババはため息を吐いた。


「帰らないなら、さっさと用件を言いな」

「人探しをお願いしたく」

「誰だい?」

「ガルディの第二王子」


「死んだんじゃないのかい?」

「生きていますよ。生き返ったのかも」


ガリヴァーノンがおどけてみせる。


「ふん、笑えないね。あんた、マジシャンは諦めな」

「あはは…厳しい」

「あんたの依頼のほうが、よっぽど厳しいさ。死人を探すんだ。お代は弾むよ」

「助かります」


ピーピーと鳴き声がして、ガリヴァーノンの後ろから小さな龍が飛びだす。

龍はなにかを探すように、ぐるぐると飛び回っている。


「なんだい、うるさいね」

「どうも部屋に入ってから、ツクモの落ちつきがないようで」

「殺しちまいな」


オオババの言葉に、ガリヴァーノンの背から少年が顔を覗かせる。

少年が襟元を広げてやると、龍は慌てて彼の服に逃げ込んだ。

ガリヴァーノンは少年に手を添えると、背中にそっと隠した。


「あんた、おもしろいのを連れてるね」

「ツクモなら、オオババ様もお持ちでしょう?」

「知ったこと聞くんじゃないよ。あたしがツクモなんざ、興味を持つと思うかい?」


オオババが煙草の火を消して、にやりと笑う。


「お代はガキだよ」

「これは預かり物でして、お渡しはできません」

「なら、諦めな」


オオババが、包帯でぐるぐると覆われたガリヴァーノンの目をじっと見つめる。

先に沈黙を破ったのは、オオババのほうだった。


「ふん、今日はつまらない客ばかりだね。いいだろう、探してやる。金は置いていきな」

「ありがとうございます。ああ、それと」

「まだ何かあるのかい?」

「先客の依頼は引き受けました?」


オオババの煙草を運ぶ手が止まる。

彼女は「教えると思うかい?」とガリヴァーノンを睨んだ。


「まったく本当に気味が悪いよ。その目で、なにを見ているんだい?」


「ネタばらしなんて、つまらないことはしませんよ」とガリヴァーノンが笑う。


「ふん、まあいい。あたしの客だ。殺すんじゃないよ」

「あはは、まさか!」


ガリヴァーノンは革袋を投げて寄越すと、「挨拶くらいはしておきますか」と言い残して、鼻歌を歌いながら部屋を後にした。


☆ ☆ ☆


「あんた、友達が多いようには見えないがね」

静けさが戻ると、オオババは天井を仰いだ。

ガタガタと板がずれて、埃が落ちる。


「バカッ!埃を落とすんじゃないよ」

「だったら、掃除しとけよ」


水色の短髪についた埃を払い、仏頂面の青年がひょいっと顔を出した。

オオババが豪快に笑う。


「涼風、仕事だよ。掃除しな」

「っ?!」


下に降りようとぶら下がった涼風が、しまったと後悔の色を顔に浮かべる。

思わず手をすべらせて、彼は大きな音と共に落下した。


「ってぇ」

「口答えするからだよ」とオオババはゲラゲラと笑った。


「バレないもんだな」と涼風は、さっきまで隠れていた天井裏を見上げた。


「バカ言え。あたしの魔法がなきゃ、あんたは今頃、ガリヴァーノンの餌食だよ」

「ばーさん、すげえな」

「バカにするんじゃないよ。何年生きてると思ってるんだい?」

「2000年」

「はん、知らないよ」

「知らねえのかよ」

「ミイラになりゃ、1も100も変わらないからね。2000年から先は、数えちゃいないよ」


「歳も姿もでたらめだな」と涼風は苦笑した。


「年を取るのに飽きちまったから、若返ることにしたのさ。どうだい?」


艶のある髪をかきあげて、真っ赤な唇から白い歯を覗かせる。

ポーズを決めると、スラッと長い手足が強調された。


「ああ、すげえ」


美人と言いかけて、涼風は言葉を飲み込んだ。

オオババのニヤニヤした顔が、癇にさわる。


「…ババアとは思えん」

「なんだい、そりゃ」


オオババは呆れた顔をして、ソファーに背を預けた。


「まさか川で拾った肉の塊が、金になるとは思わなかったよ」


オオババは「ほら、あんたのだ」と言って、涼風に革袋を投げた。


「いいのか?」

「あんたは、あたしのお気に入りだからね。あたしゃ、あんたのような生にしがみつく奴が好きだよ」

「そうか」

「それに…ガリヴァーノンが持ってきた金は、どうも呪われそうでね」

「お気に入りに、呪われた金なんか渡さねえだろ」


オオババがクククッと笑うと、涼風は困ったふうに頭をかいた。



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