第33話 生と死(クレア視点)
たまたま時間があったので投稿しました。今までより少し長いです。
「俺はあいつを追う。三人はヴァイス・トイフェルを!」
「で……でも」
そんなの難しい、私が言おうとした時にはデュークは走り去っていた。取り残されたのは私とアークとミリーネの三人だけ。三人でしかも学生なのにヴァイス・トイフェルを倒さなければならないなんて!
でも、ただ餌食にされてしまうくらいなら、戦ったほうがいいのかもしれない。いや、戦うべきなんだ。
「ど、どうしようあたし達だけでなんて難しいよ……」
「落ち着けミリーネ、二手に分かれよう。そしたら僕が囮になるからその間に君の槍で殺すんだ」
「駄目!私が囮になる」
その時、ヴァイス・トイフェルが私達に襲いかかった。危険を察知し、二手に分かれる。助かったけど、このままじゃ……。
「仕方ないな、その作戦でいこう!」
ミリーネが槍を掲げる。たしかにそれ以外、今は無いかも。
「その槍効くの?」
「大丈夫、摩擦熱が発生しやすい物質でできている武器だから」
部屋は暗くてヴァイス・トイフェルが微しか見えない。いつやられてもおかしくない。緊迫した空気、一歩間違えたらあの世へ行くかもしれない緊張感、怖くて足が動かない。でも、動かないと……戦わないと!
「私も囮になる。アークが薪を持ってたから二人で倒して……!」
私はヴァイス・トイフェルに向かって走った。敢えて敵の目の前に出る。
「こっちだよー、こっちこっち」
すかさず相手が私に噛み付こうとする。間一髪で避けることができた。これは、いつまで避けきれるかが勝負だ。ヴァイス・トイフェルは私を追いかけはじめた。私は部屋の外側を反時計回りで走る。これを鬼ごっこだと思えば良いのだ。そうすれば、怖さもなくなるはず……。大丈夫、相手が巨大だと思えばいい。
シュー……シュー……
聞こえる、鬼の息づかいが……。次に攻撃がくるのは右?左?……どっち…。
「クレア危ない!」
ミリーネの叫び声、真正面だ!かろうじて右に避けた。けれど私が避けたときヴァイス・トイフェルの体にぶつかった。頭が私を囲むように回る。しまった……逃げ道ががない。
シュー……シュー…シュー………
どうしよう、このままじゃ……。絶望的な状況、どんどんと周りの空気が冷たくなってくる。床が凍り始めた。どうしよう、どうしよう、どうしよう……!
「こっちだ!」
その時、アークがヴァイス・トイフェルのサークルの中に入り、松明を相手に向けた。
「もう大丈夫だクレア!あとはミリーネが……」
よく見るとヴァイス・トイフェルの後ろでミリーネがゆっくりと階段を登り、相手の出方を伺っていた。 上から一気に槍で切り裂くつもりなんだ。ゆっくり、ゆっくりと。
(少しの間でもいい。相手の気をそらせれば)
寒い、凍え死んでしまいそうだ。それでもヴァイス・トイフェルは休まず白い霧を吐き続ける。暗闇の上に霧も濃くなってきてこっちが不利になってきた。
「そうだ、獲物はここにいるぞ。来い!」
アークが挑発をする。松明の火はパチパチと音がしながら真っ赤に燃えている。ヴァイス・トイフェルは松明を恐れているのかなかなか襲ってこなかった。
(よし。そのまま、あと少し)
ミリーネは木でできた階段を一段一段、気付かれないように上がっていく。音は相手には聞こえてないようだ。
(もう少しで……もう少し……)
その時、ヴァイス・トイフェルが口を開けて襲いかかってきた。松明を避けるように私を狙ってーー。アークがそれを察知し、松明を私に向けた。ヴァイス・トイフェルの方もかろうじて松明から離れた。私はアークの後ろにまわり、再び襲ってこないようにする。
シュー……シュー…………
気付けばミリーネが階段を上がりきり、丁度ヴァイス・トイフェルの真後ろにくるように立っていた。敵を切り裂くように槍を構える。
(今よ!ミリーネ!)
「っ……!」
私が心の中で叫んだと同時にミリーネは一気に飛び降りた。ヴァイス・トイフェルは気付かない。いける!これなら!
そう思ったのも、つかの間だった。ヴァイス・トイフェルは突如、私達から退いたのである。ミリーネが持っていた槍は空を切り、そのまま、どうすることもできず……落ちた。
ドサッ……
「い……痛い」
ミリーネは無事のようだが、彼女もヴァイス・トイフェルのサークルに入ってしまった。もう打つ手はないし、逃げ場も失った。
相手はミリーネに焦点を当てている!
「だめ……だめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
体が勝手に動いた。嫌だ、もうこれ以上、私の周りにいる人を死なせたくない!これ以上、悲しい思いをしたくない!これ以上……
私はミリーネの体を掴み、奥へと押し倒す。その直後にヴァイス・トイフェルの牙が襲いかかってきた。落ちた槍を一口で飲み込み、バキッ、と音がする。
「今だ!」
アークの声が聞こえた。見ると、彼が持っている松明をヴァイス・トイフェルの体に当てていた。焦げ臭い匂いがしながら、燃えている。
「チギャャャャャャャャャャャッッッッ!!」
悲鳴に近い鳴き声。腐乱臭の霧を吐き出して必死の抵抗をしているが、それも虚しく、しばらくの間痙攣をして……縮んで動かなくなった。私達は、それを呆然と見ているしかなかった。
「やった……倒した……」
ミリーネがそう呟く。アークが今は無残な死体を飛び越えて私達のもとにやってきた。
「倒したんだよね……」
「うん、君のお陰だよ」
「え……わ、私は特に……何も…」
アークが首を振り、私に向かって微笑みながら言った。
「そんなことない。君がミリーネを助けなければ、ヴァイス・トイフェルの隙を作れないままミリーネは殺されていた。君が彼女を救ったんだよ」
自分の顔が赤くなっているのを感じる。そんなこと、全然考えてなかった。ただ、ミリーネが死んでほしくないと思って……。
「そうだよクレア。今だから聞けるけど、どうしてあんな無茶をしたの?一歩間違えれば死んでもおかしくないのに」
……すると、不思議と涙が出てきた。涙を止めようにも止まらない。これは、嬉しさもあり、悲しさもある涙だ。ミリーネを救えた涙と……。
「……嫌、これ以上私の周りにいる人は死んでほしくない。つらい思いをこれ以上したくない……!」
「……」
二人は黙って私を見つめていた。忘れられない、忘れることができないあの思い。兄が死に、リックまでもが私から離れていった。つらくて、つらくて、息もできないくらいに苦しんでしまう。二度とこんな悲劇を繰り返したくなかった。
だから、私は対白魔騎士団に入った。 皆を守りたい、強くなりたい、そしてもう一つ理由がある。それは……。
「それより、デュークを追いかけないと、カルロス先生を捕まえなきゃ」
「そうだね。クレア、立てる?」
「うん。ありがとうアーク」
私は立ち上がり、暗い通路へと戻っていく。ドームの部屋は炎に包まれたヴァイス・トイフェルで不気味に輝いている。光さえ見えなくなり、見えるのは闇、闇、闇。それでもこの先には再び光が必ずある。
待っててデューク、今向かうから!




