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「最近のロージオン様の御髪の美しさと言ったら、ため息が出てしまいます」
「本当になんて美しい御髪なのかしら」
美々の耳にそんな会話が入ってくる。
今日も今日とて薬師塔へ出勤するのだが、先日から始めたロージオン殿下の髪の手入れは好評のようだ。
なんだかくすぐったい気がして美々は少し照れて耳を赤く染めていると、今日も護衛のイオトとセスタがそれを目ざとく見つける。
「ミミさんが魔法を使ったとしか思えないとソムロス様が仰ってましたよ。ロージオン様の髪が光り輝くようだと」
「セスタさん。からかわないでください」
「いえいえ、からかって等おりませんとも。事実です」
「イオトさん!」
「殿下です」
イオトに言われて前を向くとロージオンが薬師塔の方からこちらに歩いてくるところだった。
他の女官や兵と同じように三人も端により頭を下げる。
「ミミ、君のおかげで私の髪の評判がうなぎのぼりのようだ。ソムロスが毎朝、髪を梳かしながら、うっとりと見てくるので些か気持ち悪いよ。君は今から勤務かな。」
「はい。ロージオン様」とミミが畏まったままに頷く。
「ハツハから素晴らしい人材だと聞いて私も鼻が高いよ。で、今日はハツハに話をつけたから、昼間に上がってきて昼食をとりながら、そろそろ一ヶ月経つことだし、今後の方針を決めようか」
「はい。かしこまりました」
「では、がんばっておいで」
ロージオンは美々の頭を一撫でして、その場から去っていった。
ロージオンが完全に立ち去った後、美々は不安そうにイオトとセスタに告げた。
「……イオトさん」
「なんでしょう」
「殿下との昼食に遅れないように、私を連れ戻してください」
「美々さん、集中しすぎにも程があると思います。ですが、遅れては事なので、実験途中だろうが、引きずってでもお連れします」
「よろしくお願いします」
セスタはこの残念なところさえなければなと心で呟いて、口からは「まかせてください」と遅刻しそうな美々を薬師塔へと急がせた。
「ミミ、仕事には慣れたかな?」
ロージオンは給仕された皿を前にミミに聞いた。
「えぇ、ロージオン様。大変充実した日々を送らせていただいております」
「君の活躍はハツハから聞いている。ハツハから良い人材をありがとうございますって言われたよ」と優雅に取り分けながら口に運ぶ。
昼食をまったり取りながらの打ち合わせ。イオトが時間に間に合うように美々を仕事から上がらせ、支度できるように部屋に戻らせてから今日の担当のベラが服装を整えギリギリ間に合った。
ロージオンは切り分けるのに一生懸命になっている美々を小動物のようだと微笑ましげに思う。マナーは間違っていないのだが、動きが妙に細々としていて可愛らしい。
アビゲイルを始め、ソムロスやイグノス、護衛のイオト、セスタ、ファゼル。そして女官のベラとシュレイナ。美々の普段を囲む人物らからの報告は評判がいい。
「不満はないかい?」
「不満ですか? あったら罰が当たるような良い生活です」
「それは良かった。こちらで君を望んだ願いをリスト化したんだが、ソムロス」
壁際に控えていたソムロスが書類を持って美々のもとへ行き渡す。
「……これをチャレンジしていくんですか?」
「いや、まだそれをもう少し精査してからになると思う」
何枚も連なっていたそれを捲っていた手が止まる。美々ができそうなモノは捲ってきた範囲ではなさそうだった。
「そうですよね。井戸掘りとか資料室の整理とか……」
「私もなぜそんなものが入っているのか不思議に思うよ」
異世界から呼び出すに足らない願いもリストに入っていて、美々はこめかみを、ロージオンは眉間を揉む。しばらく二人の間に沈黙と食器をかする音が行きかう。
「とりあえずは薬師塔での仕事を続けて欲しい」
「はい」
「では、私は執務に戻るからゆっくり食べていてくれ」
「え! ロージオン様食べるの早いですよ。だめですよ。ゆっくり食べないと」
いつの間にか食事を終えたロージオンが席を立ち、続きの部屋へ行く扉へと向かっている。
美々は驚きと共にフォークに刺した肉をモギュモギュと口の中に押し込んだ。
(そろそろ癖が出てくるんだけど、大丈夫かな)
美々は自分が知る範囲の城内図を頭に描いた。
モギュモギュ、ごっく……やべ、喉につっかえた。
ミミ様!お水お水!