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視界に入るなと言われた闇魔法使いの花嫁は、隠れて瘴気を浄化した結果、改心した辺境伯から溺愛される  作者: 水路


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1.身代わりの花嫁


「一年で離縁する。それまでは領に置いてやるが、一年経ったら出て行け。領にいる間は絶対に俺の視界に入るな、お前の不吉な黒い髪など二度と見たくない」


 怒りで氷の魔力が漏れ出す、つい今しがた夫となったフレドリック様から告げられる非情な言葉。

 聖堂という神聖な場だというのに、フレドリック様の手は腰の剣へと伸ばされようとしている。

 やはり最初から無理があったのだ、この結婚は。ベールの下で私は震えながら思った。


◇◇◇


「結婚、ですか?」

「そうだ。可愛いアンジェリカの身代わりとして、お前が北の辺境伯へと嫁ぐのだ」


 普段は足を踏み入れることを許されていない本邸へ珍しく呼ばれた私は、父であるグラナデス伯爵からそう言われた。


「大規模なスタンピードを鎮圧した報償にと、北の辺境伯がアンジェリカとの婚姻を望んできたのだ。人間より魔獣の方が多い、枯れた大地の若造が高望みしおって」

 

 父はそう吐き捨てると、ソファーに座る姉を見た。

 ふわりと波打つ金色の髪。長い睫毛に縁取られた神秘的な翡翠色の瞳。輝く美貌を持つアンジェリカお姉様。

 金色の髪は稀少な光魔法を持つ証。光魔法は穢れを払う聖なる魔法。光の魔法使いであるお姉様は、夜会できらびやかな光魔法を披露しては人々の注目を集めている。きっとその時に、北の辺境伯に見初められたのだろう。


「わたくし、辺境に嫁ぐなんて嫌ですわ!」


 形の良い小ぶりの口から出される鈴のような可愛らしい声。姉は声までもが魅力的だ。


「北の辺境は未開の恐ろしい土地と聞きますわ。辺境伯のフレドリック様も、冷酷無慈悲な恐ろしい方だというではないですか。わたくし、そのような方の所へ嫁ぐなんて絶対嫌ですわ!」


 翡翠色の大きな瞳からホロホロと涙がこぼれ落ちる。長年側で見てきたので、私にはこれが嘘泣きだと分かる。そして周囲がこの涙にコロリと騙されることも。


「そうだとも、こんなにも可愛いアンジェリカを、そんな危険な男の元へ嫁がせるわけにはいかぬ。だからサラ、お前が代わりに辺境へと嫁ぐのだ」


 涙を流す姉を父が優しく抱きしめる。なんて素敵な親子愛。そんな危険な男の元へ私を嫁がせるのは問題ないのだろうか? 問題ないのだろう。なぜなら、こんな時のために私はこの家に置いておかれたのだから。


 黒髪に灰色の瞳のグラナデス家の次女、それが私。

 この世界では髪には魔力が通っていて、誰もが魔力を表す髪色をしている。魔力が通った髪は染めることができず、外見からどの属性の魔力持ちなのかがすぐに分かる。火の魔力を持つ者は赤い髪、水の魔力を持つ者は青い髪という風に、それぞれの魔力の特性を表す髪色をしている。

 我がグラナデス家は、父は赤髪で火の魔力、母は銀髪で風の魔力、姉は金髪で光の聖なる魔力をそれぞれ持っている。

 

 私は黒髪で、闇の魔力の持ち主だ。

 闇の魔力は死を司るとされている。黒髪の闇魔法使いは、瘴気を操り人々に呪いを掛ける恐ろしい存在として、この国では昔から忌み嫌われてきた。

 そんな闇の魔力を表す真っ黒な髪で産まれてきた私を見て、母は気を失った。父は処分することも考えたようだが、いつか使える日が来るかもしれないと生かしておかれた。両親からは名前も付けてもらえず、産まれてすぐに離れに隔離された。サラという名前は、産婆が知り合いの祈祷師からもらってきてくれた。

 

 半地下の日の当たらない狭い部屋。日に一度だけ与えられる食事は、カチコチの固いパンと実の少ないスープ。飢えをしのぐためだけの最低限の食事と、日の当たらない部屋での生活。

 そんな生活が続いたのだ。年頃になったものの、若い娘らしい溌剌さの欠片もない、ガリガリに痩せ細った青白い娘へと成長した。

 表向きは病弱な娘とされた私は、学校に通うことも、社交に出ることも許されず、薄暗い半地下で無為な日々を過ごしてきた。

 それがいきなり結婚とは、青天の霹靂だ。


「アンジェリカには第二王子を婿に迎える予定で、王家とも話を進めていたというのに、辺境の若造が報奨にと望んできたものだから、王家も困っておるのだ」


 なるほど、この身代わりの結婚は王家もグルなのだ。王家との結びつきが欲しいお父様と、稀少な光魔法の使い手を取り込むことで、国民からの支持を集めたい王家の思惑が一致したのだろう。


 お姉様を辺境に嫁がせるわけにはいかないけれど、大規模スタンピードの鎮圧という目覚ましい功績を上げた北の辺境伯に報奨は出さねばならない。


「そこでお前の出番だ。王家から出された書類には、グラナデス家の娘を報奨として嫁がせるとしか書かれていない。お前は一年間、妻として辺境に居座れ。その間に第二王子とアンジェリカの婚姻話を進める。婚姻さえ結んでしまえば、辺境伯も手出しはできぬだろう」


 酷い話だ。大規模スタンピードの鎮圧には多くの犠牲が出ただろう。そんな命がけで成し遂げた功績への報奨が、身代わりの花嫁とは。

 いや、輝く金色の髪の光の魔法使いのお姉様と、黒髪の闇魔法使いの私とでは不釣り合いすぎる。なのに、それが通ると思っているのだ。王家もお父様も辺境伯を馬鹿にしている。


 けれども私に拒否権はない。こういう日のために生かされてきたのだから。


「一年、妻として居座った後、私はどうなるのでしょうか?」

「お前のその後のことなど知ったことではない、行き倒れるなり野垂れ死ぬなり好きにするが良い」


 聞いたところで優しい言葉が返ってくることは期待していなかったが、行き倒れか野垂れ死にの二択しかないのか。

 なんとか辺境伯に取り入って、一年経っても婚姻を継続してもらえないだろうか。というよりも、身代わりの花嫁が婚姻を無事に結ぶことができるのだろうか? そんな不安を抱えながら、私の嫁入りは進んでいった。


◇◇◇


 従者に連れられ、身代わりの花嫁として北の辺境へと向かう。冬も終わり近いというのに、辺境は雪に閉ざされていた。凍える寒さの中、雪原を抜け、農村を抜け、辺境の中心地へとやって来た。そこから更に馬を走らせ、ようやく要塞のような辺境伯の屋敷へと辿り着いた。


 家令に招き入れられた屋敷の中は、外の寒さとは打って変わって暖かかった。あいにく、現当主であるフレドリック様は、北の森へ魔獣討伐に出られており不在だった。家令には謝られたが、策士なお父様のことだ、フレドリック様と偽物の花嫁が会うのがギリギリになるタイミングで私を送り込んだに違いない。

 使用人たちは花嫁がやってくるとだけしか聞かされていなかったのか、黒髪の痩せ細った娘がやって来たことに困惑しているようだった。


 事前に考えていた案では、結婚式の前にフレドリック様と対面して、花嫁が代わったことを誠心誠意お詫びして、私の能力がいかに辺境でお役に立てるかをアピールするつもりだった。

 せめて家令には事情を説明しておきたかったけれど、お父様に指示されているのか、従者から辺境伯家の人と接触することを制限されてしまい叶わなかった。捨て駒である私が余計なことを伝えて、婚姻が破談にならないようにするためだろう。

 

 アピールしたかったな。

 私の持つ闇魔法は、この辺境の地と相性がいいはずだ。

 お姉様の持つ光魔法は、光で瘴気を浄化するが、闇魔法は瘴気を操ることができる。それに姉の魔力は弱い。王都の夜会で見せている光の魔法も、パフォーマンスが大部分で、実用性は極めて低い。キラキラエフェクトで凄い魔法のように見せているが、実際できるのは軽めの瘴気を払うぐらいだ。瘴気が蔓延する魔の森に近い辺境で、そんな魔法が一体何の役に立つというのか? 


 そこで私の闇魔法の出番だ。王都では腐ったスープから毒素を取り除くくらいしか使えなかった闇魔法だけど、辺境では違う。やったことはないけれど、瘴気が溜まる場所から瘴気を取り除いたり、魔獣の瘴気を取り払って倒すことができるはずだ。そして私は魔力量が多いと名付け親の祈祷師からお墨付きを貰っている。きっと辺境ではお姉様より役に立てると思う。


 いかに姉より私の能力がこの辺境で有用かをアピールして、フレドリック様に身代わりの花嫁である私を前向きに受け入れて欲しかったのに、置いて帰る気満々の従者に阻まれて、気がついたら結婚式当日になっていた。





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