第6話
苛立ちに声を荒げそうになったが、拳を強く握ることで堪えた。
私が今までどんな目に遭っていたのか、話したはずだ。クラリッサが帰ってきた途端、忘れてしまったのだろうか。いいや、それは違う。彼の優先度は全てクラリッサだ。私の話などどうでもいいのだろう。
胸がズキズキと痛んだが、昔ほど悲しくはなかった。泣きたい気持ちも、苦しい思いも超えて、本当にこの人は私のことなど最初からどうでも良いのだと思い至る。だからいつもなら謝罪していたが、意趣返ししてやろうと唇が開いた。
「王妃と宰相閣下からクラリッサ様の出迎えは不要と書簡が届きましたからですわ」
「だとしても、これでは周囲からの印象が悪くなるばかりです」
確かにここ3年で私の噂が少し下火になってきた。ウォルトが頑張ってくれたからだ。でもだからといって王妃と宰相閣下の忠告を無視したほうが後々面倒になる。それこそもうすぐこの国からいなくなるのなら、大人しくしたがっていたほうがいい。
(なによりあの光景を間近で見ろというの? 婚約者である私に!)
そう口にしようとしたけれど、自分の中にあるどす黒い感情を押し殺して微笑んだ。
「ご用件は……それだけなのでしょうか?」
「いえ、私は……っ」
大股で私のすぐ傍まで歩み寄り、片膝を突いて手を差し出した。
「今から話をする時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
「……」
ずるい。そうやって困った顔をするばかりで、アシュトン様が微笑むことなんてなかった。眉を下げて困った顔で口元を微かに緩める程度だった。
ああ、クラリッサと比較する自分が嫌だ。
それでも婚約者として扱ってくれることが嬉しくもあって、ちょっと優しくされただけで警戒を緩めてしまう。
(本当に惚れた弱みって厄介だわ)
「オレーリア様」
「……わかりました」
「それじゃあ、オレーリア。また学院で」
「ええ。また学院で」
空気を読んでウォルトは、そのまま離宮にある書庫に向かった。あそこにはまだまだ解読し切れていない魔導書がたくさんあるのだ。
ウォルトはその書物を読み解くことしか頭にない。それでも私がアシュトン様に付いていくかどうか決断するまで待っていてくれたのだ。トリスイオーラ国の王子なのに配慮がすごい。そんな人と友人になれて、それに関しては運がよかった。
(魔法塔に行っても仲良くしてもらいたいわ)
***
どうして今さら。
嬉しさよりも戸惑いや、困惑の気持ちが大きい。
エスコートといっても手を繋ぐなんてことは一度もなかった。それなのに今日に限って手を繋いで歩いている。
(手を繋いで歩く日が来るなんて……)
いつもなら飛び上がるほど嬉しくて、浮かれていたと思う。けれどクラリッサが戻ってきた今、私に向けられる眼差しは悪意と殺意ばかり。わざとそうさせるための自演なのだろうか。だとしたら勘弁してほしい。
両思いである二人を引き裂こうとしている悪女。今も手を繋いでいるのは、私が彼に無理を言ったからだと歪曲して噂として広がっていくのが容易に想像できる。噂を止めようと奔走していた頃もあったわね。
「…………無駄だったけど」
掴んでいる手はとても温かくて、何だか泣きそうだった。どうして婚約者の私が悪役にならないといけないのか。
それもこれも美しい金の髪ではなかったから?
灰色と銀髪じゃ雲泥の差?
ソリーナ側室の子どもではないから?
「オレーリア様。ウォルト殿下とはよく一緒におられるのですか?」
唐突に声をかけられて、「はひ」と変な声が出てしまった。なんて淑女らしくない声。咳払いをしつつ、言葉を返す。
「……っ、それがなにか?」
「他国の王族との人脈を得ることは良いことだと思います。……ですがあまり一緒に居ると変に勘ぐられますので、気をつけることを推奨します」
ふっ、と唇が歪んだ。
「……自分は、婚約者でもない異性と抱擁までするのに?」
ポツリと呟いたけれど、運良く強い風が吹き荒れたおかげでアシュトン様の耳には届いていないだろう。届いたとしても彼はきっと困った顔をするだけだ。もう私の天秤は彼を諦めることに傾いていた。
(今さら嫉妬?)
でも、もしかしたら。
ほんのちょっとでも、なんて期待もしている。
(本当に……馬鹿だなぁ。でも、手紙でずっと綴ってきた気持ちを、思いを真正面からぶつけるのも今回で最後なのだから……悔いは残さないようにしたい)
一ヵ月後に、私は16歳になる。結婚もできるし、成人として私の制限も変わってくるのだ。その一つが魔法塔への移住権。
有能な魔法使いに与えられた特権であり、世界の中心である空中都市、地底世界樹都市の二つの都市いずれかに居住権と、魔法使いとして最高ランクの称号と仕事を得る。功績に見合った報酬を手にできるし、自分が考案した魔法技術や全ての権限が術者個人の財産となるのだ。
まさに私にとって夢のような場所。
(魔法塔に身内なら一緒に暮らすことができる。……だから、私のことを本当に思っているのなら、これで結論が出せる)
一ヵ月以内に一緒にこの国を出るのなら、手続きを進める。でも望まないのなら、婚約解消して私は一人で都市に行く。魔法塔に移る権限は個々人が持っているので、国王の許可などは不要だ。
(まあ、私を駒として使いたいから魔法塔への移住は許可したけれど、技術の流出や独占などの情報なんて持ち帰るわけないじゃない。私を未だ使い勝手の良い駒だって思ってくれているから放って置いているのよね)
最大の難関はあっさりパスしたので残る問題はアシュトン様との関係の確認と清算だけ。
アシュトン様は私を侯爵夫人として、迎えるつもりは──あるのかもしれない。いつものように私を矢面に立たせて、本当に好きな人を守ろうと考えても可笑しくない。「好きになった人の役に立ちたい」なんて5年前の自分を殴ってでも婚約を止めれば良かった。
そうすれば積み重なる想いに、押し潰されなくてすんだのに。
アシュトン様が案内してくれたのは、宮廷の奧にあるバラ庭園のガゼボだった。私たちはよくこの場所でお茶をして会うことが多かった。
クラリッサが暮らしている居住区域の傍だと気付いたのは、彼女が嫁いでからだったけれど。
私はバラよりも藤の花のほうが好きで、アシュトン様に話したことがあった。淡い青紫色の花がカーテンのように垂れ下がっているのがとても美しくて、季節になるとよく一人で眺めていたわ。
4年前にアシュトン様も「一緒に見よう」と言ってくれたけれど、叶ったことはない。3年と2年前は「誕生日に一緒の時間がほしい」と伝えたものの、遠征で当日会えなかった。贈物、花束、手紙の一つもない。
思い返すと大事にされていないのだと実感させられて、いつも惨めだった。 去年は「市井に下りてデートしたい」と強請ってみたけど「いつか」とだけ。
あれから一度だって話題に出ないし、約束すら覚えていないのかしれない。でも私の心が離れたと思うとアシュトン様から声を掛けたり、会う時間を持とうとしてくる。そうして淡い期待を持つと離れていく。
(何がしたいのか。ううん、違う。クラリッサが戻って婚約するまで、私には名ばかりの婚約者であってほしいのだ。そうしなければ他の貴族たちからの縁談が殺到するから……。それに王命での婚約だ。機会を待っているのもある)
その場凌ぎの言葉だったのに、馬鹿みたいに信じていた。本当にもっと早く気づけば、傷ついたけれど深々と傷つくことはなかった。
(本当に今さら過ぎ。……幼い頃、婚約する前……私の護衛騎士だった時は想い合っていたから、だから勘違いしてしまっていた)
私とアシュトン様は向き合う形で座った。本来ならお茶を用意する侍女たちがいるのだけれど、私にはそんな気の利いた侍女たちはいない。本当にこの国にとって末姫なんて、悪者しか価値のない存在なのだろう。
もうどうでもいいけれど。
どう話を切り出しましょう。明日話す予定だったから、気持ちの整理を終わらせて話したかった。
「ア──」
「ここ最近は忙しくて、週に一度のお茶や面会が減って申し訳ない」
「いえ。……いろいろ、と忙しいのでしょう」
「…………」
いつもなら一緒にいて話をしているだけで幸せなのに、今日は棘のある言葉しか口をついて出てこない。アシュトン様は弁明も、誤魔化しもしない。ただ困った顔をするだけ。
その姿を見て、また瞳が潤んだ。
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