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第5話

 その後も私は公の場に姿を見せず、社交界デビューもない。新年の挨拶すら私は不参加とされた。面倒な人付き合いや腹の探り合いをするよりもずっと良い。

 王城から離れた宮にいる私はバルコニーに出て、煌びやかに煌めく花火と微かに聞こえてくるオーケストラの音楽に耳を澄ませた。最初に新年の挨拶をするとすれば、ウォルトだろうか。


(両親でも、婚約者でもない。友人だっていうのが笑える。ううん、挨拶のできる人ができたことを喜ぶべきよね)


 肌寒いが雪が降る気配はない。背伸びをしつつ、ウォルトに頼まれた翻訳の作業に戻ることにした。今日ぐらいは美味しいホットワインを飲んでも良いだろう。

 踵を返した刹那、バルコニーに白銀の髪が視界に入る。


「新年の挨拶に参りました。オレーリア様」

「アシュトン様……」


 パーティーを抜け出して来たのだろう、いつもの騎士服ではなく正装だった。着飾ったアシュトン様は騎士というよりも、今日ばかりは王子様と思えるほどよく似合っていた。


「今年が貴方にとって良い日々でありますように」


 新年の挨拶としては定型文だが、なんとか口に出来た。婚約者であればもっと甘い感じになるらしいが、今さらだ。クラリッサが戻れば終わる関係。

 カウントダウンはもう始まっている。


「去年もその前も遠征でお会いできませんでしたので……。今回は新年の挨拶を最初に出来て嬉しいです」

「ありがとう」


 幸せそうに微笑む姿に涙が出そうになる。二人きりの時はそういうことを言って私の心を大いに揺さぶって気がある素振りを見せるくせに、贈物、ううん手紙一つ返したことがない。


(アシュトン様が護衛騎士をしてくれていた時は幸せだったな。……婚約者になったのに、近いはずなのに凄く遠い)


 アシュトン様はなにか言いたそうだってけれど、いつだってなにも言わない。だから私も会話を終えて部屋に戻った。


(国を捨てて一緒に魔法塔に来てほしい)


 喉元まで言葉が出て掛かるが、結局言えないまま。

 魔法塔に行くことは決めた。この国での未練はアシュトン様だけ。でも今までのように自分から話しかけることが怖くて、苦しくてできない。


(この言葉を告げるのは、サヨナラする覚悟が決まってからじゃないと無理だわ)



 ***



 夏の終わりに約束通りクラリッサは国に戻り、国民全員が歓迎ムードだ。そして私への視線が鋭いものに戻った。けれど私は既に魔法塔に行く気持ちがあるので、周囲の視線や言葉などどうでもいい。

 王城の図書館に向かう途中、見覚えのある人物が声を掛けてきた。


「魔法塔に行くまで、あと一ヵ月ちょっとだな」

「ウォルト」


 王城でも自由に移動できるウォルトは1年を通しても変わらずに接してくれる。


「いや君が行くのは決まっているから、あの彼が行くかどうかってことか」

「……まあ、もう決まったようなものだけれど」


 周囲からの視線を感じるが気にしない。

 この1年、ウォルトからの依頼で魔導書の翻訳を手伝っていたら「婚約者がいるにも関わらず、浮気をしている」という噂が流れたことは何度もあった。いつものことだと諦めていたけれど、それに対して王家に抗議文を送ったのはウォルトだ。

 庇われたのも、助けようと動いてくれたのも、ウォルトだけ。懐かしい。


(こういうとき、アシュトン様は驚くほど何も言ってこないし、関与してこない。婚約者の不貞を疑うこともないのよね。本当にアシュトン様って私に興味ないんだって凹んだのも懐かしいわ)


 私とウォルトは片思い同盟を結んでいる。もっとも私はあと一ヵ月でその同盟から卒業するのだが、それがなくなってもウォルトとは魔法塔の同僚として仲良くやれていければと思っている。


 今は少しだけ王宮での居心地もマシになった。魔法塔からも私の功績が他人から奪ったものでないと調査をしてくれたが、この国では公表されることはなかった。悪者は悪者のままでいてほしいのだろう。この国に未練などないから、もうどうでも良い。


(クラリッサが戻って来ても、私に対して批判や黒い噂を流さないでいるのは魔法塔の存在が大きいのよね)

「一ヵ月なんてあっというだろうな。魔法塔は完全実力主義で変わり者も多いから、きっとオレーリアも気に入るはずだ。向こうに着いたら歓迎パーティーもするぞ」

「だといいけれど」

「それで、その彼に話すのはいつなんだ?」

「二週間後と誕生日当日には会う約束をしているから、その時に決着を着けてくるわ」


 公的に会えるのは後2回だけ。それすら危ういのはクラリッサが帰ってきたからだ。


「僕もさ、あの二人を見ていたらきっぱり別れたほうがオレーリアにとっては幸せなのかなって思うよ。君の恋を応援してはいるけれど、報われてほしいというのは本心なんだぜ?」


 相手に思い人がいるなら諦める。どうあっても勝ち目がないのなら、気持ちの整理をして次に進むべきだと言いたいのだろう。そんな簡単に割り切れないから人の心は難しい。


「ありがとう。……初恋だったし、ここ3年は婚約者として隣に立てるぐらいの関係は築けたと思っていたのよ。でも」

「あれでね」

「うん……。まあ、そう思うよね」


 再会に抱き合っている姿を見なければよかった。あんな風にアシュトン様が笑うところを見たことがない。楽しそうな顔もだ。

 去年の年末にクラリッサが戻ってくると聞いて覚悟していた。でも本当に覚悟なんてしていたようで、出来ていなかった。

 だから未だに揺らいで「でもでもだって」の自分が燻っている。いつまで足踏みして躊躇っているのかと苦笑してしまう。


(でも今回、あの姿を見たことで完全に気持ちがないってわかった。だから……傷ついたけれど、結果的に見て良かったんだわ)


 私といる時はいつも複雑そうな顔をしているだけで、会話も続かない。思い出しただけで、泣けてきた。出会った時はもっと違っていたのに、な。一目惚れして、話してもっと好きになって幼い頃の記憶はうろ覚えだけれど。


「君の価値の素晴らしさに気付かない馬鹿どもは、そのうち後悔するだろうよ。君がどう決断するかは君が決めるべきだけれど、僕としては君がいてくれると研究が捗るし、一緒にいると楽しいとだけは言っておく」


 軽い口調だけれど、本気で私の幸せを願ってくれる。それが嬉しいし、有り難い。


「ありがとう。……ウォルトは、王位継承問題とかは大丈夫なの?」

「ああ、うちは兄妹が多いからさ、身内で争う前に布石を打ってあるから平気。どちらかというと王位を継ぐ兄様が可哀想な感じかな。僕たち一族は多趣味かつ研究者気質だからさ。もっとも親世代が骨肉の争いをしてから、肉親同士の争いに関しては細心の注意を払っていた背景があるしね」

「そうなの。平和的解決ならよかったと思うけれど」


 国によって、習慣や固定概念が大きく異なる。そう考えるとこの国は特権階級の横暴と腐敗が進行している気がした。表面上は緑と水に囲まれた国だけれど、その内面はあまりにも醜い。

 特権階級による差別化、労働者たちの不平不満、膨れ上がる税と生活水準はどんどん周辺国家に抜かれていく。

 私の魔法技術も失えば──。


()()()()()()

「──っ!」


 背後から諌めるような低い声が耳に届く。振り返ると先ほどまでクラリッサと抱き合っていた私の婚約者様が佇んでいた。


(どうしてここに?)

「…………」


 怖いぐらい眉を吊り上げて、睨んでいる姿を見るたびに悲しくなる。クラリッサが帰ってきた途端、露骨すぎる変化に泣きそうになった。


(分かっていたし、予想もしていた。でも実際に味わうと何十倍も辛い……)


 瞳が潤むも気丈に振る舞うことで、気分の気持ちを押し殺す。


「アシュトン様、何か御用でしょうか?」

「クラリッサ様が役目を終えて戻ったというのに、どうして出迎えせずに離宮に向かっているのですか?」

(それを……っ、他の誰でもない貴方がいうの!?)

楽しんでいただけたのなら幸いです。

下記にある【☆☆☆☆☆】の評価・ブクマもありがとうございます。

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