第4話
王城の木々が枯れて落ち葉になった頃、ウォルトの師匠である大魔法使いレニー様が、この国を訪れた。
(チラッとだけだけど凛として、とっても素敵な女性だったわ! ウォルトが好きになる気持ちがちょっとわかるかも?)
国王陛下と王妃は歓待し、パーティーを開いた。そこでレニー様は、この国初となる魔法塔推薦者として私を宣言した。
その瞬間、私の知名度と有能さが一気に爆上がりする。王妃は「なにかの間違いでは?」と食ってかかったそうだが、国王陛下に窘められたそうだ。その日、私がパーティーに参加していなかったことで、以前から私への冷遇度合いが酷いことが噂になった。まともな貴族たちもいるようで、国王陛下や王妃を非難する声も高まっているとか。また私の引き抜き争奪戦が水面下で勃発したらしい。
らしいとか、そうだったという表現が多いのは、ウォルトからの又聞きだからだ。その日を境に、魔法学院だけではなく王城に訪れた貴族や商人たちからも声を掛けられることが増えた。
わざと回廊で鉢合うように時間を合わせてくる貴族令息、令嬢、そして商人たち。王女という血筋だけでなく、彼らにとって価値があると思ったからこそ、都合良く声を掛けてきたのだ。
(まあ、魔法学院の行き来ぐらいしか表に出てこないし、社交界デビューもしてないもの。接触するとしたらここぐらいなのでしょうね)
「オレーリア王女、お初にお目に掛かります」
今日は爽やかなオレンジ色の髪の男性が声を掛けてきた。泣きぼくろが印象的な青年だった。たしか──。
「王家御用達の品を卸しているネロセ商会の会長を務めていますロードと申します。是非とも今後の婚約についてお話があります」
(今後の婚約。またか)
そのフレーズに、ウンザリする。遠くない未来で私はアシュトン様との婚約解消。そしてアシュトン様はクラリッサと結ばれる──その筋書きを信じているからこその台詞だ。
「その話であれば現実味を帯びてから改めてご連絡くださいませ」
「ま、待ってほしい」
手首を掴まれ、強引に引き留める。この段階で護衛騎士なら庇うべきなのだけれど、彼らは私から少し離れた場所で見ているだけだ。
(ああ。すでにネロセ商会に買収されているのね。本当に騎士とは名ばかりな人たちばかり)
「これは姫君にとってもいい話なん」
「この場にまともな騎士も、常識人もいないのか!」
「!?」
怒鳴った声が聞こえた瞬間、ネロセ商会のロードが柱に突き飛ばされるのが見えた。そのままロードは気絶。護衛騎士たちは騎士団長の姿を見て顔が真っ青だ。
「アシュトン様、あの、我々はその」
「オレーリア姫が手を出すなと言われたので」
この期に及んで私に責任を押しつけてくる護衛騎士に、腹が立った。今まで放置していたけれど、だからといって何も感じないわけではない。
「そんなことを一言も言っていないわ。それに私の護衛騎士などと言いながら、ウォルトが一緒でない場合は仕事もせずに昼間から酒を飲んでいるじゃない」
「「!?」」
知らないとでも思っていたのか。指摘すれば王妃からの嫌味や嫌がらせがに合うから、黙っていただけだ。
「職務放棄、虚偽報告。この国の護衛騎士って目も当てられないほど酷くなったのね」
真っ先に頭を下げたのはアシュトン様だ。
「オレーリア様、申し訳ありません。今後は私が厳選して姫の護衛騎士を選びますので、この場は抑えていただけますでしょうか」
「……好きにしてください」
アシュトン様の言葉に、感謝の言葉が出てこなかった。騎士たちが私を良く思っていないのは、私がアシュトン様とクラリッサの仲を引き裂いた悪女だと思っているからだ。事実ではないとアシュトン様が否定しなかったから、こうなっている。
過去の私が一人で「違う」と言っても誰も信じてくれなかった。だからこそ、助けられたけれど素直のお礼は言えなかったし、彼は私が大切だからではなく、仕事だから助けたのだ。
(うーーーーん。でも、助けて貰ったのは事実だし、お礼ぐらいは言っておいたほうが……)
「助けて貰って、団長にそのような」
「チッ、悪女め」
「(あーもう!)いいか──」
「いい加減にしろ! お前たちが誰に発言しているのかわかっているのか!? そしてその発言の責任の重さを重々承知しているのだろうな!」
アシュトン様の怒号に護衛騎士たちは震え上がった。私もビックリして固まってしまう。私の傍で怒鳴った事がなかったので、なんだか新鮮だ。それに私を守ってくれたことにちょっとドキリとしてしまった。
(まるで彼が護衛騎士だったときのような……感情的な発言をするなんて……)
いつも紳士的で、困ったように微笑む姿ばかりだった。
護衛騎士たちは私を睨んだ。いや自業自得であって、私のせいではないのだけれど。
「ハッ、オレーリア様。腕に痣が!?」
「そ、そうね」
アシュトン様は片膝を突いて私の腕に触れる。どうして今にも泣きそうな顔をしているのだろう。泣きたいのは、こちらなのに。
王命で婚約したのに私が二人を引き離したと言われ、護衛騎士の仕事を全くしていないのに逆恨みや職務放棄、その上虚偽報告にネロセ商会からの賄賂で裏切った。
惨めだ。
こんな息を殺して、周囲からの悪意と敵意と猜疑心を向けられて生きるぐらいなら、やっぱりこの場所を出るほうが精神的によっぽどいい。
「抱き上げて医務室にお連れしても? それとも部屋に医者を呼びましょうか?」
「部屋に医者を呼んでちょうだい」
「……かしこまりました」
そう答えると、あからさまに凹んでいた。婚約者として突き放した言い方かもしれないが、抱き上げて医務室になんて連れて行かれたら周囲は勝手に私が我が儘をいって連れ回したと言うのだ。
部屋に戻るまでアシュトン様が傍にいてくれたが、会話などない。今まではずっと私から話しかけて、少しでも長く話したいと努力してきた。でも年々その気持ちは目減りしていく。
(私が動けば動くほどアシュトン様との関係は私が一方的で、権力を振りかざしていると噂が広まる)
もう何度もそう言われ続けてきた。以前はそれでも「アシュトン様と一緒の時間が長くなるのなら」と楽観していたし、クラリッサとの関係も終わったことだと思っていた。甘かったのだ。
クラリッサが嫁いで2年。1年後に白い結婚という王家としての責務を終えて、アシュトン様の元に戻ってくると誰もが思っている。そういった噂が下火になることはないし、それをさも美談かのようにしているのは最高権力者である王妃や国王陛下だ。
それにアシュトン様も「今の婚約者は私だ」と助けてくれるが、「今の婚約者」という言い回しは引っかかってしまう。
ネガティブに考え過ぎているだけなのかもしれない。けれどその感覚は間違いではないと、絶望の知らせが届くのはもう少し先。
***
魔法塔からの正式な勧誘によって、私の存在価値が少し変わった。
世界各国の中でも一握りの有能な人材しか入れない魔法の頂点。古今東西のありとあらゆる魔法を保管し、再現、修復や管理。魔物、災害関係の討伐の対処を行う組織団体の一つだ。
魔法塔に所属しているだけでも、その影響力は大きい。特にウォルトの国では何人も魔法塔資格者がおり、それによって国力だけでも我が国より大きく引き離されるほど豊かになり、生活水準も向上している。
国王陛下や王妃の自尊心を上手く刺激したのだろう。私が国のために使えると思ったのかもしれない。だからこそ魔法塔に行くことを安請け合いして承諾したとウォルトから聞いた。
「一応、外堀も埋めるぐらいはしておかないとな」
「仕事が早いわね。……まあ、下手に反対されて監禁されるよりはずっとマシだわ」
「だろう。それにあまり品格や冷遇されていることも各国に周知することで、王家が無碍に出来なようにも持っていったからしばらくは平和な……はず」
「さすが」
「周りの煩い声はこっちで何とかするから、オレーリアは婚約者と向き合うのを頑張れ」
「うん」
冬に差し掛かった頃には魔法塔に行く気持ちが固まっていた。いや行きたいと強く思っている。まだウォルトには言っていないけれど、年明けぐらいには話そうと思う。
そんな日に珍しく国王陛下と王妃から夕食の誘いがきた。国王陛下と王妃との食事など、数える程度しかない。王城の食事部屋に足を踏み入れて、コース料理が運ばれてくる中、殆ど味も分からずに食事を続けた。何を言い出すのか。
(どうせろくでもないことだろうけれど)
「魔法塔からの正式な通達で、お前に魔法塔で暮らす権利があるという。お前はどうしたい?」
「もちろん、行くのでしょう? そして素晴らしい技術を磨き、私たちの要請があったらその技術を使って国を豊かにしてくれる。そうでしょう? ねえ?」
「はい」
そんなことをすれば魔法塔から国に対して警告が出るのを知らないのだろうか。いや知っていても全ては私が勝手にやったといって、技術だけ盗むあるいは奪う気なのだろう。この方々らしい考えた。
「それと、来年の夏には予定通りクラリッサが戻ってくるわ。貴女が魔法塔に行く前に戻って来れそうなのよ。良かったわね」
(は?)
その一言でアシュトン様との関係が秋前には終わりを告げるのだと理解した。温かくて豪華な料理だったけれど、それからはとっても苦い味しかしなかった。
楽しんでいただけたのなら幸いです。
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