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悪魔に、復讐の言葉を捧げる。  作者: 天崎 栞
第9章・悪魔が仕組んだもの、天使の秘密
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第136話・復讐者の怒り



深夜。

空は時間を経つ事に深みを増していく。

だが、この母娘には昼夜、時間等、関係はない。





「血も涙も無くなったのね。おぞましい。

このあたしが、こんな子を産んだなんて信じられない………。


あの頃のあんたは何処に行ったのかしら?

喜怒哀楽もない人形様ね。あんたは冷酷非道になったわ」


煽る様に言う、媚の混じる声音。



(無視すればいい。こんな人を相手にする理由はないの。

相手にしていたら、私も同等の醜い人間よ)


足を進ませようとする。

けれど理香の意志とは、床に張り付いた様に足は(すくん)くんでしまう。


代わりに気分が悪いと感じる程の

腸から煮え(たぎ)る冷たいな怒りが、沸々を沸き上がってくる。



(_____何も見ようとすら、しなかった癖に)



異父姉である佳代子に瓜二つだった事が気に入らなくて

人の精神と人格を潰す程、365日絶えずにずっと虐めてきた癖に。

“心菜”を己の腹を痛めて産んだ“娘”ではなく、

“佳代子にそっくりな憎い女”としてしか見ていなかった癖に。



嗚呼。

理香の心の中で何かが、音を立てて崩れた。

冷たい眼差しを繭子へ向けた後、理香は握り締めた拳を思いのまま、壁に叩き打ち付ける。


この悪魔に、この悪魔の館に、手加減なんて無用だ。


かなり強かったらしい。

理香が己を拳を打ち付けた瞬間、

とてつもない轟音が部屋に響き、微かに置物が揺れた。



理香の行動に、繭子は、目を見開き無意識的に後退りする。

何故ならば、其処には見た事のない形相の女が居たからだ。

佳代子に似ながらも、佳代子は決して見せる事のない表情。



堪忍袋の緒が限界が限界だった。

何時も冷静沈着で一切表情を変えない理香の目尻が釣り上がり、

冷めた険しい面持ちと睨み鋭い冷ややかな視線を送っている。


冷たい眼差しや表情は見慣れていた筈なのに。

けれど見慣れていなかった。その鋭いその表情や眼差しに

圧巻され、無意識に背筋が凍ってしまった。



「___誰のせいで、私がこうなったと?」


理香は静かに呟く。

それは冷たい刃物が突き刺さる様な物言い。

蜂蜜色の瞳がこの上無い程に無情で冷たく、静かに闇色を潜め睨んでいる。

佳代子と微塵も変わらない面持ちをしたそっくりな女。

けれど何処か佳代子とは違う。



佳代子や心菜は、こんな怒りを現した表情はした事はなかった。

だから余計なのか。背筋が凍ってしまう様な感覚に陥る程、

異様に見えるのか。


(___佳代子、みたい)


“佳代子”というワードが浮かんだと共にはらわたに潜んだ憎悪が、増殖する。

だが威勢を放ちたい筈なのに何故か喉が固まり、声が出せない。

後退りする様に、自然と後ろへ足が退く。


怯えている。

そんな繭子を、理香は冷たく睨んだままだ。


理香はテレビの隣に置いてあった、

変色し力尽きた枯れた華の花瓶を持つと、

先ずは花瓶の中身____水を悪魔に向かってかけた。


水は直撃し、繭子の髪や顔は濡れ、

濃いメイクが水に滲み落ち何とも言えぬ無残な顔になっている。


次に、花瓶を投げた。

ガシャン、と凄まじい音と共に花瓶は割れ破片は、

リビングウィンドウの前で散らばっていく。


(まと)は繭子に向かって投げた様に見せかけたが

繭子の傍らを狙って避けるにしただけで投げた訳ではない。

_____単なる脅しと、(はらわた)を煮え滾った感情は押さえられなかった。


悲鳴を上げかける女の口を塞いで

きつくその胸ぐらを勢いのままに掴んだ。


「人の感情を、喜怒哀楽を奪って

人格を潰し殺したのは、こうなる様に仕向けたのは誰?

それは他でもない貴女でしょう?


私は、自由に振る舞う事も感情を見せる事さえ出来なかった。

歳を重ねる(ごと)に段々と感情と感性が失せて行ったのよ。貴女の影響でね」


語尾がどす黒く、冷たい圧力がかかる。


冷静な物言いの中で熱の籠った籠る怒りの声音。

理香自体もあまり喜怒哀楽のない人物だったせいか、

彼女の怒るところも繭子は初めて見た。


だが。


(___あたしより下の癖に、何様のつもりなのよ)


かっと頭に血が昇り、繭子は声を荒げた。



「人聞きの悪い!人のせいにしないで!!」

「人聞きが悪い? どの口が言えるのかしら?」


ふっと、理香は鼻で嘲笑う。

分かってる。この女が物分りの悪さと、身の程知らずなのは。

こんな悪魔を本当は、相手にするまでも無いけれど。



けれど

何故か(はらわた)に潜むどす黒い何かの歯止めが利かない。


繭子が自分自身を憎んでいる様に、

理香も繭子への憎悪を膨らんでいくのだ。

理香は怒りの表情を混じらわせながらも、冷静な態度や表情を見せる。


「そう言っているのは、無意味な虚勢よね。

また怒鳴れば人が怯えて、自分の思い通りになるとでも?…………単純な発想だわ」

「あんたはあたしの娘なのよ!? 子供は親の言う事を聞いて従う物でしょ?

あんたはあたしの言う通りにして生きていれば良いのに、どうしてそれを蹴るの!?」


全ては自分自身の地位を華やかに着飾る為に。

その為だけに娘を産んだというのに、それを(そむ)き逆らうつもりか。

佳代子にそっくりというだけでも憎悪が走るというのに、

自分自身の計画に背くとなれば尚更、苛立ちが募る。


「______娘を娘とも思ってもいない癖に。

もう私は“貴女の操り人形”じゃないわ。好き勝手に動かせるなんて思わないで。


私は私よ。“椎野理香“。

それに私を許さないのなら、許さなくて良い。

その代わり私も貴女を許さない。一生憎んで生きていくわ。


それに______

貴女に、私を許す権利なんてないのだから」



森本心菜だとは認めたくはない。

あの悪魔の操り人形となり、自由を人権を奪われ過ごすのはもう御免だ。

それに12年前に時が止まっているのなら、そのままで居てくれ。

何故それを今更、無理矢理、動かそうとするのかは謎だ。


理香の態度に、繭子は上目遣いで睨む。

水に滲み落ち始めている濃いアイラインに縁取られた瞳が

きつく見えるのはそれは色濃い化粧のせいだったなのか、元々の顔付きなのか。


だが気にする存在にも(あたい)しない。全て悪魔の自業自得だ。

正に悪魔の表情と呼べそうで“あの頃”に連れ戻された様に見えた。


理香はそのまま、悟った微笑を浮かべる。

繭子は、歯軋り一つ。




(操り人形ですって?)


怒り。

憤り、憎しみ。

どうして揃えた様に

心菜は、理香は、佳代子に生き写しなのだろう。



「___待ちなさいよ!」



ソファーに女王様気分で座っていた繭子は、身を乗り出し床を蹴った。

思いのまま彼女の細腕に掴み引くと、理香も振り向いた。

理香の態度は平然としている。それも腹が立つ。

佳代子もそうだ、いつも凛として冷静な態度だった。



「操り人形ですって?

あれだけ、このあたしに屈辱に晒しておいて。振り返らないというの?」

「___貴女の力なんてもう要らないの。

私は、“私として”生きていける。貴女の人形で居なくてもね。

それに、私達はもう元には戻れない」


椎野理香となった時、初めて自由を手にした。

森本心菜は、自由のない鳥籠に閉じ込められた単なる悪魔のお人形だ。

自由も人権も殺された立場に戻るつもりなんて、更々ない。


「____戻らない?」

「そうよ戻らないわ。いいえ。

もう元には戻れないのよ。__貴女も、私も」


その微動もしない落ち着いた物言いと表情のせいで

佳代子にそっくりなせいか、繭子は段々、佳代子と話している気分に襲われた。

佳代子はもういないのに。


(心菜は逃げる気なのよ、やっぱり)


心の中の悪魔が囁く。

心菜は自分から逃げる気だ。逆らうつもりだ。

憎悪に阻まれ、見境が付かなくなる程の感覚。

沸々と煮えたぎる憎悪という名の怒りが、繭子の中で更に沸騰した。


思いのまま、理香を突き放す。

着き飛ばれてしまう様な勢いだった。

しかし理香はバランスを保って、数歩引き下がっただけに終わる。



「どうして」

「___……?」


繭子は、呟く。

嘆く様に、後悔する様に。


「___どうして、何もかも佳代子に似ているのよ……。

顔も姿も、何から何まで、あんたは佳代子にそっくり。

何故なの?


どうしてあたしに似ずに佳代子にばかり似ていくの?

あたしの思い通りに育ってくれないの? どうしてよ!!」


佳代子に似た顔立ちを持って

生まれたという自体、屈辱に晒されたというのに。

佳代子に似ていく度に、どれだけ憎らしかったか。


心菜は何でも身の回りの事をやるから

その見返りとして自分の従う事で、生かせてやったというのに。

この娘は何処まで強かで逆らうのだろう。自分を惨めに晒すのだろう。


繭子は、(はらわた)にある憎悪を思いのまま叫びを上げた。



「あんたなんて、産むんじゃなかった……!!」






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