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悪魔に、復讐の言葉を捧げる。  作者: 天崎 栞
第9章・悪魔が仕組んだもの、天使の秘密
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第135話・悪魔の優越感と挑発




“あの女が”消えた時、周りが悲しむ中、自分だけが心底喜んだ。

自分自身に全てが手に入ったと理解した瞬間、

初めて心が満たされ、勝てた気がした。


快い感覚や感情に満たされたあの瞬間は今てでも忘れられない。

そして欲しいモノが欲しいと思えば、

邪魔者を永遠に消せば良いのだと学んだ。


これで良かったのだ。

寧ろ、奴を早く消せば良いすらと思った。









私は、だれ。

私は、何の為に生を受けたのか。

無視しても心の隅では、答えの出ない自問自答を繰り返しているらしい。




空は、深夜になるにつれ濃紺色を深めている。

草木も、人も寝静まっている静観な住宅街。

あれだけ森本邸に群がっていた報道陣もいない。

騒動を受けて癖になったのか相変わらずカーテンで仕切られ、

部屋の中の様子は伺えないが、微かに漏れている明かりが見えた。



靴音と気配を殺して

少しだけ重たい足を引き摺り、悪魔の居る館へ理香は足を運ぶ。

照明が惜しみなく煌々と灯され、夜に慣れた目だったせいか余計眩しく見える。


足の踏み場を探しながら、リビングへ辿り着いた。

リビングの中央、リビングのソファーベッドに相手は居る。

威張り満ちた虚偽の威厳の表情と、見るからに横柄な姿は

まるで、玉座に座る女王蜂の様だ。



物が散らばり散乱した床に足の踏み場を探しながら

歩いていたが、女を見た瞬間、どうでも良くなった。

理香は、静かに近付くと女の前で止まる。



「____来たわね、心菜」


繭子は魔性の微笑を浮かべている。

粘りのある媚びた声には、威圧感が混ざっていた。

“心菜”と呼んだ瞬間に、理香は静かに氷の様な冷めた表情を見せる。



「____心菜? 誰です?」


気分の悪い。

理香はそう(しら)けて見せた。


(あの頃は、名前すら呼ばなかった癖に)


完全の操り人形、奴隷と生きていた頃。

繭子が娘の名前を呼んだ事は、一切無い。

『アンタ』『アイツ』が十八番文句で、酷い際には

『アイツに似た底辺の出来損ない』と罵倒された。


だからなのか。

理香にとって、あまり名前を呼ばれても、

自分自身の名が“心菜”だという自覚も実感はあまり芽生えてはいない。

呼ばれなかった暁には、危うく無視し、忘れてしまいそうだ。

それならまだ“理香”と呼ばれた方がしっくり来てしまう。


だからこそ他人の名前の様に感じて

今更、この女に名前を呼ばれても気持ちが悪くなるだけ。



だが、(やが)て、


「__ああ、貴女の娘でしたね。私と似ている。森本心菜さん、でした?」


そう冷めながら、言う。

それはまるで自分を、心菜という人間を嘲笑う様に。

繭子は白け冷めた表情と物言いをする理香に、眉を潜めた。


「__認めないのね、自分の事なのにまるで他人事みたい」

「ええ認めません。認める以前に何故他人の私が、

貴方を母と呼ぶのですか?」

「ふざけるのも、いい加減にしなさいよ!」


繭子は、声を荒らげた。

顔には皺が刻み込まれ、まるで般若の妖怪の様に見える。



どうして、森本心菜と認めない?

どうして、森本心菜に戻らない?

自分のふところに戻れば清く正しく生きていけるというのに。

やはり逃げるつもりか。なんと強情な娘なのだろう。



繭子は、理香をきつく睨む。



「呼び出された用は分かるわよね」

「___はい」


「よくも無断欠勤なんてしてくれたものね。

あんたが無断欠勤なんてしたせいで私の顔が潰れたじゃないの。


普通なら子供は親の顔を立てるのが常識なのに、

あんたは何処まで親の顔を潰す気なのよ!!」

「……………」


(____寧ろ、それが本望よ)


理香は嘲笑う。

虚偽に気付かず執着し続ける女は、こんなにも見苦しいものか。

反吐が出る程に気持ちが悪い。こんな虚像の仮面等、崩れてしまえばいい。




だが。

ルール違反はルール違反だ。

悪魔との私情は幾らでもルール違反して見せ出来るが

今回は私情ではなく会社関係の事だ。それ相応の迷惑がかかっている。


飽くまで“無断欠勤した事だけ”は、割り切り謝らなければ。

社交辞令で、理香は頭を下げる。


「____申し訳ありません。

暫く体調不良が続いておりまして、その連絡が遅れました。

私の不手際です」

「そうなの」



繭子は、悪魔の様な微笑みを深める。

嗚呼、誰かが自分に対して頭を下げるというのは、どんなに気分が良いのだろう。

自己満足な優越感に浸りながら、微笑が増す。

それが憎い奴に似た生き写しの娘となれば、尚更だ。


「あんたがプランシャホテルの優秀なウェディングプランナーだと知ってわざわざ拾ってあげたのに。恩を仇で返すのね。

あんたって最低ね。


そんな所、昔と微塵も変わらない」

「…………」


理香は、その言葉を無視した。

自力で立ち上げたキャリアを、けなされる筋合いはない。

それに自分は飽くまでプランシャホテルの社員だ。JYUERU MORIMOTOの社員ではない。

もう悪魔の力なんて要らないのだから。


(こんな人に説教を受ける筋合いはないわ。

…………早く帰ってしまいましょう)


理香は顔を上げると告げた。


「今日はもう遅いので、社長ももうおやすみ下さい。

私如きに待って頂いてすみませんでした。

これからは不手際は起こしませんので」

「____…………」

「お邪魔しました。失礼します」



くるりと背を向けた。

謝ったならばもう用はない。

それに此処はあまり居たくはない居心地の悪い場所だ。


背を向けた理香の背中を、

繭子は見下す様な眼差しで見詰めた後。


(___逃がさないわよ。心菜)



もう二、度逃がせなんてさせない。


同じ過ちを二度も繰り返したくはないのだ。

縄で縛ってでも、もう自分の懐から逃げ羽ばたくのは癪に障る。心を支配する憎悪が、それを決して許せない。



「___逃げるつもりなの? “心菜”」


他人を見下す様な、媚びた声音。

この独特の声音を聞く度に(はらわた)が煮え、気分が悪い。

理香は思わず足を止め、静かに繭子へ冷たい視線を向けた。



逃げる?

どういう意味だ?



(………………っ)


その瞬間。

繭子の脳裏で凄まじい雷の様な激震が走り、心が揺れる。



冷めた表情。

それはまるで冷たい刃物を向けられた様な眼差しだった。

佳代子ではないという事だけを、除けば一瞬、異父姉に振り向かれたのだと錯覚を覚え、ぞっとする。



「___何の事でしょう? 私は逃げていませんが」


平然とした態度や凜とした面持ち。

その姿勢を崩さない理香に、繭子は歯軋りの末に険しい面持ちになる。


(勝手に一人前になった様な顔をして………!!腹立つ)



本心を言って、佳代子に似たこの女には憎悪しか浮かばない。

だがやはり憎い娘を連れ戻せば、自分の優越感や地位が増す。

心菜は自分よりも立場は下だからか。それとも、

この娘を攻撃する事で更に、特別な優越感が得られるからか。



心菜は最終的に自分の(ふところ)に戻ってくる。

そんな根拠の無い強い自信が繭子にはあった。

だが理香の態度は相変わらず、冷静沈着かつ漠然として変わらない。



「逃げるつもり、とはなんでしょう?」

「はぐらかさないで頂戴。逃げるつもりなんでしょ。あたしから、母親から逃げるなんて娘のやる事かしら?」

「____…………」


繭子は媚を含んだ微笑と、物言いを続ける。

もう少しだ。もう少し言い寄れば、娘は自分自身の(ふところ)に入る。


「____あんた変わった。

あの頃の心菜は何処へ行ったのかしら。

あたしの言う事をなんでも聞いてくれる子だったのに」

「_____…………」


嘆く様に言う繭子に、理香は無反応。


「____許さないわよ、母親のあたしから逃げるなんて。

あんたが生まれた意味、分かってる?」


繭子は、どすの利いた口調で告げる。

理香は考える様な表情をして瞬きを一つしてから、顔を伏せた。

この女は、娘の事を何処まで縛り付け、操りたがるのだろう。

母親の愛情に渇望していた少女(ここな)なら、易々と騙されていたのかも知れない。


しかし、自分自身(りか)は、悪魔の操り人形ではないのだから。



(____逃げるなんて真似しないわ。

最後、貴女の破滅する姿を見るまで、目なんて離さないから)


佳代子に似た面持ち___。

その顔を上げた理香は、深い微笑を浮かべていた。



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